私が整形をしたときのこと

このノートの内容

数年前に目の整形をしたので、そのときのことを書きます。当時かんがえていたこと、整形に踏み切った理由、整形後の生活のリアルについて。美容整形を推奨するつもりはありません。

整形を考えたきっかけ

当時わたしは社会人2年目。就活で失敗し、友達より一年おくれで社会人生活をスタートしていた。入社した会社はうっすらとブラックで、目の下にクマを作りながら毎日夜中まで残業する日々。

疲れはてて家にかえった後にかろうじてできることはと言えば、かえり道にコンビニで買った弁当をたべて、だらだらとYoutubeをみること。

疲労のせいで難しい内容は頭にはいってこないので、動物の癒やし動画とか、大食い動画とか、旅動画などをよくみていたと思う。

そのときに、たまたま再生したのが整形アイドル轟ちゃんの動画だった。

いまでは整形したことを堂々という人はめずらしくないけど、わたしが彼女の動画を発見した当時はまだ整形を公表する人は多くなかった。

整形したことをこんなに堂々と発信する人がいるのかと驚いた記憶がある。

最初はなんとなく動画を流しているだけだった。でも、整形に対してオープンに話す轟ちゃんの動画をみているうちに、どうしても考えてしまうことがあった。

わたしはわたしのまぶたが大嫌いだった。

高校の入学式のとき、学校の正門で親が撮ったわたしの写真。あたらしい生活がはじまる日、期待いっぱいに笑顔でピースサインをするわたしの両目は、なぐられたみたいに腫れぼったかった。まるで口元だけ全力笑顔なお岩さんみたいに。

お岩さんのイラスト

すごく嬉しい気持ちで撮った写真だったのに、写真の中の私は潰れた目にニヤニヤ笑いを貼り付けた幽霊みたい。

その写真をみてショックをうけたわたしは、なんとか重たいまぶたを軽やかにできないかと試行錯誤を始めた。

アイプチとか一重を二重にするツールを一通りためしたけど、わたしのまぶたが重すぎるのか、わたしが不器用すぎるのか、まったく役にたたず貴重なおこずかいがきえただけ。

メイクだって、わたしのまぶたの醸しだす不吉な雰囲気を消し去ってはくれなかった。

学生時代、容姿にたいしてのコンプレックスは常にあった。だれかに自分の姿をみられることが怖くて、人付き合いを避けてばかり。

就活でも

大学卒業後、順調に就活に失敗したわたしは某人材派遣会社のセミナーに参加し、そこでビジネスマナーなどをまなびながら就職をめざすことになった。

そこで講師にいわれたことは、

「あなたは普通の表情をしていると暗くて悲しそうな顔に見えるから、普段からできるだけ笑顔でいなさい」

ということだった。

普通の表情が暗くて悲しそうにみえるのは、きっと目のせいだと思った。

私は少し緊張していたけど、わりと前向きな気持ちでセミナーに参加していた。背筋を正して、目をできるだけ開いて。それでも、悲しそうに見えるんだ…。

言われた通りできるだけ笑顔でいるようにしたけど、高校生のときの写真のこともあって、自分の笑顔には自信がもてなかった。

仕事でも

そのセミナーのおかげで遅ればせながら中途採用枠で社会人生活をスタートさせることができたわたし。

でも、入社した会社に新卒ではいった女の子たちは可愛い子ばかりで、就活における外見の重要性を知ることになった。

中途採用枠で入社したわたしは、新卒で入社した彼女たちにくらべて給料が低かった。

それでも、仕事をまかせてもらえることが嬉しくて体当たりでがんばっていたら評価されることがふえていった。

ある日、上司に仕事を褒められたわたしは、うれしくなって

「ありがとうございます!」

と笑顔で言った。

そのわたしを見てなにげなく上司が言った言葉は、

「うーん、もうちょっと目が大きかったらなあ」

だった。

笑ってながしたけど、胸がチクリとした。

もし目が大きかったら何なのか?言葉の続きは気になるけど、聞きたくない。

今まで、そういうモヤモヤは人生につきもので仕方ないことだと思っていた。

でも、もし整形したら少しはこのしんどさから解放されるのかな。鏡をみるたびに自分に絶望することも、自分の容姿がいやで人づきあいを避けてしまうこともなくなるのだろうか。

本当に整形が必要なのか

轟ちゃんの動画から整形に興味をもったわたしは、さっそく整形について調べはじめた。

どうやら美容外科でカウンセリングをうけたらいいらしい。いくつか美容外科をリストアップしてカウンセリングを予約した。

カウンセリングでは、手術後の目がどんな仕上がりになるかみせるために、医師が患者のまぶたに銀色の細い棒のような器具をあてて一時的に二重の状態をつくってくれる。

目をとじた状態でまぶたに器具を押し当てられて目をあけた瞬間、ぱっと明るい光が目にとびこんできた。

ひさしのように目にかかっていたまぶたが上がって、目にはいる光の量がふえたのだと医師に説明された。

簡易的な二重になった自分を鏡でみて、悪くないなと思った。

医師による手術の説明のあと、看護師から費用の見積もりをわたされた。費用は・・・40万円!

「あなたすきな女優さんいる?大丈夫、あの女優さんみたいに綺麗になれるからね」

と話しかけてくるやり手っぽい看護師から目をそらしながら、わたしは小さな声で「考えます」と言った。

看護師と医者

その後も複数の美容整形外科をまわって、どうやら費用は病院や施術内容によって10万~70万までかなりのバラつきがあることが分かった。

一つ言えることは、比較的安めの病院をえらんだとしても、みなし残業の薄給サラリーマン女にとっては大金だということだ。

大金をかけて手術をうけたとしても、手術後に後もどりすることがある。手術の失敗により不自然な目になってしまい再手術をうけなくなってしまうこともある。SNSには整形後に再手術をくり返しているひとが何人もいた。

はたして、大金をかけてリスクを負ってまで美容整形をうけることが本当に自分にとって必要なことなのだろうか。

わたしは優柔不断なのですぐにはきめられず、三か月ほど考えた。美容整形をうけた人のブログを探して読んだり、美容外科のWebページで公開されているビフォーアフターを端から端までながめたり。

三か月も時間がかかったのは、答えがでないことを繰りかえし考えていたからだ。わたしが自分の見た目に悩むのは、自分がルッキズム的価値観にとらわれすぎているせいなのかとか、コンプレックスを手術で取りのぞくのは根本的な解決になるのか?とか。

親には言わなくていいかなとか、友達はいないからアイツ整形したなんてウワサをされずに済むなとか、ダウンタイム中の仕事はどうしようとか、現実的に手術を受ける場合に避けては通れないことについても。

整形を決断した決めて

最終的に整形をしようと決めたのは、40代になっても容姿コンプレックスがなおらず整形手術をうけた女性のブログをみたからだ。

それまでは、なんとなく容姿コンプレックスは歳をかさねたら自然になくなるのではと思っていた。まさか40歳、50歳になってもまだ容姿に悩む未来があるなんて、そのときのわたしは想像できていなかった。

40代になっても同じ苦しみを抱え続けるなんて絶対に耐えられないと思った。

容姿のほかにも悩みはたくさんある。コミュニケーションは苦手だし、お金はないし、不眠症だし、親とは疎遠だし、友達もいないし、将来は不安だし、社会不適合者だし。

ほとんどの悩みは手術をうけようがお金をだそうが簡単には解決できない。

手術で解決できる悩みなら手術で解決して、ほかの問題に対処する心の余裕と時間をつくった方がいい。人生はみじかいのだ。

整形後の生活の変化

目を二重にする整形をして、ブスから少しましなブスになった。

整形は魔法ではないので元の顔から完全に乖離した美女に作り替えることはできない。整形でどこまで美しくなれるかはポテンシャル次第である。一般人が少し整形した程度ではあくまで一般人なのである。

ただ、精神的には大きな変化があった。

わたしは自分の顔、とくに自分の目が嫌いなせいで人と接するのが好きではなかったけど、二重になってからは人と会うのが少しだけ怖くなくなった。少なくとも、目を見られるのが嫌だからという理由で、人を避けることはなくなった。

人と会うのが嫌だからという理由で出不精だったけど、外に出るようになり、以前より活動的になった。海外旅行にも行った。

整形前は、自分と同じ苦しみを遺伝させたくないと思って子供を持つのは止めようと思っていたけど、容姿の問題に対して親として対処法をしめすことができるのなら結婚して子供を持っても大丈夫と思うようになった。

目の整形が自分的にうまくいったので次は鼻をやりたいなあと調べたことがあったけど、自分には必要ないかなと思って結局やめた。最近はリフトアップに興味があるけどやるかどうかは未定。

以下の生活の変化については、これが整形の影響なのか、たまたまこのタイミングでそういう変化が起こったのかは分からない。

転職して年収が250万円ほどアップした。

残業や夜勤などの不規則な生活の影響で健康に問題が出るようになり、整形手術を受けたときは会社を退職して無職だった。そのため整形後のダウンタイムを人に見られる心配はなかった。

傷跡がきれいに治り腫れも引いた後、転職活動をして内定をもらった。その会社は前の会社より給料が良く、残業が少なく、有給も取りやすい比較的ホワイトな会社だった。(社会不適合者なので、今はその会社を退職して無職だけど)

それから、人生で初めて彼氏ができた。

当たり前すぎて特に書いていなかったけど、今までの人生で男の人からアプローチされたことはなかった。

恋愛なんて自分の人生にはまったくの無縁と思っていたけど、転職後の会社で出会った歳下の人に告白されて付き合い始めた。整形から半年と少し経ったくらいのタイミングだったと思う。

整形後の自分の方が自分らしいと思えること

整形手術を受ける前のわたしは、美容整形は自分の生まれ持った顔を変えて、自分の個性の一部を失うことのように考えていた。

インターネットのどこかで見た、整形によって同じ顔になった女性たちのイメージが頭にあったのかもしれない。

整形をしてから数年経った今感じていることは、整形後の自分の顔の方が、整形前の顔より自分らしく感じてしっくりくるということだ。

目は口ほどにものをいうという言葉があるが、わたしの目はわたしのことなんてまったく表していなかった。

わたしがうれしくて仕方ないとき、わたしの目は死んでいた。わたしが友達と楽しくおしゃべりをしているとき、わたしの目はわたしの楽しさを50%OFFで表現していた。わたしが今日は何をしようかとわくわくしながら考えているとき、わたしは他人からは眠そうに見えていた。わたしはもともと好奇心が強く、いろんな場所に行き、いろんなことに挑戦したがる人間なのに、わたしの目は無気力を伝えていた。

わたしの目は、コミュニケーションツールとしての機能性に少しだけ欠けていた。

今でも写真の中の自分を見てブスだなあと思うことはあるけど、整形前よりもわたしの心とわたしの外見が一致していると感じて心地よい。

手術で人為的に開かされた目の方が、生まれ持った目よりわたし自身を表しているように感じるのは不思議だ。

たぶん、わたしのコンプレックスの根源はルッキズムとは微妙に違った。

自分のブスが美意識的につらいということだけでなく、セルフイメージと実際の顔の造形から受ける印象との乖離がしんどかったのかもしれない。

赤い色が好きなのに、黒い服ばかり着せられて、黒い服が好きなんだよねと周りの人にも言われているような。

今は、本来の自分に戻ったように感じている。

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