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懺悔と告白に愛を添え 1

 日が傾いている。

 町外れに存在するこの小さな教会にいると、地平線と接吻《せっぷん》しそうな勢いで沈む太陽がよく見える。

 一日の最後に行う清掃も終えたことだし、そろそろ閉めようかな。

 そう考えて箒《ほうき》を片付けようとしていたところで、老齢の男性が一人、この場所を目指し歩いてくるのが見えた。その姿を見て、何をしに来たのか検討がつく。

 私は急いで手で抱えていた箒を直し、彼が来るであろう場所、懺悔室《ざんげしつ》の奥へと身を移した。

 本来であれば司祭である父が聞くべきであり、一修道女である私などお門違いも良いところだが、先にも述べた通りここは町外れの小さな教会。訪れる人は少なく、私が相手をすることも最早暗黙の了解として黙認されている。

 それに最近では私と話したいがために、わざわざ小さな問題を起こして告解《こっかい》しにくる人まで現れる始末だ。

 懺悔室なんて大層な形式こそ取っているが、ここはもう話相手が欲しいときに訪れる憩《いこ》いの場なのだろう。

 さて今日はどんなくだらない告解が待っているのやら。

 ガチャ。

 彼の到着した合図が響く。

 訪問者の年の頃は八十歳前後と言ったところ。その人は常連客の一人だった。
私はおおよその謳《うた》い文句を唱える。

「それではあなたの罪をお聞かせ下さい」

「実は三十分ほど前に大きな過ちを起こしてしまったんじゃ」

 扉を挟んで一枚。表情の見えない男性の、焦りと不安、そして後悔が伝わってくる。

「何があったんですか?」

「洗濯物を取り入れているときに突風が吹いてな。妻が気に入っていた洋服を飛ばしてしもうたんじゃ。二十年来共にしてきた服だったらしく、懺悔するまで帰ってくるなと怒られて、閉め出されてしもうた」

「そ、それはお気の毒に……」

 そこまで怒られるなんて余程大切にしていた服だったのだろう。不憫でならない。

 そう思っていたのだが、次に呟かれた言葉に私は絶句する。

「お嬢ちゃんに会うためとは言え、妻が大切にしていた服を飛ばすことまでしなくてもよかったと思い直し、すこし後悔しておるんじゃよ。安めのドレスを破く程度に止《とど》めておけば良かったとな」

「……何を言ってるんですか?なぜそんなことをする必要があるんですか?」

「ある程度価値がなくてはお嬢ちゃんが怒ってくれんじゃろ?」

「なんで怒って欲しいんですか……」

 この人はいつもこうだ。よく分からない欲望を抱えて、毎度この場所に訪れる。

 恐怖を感じつつも、恐る恐る理由を尋ねてみた。

「若い子に怒られた際のゾクゾク感が堪らんからに決まっておろう!妻のことは好きじゃが、この背徳感《はいとくかん》はそこんじょそこらの相手では務まらんのじゃ‼」

「贖罪《しょくざい》の機会を与える気が無くなりました。極刑です」

「そうしてくれ。もっと冷たく断罪してくれぇ!!」

 本来懺悔する場で、息も絶え絶えにどうしようもない煩悩《ぼんのう》を解放しようとするお爺さん。

 私は全力で引きながら内心どうしようかとあたふたしていたところ、とある男子の声が聞こえた。

「おい、爺《じい》ちゃん!その辺でやめろよ、恥ずかしい。街の奥さん方の噂になった暁にゃ、俺達居心地悪くて耐えらんねえよ」

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