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「終焉のヤン」第四話

「放物線」

パビアンコフの屋敷を飛び出したカテジナは、ピルゼンを流れるベロウンカ川の橋のたもとにしゃがみ込んでたそがれていた。

川面には対岸の街の明かりが静かに揺れている。

「どこから悩めばいいのかしら。私はカテジナで、戸籍上の私の父さんは私が生まれる前に死んでいて、あの白ヒゲのおじいさんが血縁上のお父さん?ってことになるのね。まあよくも17年間騙してくれていたものだわ。」

さっきの出来事を整理するように、カテジナは独り言をつぶやく。

「あーあ。見ず知らずの父親と対面。見ず知らずの貴族と結婚!私の人生ってこんなのばっかりなの?次はどんな見ず知らずさんが来るのかしら!」

カテジナは独り言を言いながら腹が立ってきた。
腹が立って、悲しくなった。自然とヤン・ロキツァナのことを想う。

「この川はプラハにも通じてるのよね。……ヤン先生に会いたいなぁ。」

カテジナは上着と靴を脱ぎ捨て、川に向かっておもむろに歩き出した。
足先が水に浸かる。

「冷たっ!こりゃ泳いで行くのは無理ね。おー寒い寒い」

3月の川の水は、まだまだ冷たかった。
カテジナは身をふるわせて岸へもどり、さきほど脱ぎ捨てた上着を手に取ろうとする。
そこに.......

ジョロロロロ……!

という音がして、カテジナの上着に何かの液体が降り注がれた。

液体の出処を見ると、橋の上に人影が。
夕闇にまぎれて顔などはよく見えなかったが、液体はその人物の股の間から放物線を描き、カテジナの一張羅に落下して吸収されていくのだった。橋を照らす篝火(かがりび)に栄えて、キラキラと輝きながら。

「ぎ、ぎゃあああああああああああ!!」

その正体を悟ったカテジナは叫ぶ。

「誰かいるのですか?!どどど、どうなさいましたか!?」

叫び声に驚きながら、液体の主が橋の下へ声をかける。

橋の渡り口のところでの出来事だったので、その人物はすぐにカテジナのもとへ駆け下りて来た。

その人物とは、シモンであった。
シモンは何事かと思い、とにかく声の主に話しかけた。

「お、お、追い剥ぎですか!?強盗ですか!?お怪我はありませんか?!」

半裸で涙ぐむ女性の姿を見て、シモンは彼女が誰かに襲われたのだと認識した。
すぐさま自分の上着を彼女に差し出し、肌の露出を隠すよう促す。代わりに、今度はシモンが半裸になる形だ。

シモンは今の自分は紳士的な行動をしているという自覚があったが、助けようとしている相手から出た言葉は辛辣なものであった。

「バカ!アホ!変態!私の一張羅になんてことしてくれるのよ!」

言いながら、カテジナは差し出されたシモンの上着を奪い取るようにして羽織る。

「あんたの足元!私の服!」

えっ?とシモンが目をやると、確かに自分の足元に、女物の上等な衣服が濡れて地面に落ちている。
濡れた衣服からは、まだほんわかと湯気が立っていた。

そしてようやく、自分の小便がこの女性の衣服に掛かったのだということをシモンは察した。

「あっ!えっと……ご、ごごごめんなさい!今日は給料日で、ちょっと飲み過ぎてしまって、まさか橋の下に人が居るとは思わなくて……!すみません!す、すぐ洗います!川があるし.......」

「いいわよ!洗ったところで、もう二度と着るものですか!……お気に入りだったのに!」

シモンが酔っ払って橋の上から立小便をしたら、橋の下には服を脱いで泳いでプラハに行こうとしていたカテジナがいて、そのカテジナの服に小便がひっかかった。
要約するとこのような出来事が、ピルゼンの街の出入口付近の橋のたもとで起きたのだった。

しかもタイミング良く(悪く)、シモンがカテジナに怒鳴られているところへ、松明を掲げた数人の男が騒ぎを聞きつけてやってきた。

「いたぞー!お嬢様だ!男に襲われている!早くお助けするんだ!」

それはパビアンコフ家から派遣された、「お嬢様捜索隊」の一団だった。

駆けつけた男たちによってシモンは捕縛され、カテジナお嬢様は無事に保護された。


二人はそれぞれパビアンコフの屋敷へと、一人は護送され、一人は連行されて行くのだった。


(第四話 了)


おまけコーナー

人物紹介④ 白獅子のシモン

シモン・バルボジーナのモデルとなった人物で、歴史では1427年に彼の活躍があります。

当時プラハ市長だったシモンは、ある貴族がプラハでクーデターを企んでいるという情報を入手します。
シモンはヤン・ロキツァナと相談し、クーデター阻止と市民の保護の作戦を練ります。

クーデター予定の当日、シモンはわざとクーデターの軍隊を市内に誘導して、広場に集めます。
そして広場の出入口を全て封鎖し、クーデター一味を広場にに閉じ込めてしまいます。

広場の周辺の建物内には狙撃兵を潜ませており、シモンの号令で建物の窓から一斉に射撃が始まりました。

というかこのくだりだけで一本の作品が描けそうですね。
クーデター一味のリーダーが、シモンのかつての友人だったり、そのリーダーを殺したのは、かつてそのリーダーから命を助けてもらった泥棒だったりと、因縁渦巻く人間模様があったりするのです。

白獅子のシモンの本名は分かりません。
シモンが住んでいた屋敷は中古で買ったもので、そこに白獅子の紋章が飾ってあったことからそのあだ名がついたようです。











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