人文書を読む(9)杉森久英『滝田樗陰』(中公文庫)

 『中央公論』といえば、今もなお刊行されている雑誌であす。一般的な分類としては、いわゆる「総合誌」にあたるでしょうか。岩波書店の『世界』などと並び、今も広く読まれています。どちらかというと『世界』よりも(左派的なリベラルではなく)自由主義的な立場からの論考が載せられているイメージがあります。

 また『中央公論』といえば、高校の日本史の教科書で取り上げられることでも有名かと思います。すなわち、吉野作蔵が論文を発表し、いわゆる「大正デモクラシー」に言説の場を提供したというものです。試験でも当然この文脈で問われることが多いでしょう。

 本書は、そんな大正期の『中央公論』を支えた編集者、滝田樗陰(たきたちょいん)の評伝です。生い立ちなどに関する記述は少な目ながらも、個人的な人物像に迫るような内容も含まれており、硬さをあまり感じない「こなれた」感じの印象を受けます。

 本書の原型は、著者が『中央公論社の八十年』に執筆した社史の記述です。ですので、先にも触れたように、記述の中心は『中央公論』という雑誌の編集者としての滝田の活躍ということになります。中でも中心となるのは第二章「新人の発掘」で、先に触れた吉野作蔵とのつながりのほか、当時新進気鋭だった作家や、既に文壇で存在感を示していた作家(漱石含む)と滝田、『中央公論』の関係性について触れられています。

 また、社史をもとにした文章らしく、第三章「嶋中雄作と波多野秋子」ではその名の通り、滝田のもとで活躍した『中央公論』編集者についても触れられており、立体的な流れの中で評伝を読み進むことができるようになっています。これは本書の特徴でしょう。

 そして、巻末には竹内洋氏の解説のほか、吉野作蔵、谷崎潤一郎、芥川龍之介、菊池寛、山本実彦による滝田に関する文章のほか、実娘によるエッセイが収録されています。ここで収録されている文章の執筆陣の豪華さにまず驚かされますが、評伝本編ではわからないようなパーソナルなことにも触れられていたりして、それこそ立体的に滝田の人生に迫ることができるような構成になっています。

 自然、本書を読むとその後の『中央公論』の歴史についても知りたくなってしまいますが、それは別の書籍による必要が当然あるでしょう。それから、本書を読んではじめて知ったのは『中央公論』がもともと『反省会雑誌』という本願寺僧侶のための雑誌だったということです。単に滝田のことを知りたい向きだけではなく、『中央公論』という雑誌の読者にとっても、本書は興味深いものなのではないでしょうか。

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