夏
深夜。金曜日が土曜日になろうとする。夏の鬱陶しい日和も影を潜め、扇風機も自分の出番は終わったかのように部屋の片隅に佇んでいる。
私は久方ぶりに缶チューハイを買った。薄手のジップパーカーを着てバイト先から帰るいつもの道からはみ出したのだ。
閉店間際のキンキンに冷えたスーパーは煌々としながらも何故か淋しさを纏っていた。だだっ広いフロアに惣菜を選ぶサラリーマンと長い夏休みにも終わりを感じだした大学生集団、そしていそいそと締め作業に精を出す店員の5人が疎らに動いていたからだろう。そんな中、私はそそくさと缶チューハイを買った。仮住まいのアパートで酒を飲むことは滅多にない。にも関わらず私は缶チューハイを買った。しかも2本。
汗をかきだす缶を片手に家路を急ぐ。生憎アパートの冷蔵庫には製氷機能がない。ダラダラと歩いていたら生温いチューハイを飲むことになる。それが飲めたものではないこと位は知っている。だから家路を急ぐ。
鍵を開け、すぐさま身体をシャワーで清める。汗をかくことをやめた缶チューハイ達は冷蔵庫で待機させている。浴室を出るとモワッとした空気が肌にまとわりつく。非常に鬱陶しい。
カチッ、
髪も乾かさず、肩にバスタオルを掛けベットに寄りかかって5分経とうとした時、音がした。
扉が開く。
「ただいま戻りましたー。あれ、今風呂入ったの?」
玄関からの声だ。
「うん。さっき帰ってきたから。」
「え、いつもより遅くない?」
「ちょうど定期点検の日だった」
「そういうことね。てか、下履きなよ。寒くないの。」
「大丈夫。ちょっとだけあついの」
「ふーん」
「お風呂入るでしょ。お湯溜める?」
「大丈夫。ちゃちゃっと済ませちゃうわ」
お借りしまーすと言って服を脱ぎ捨てながら浴室へ向かった君。
するとすうっと皮膚が冷えていくのを感じた。すぐに短パンを履き髪を乾かす。
最近いつもそうだ。元々寒がりのせいで夏でもあまり汗をかかない。なのに最近妙にあつく感じる。何故なのだろう。
「お借りしましたー」
君が帰ってきた。またあつくなった。
「チューハイ買ってきたよ」
そう言って冷蔵庫に足を進める。あつい。
「ほんと!?気がきくね!」
「いや、なんか飲みたくなってさ」
「とか言いながら私のこと考えたんでしょ?」
冷蔵庫を開ける。あつすぎる。
「そうだったらいいね」
「つめたいねー」
あついんだ。このまま冷蔵庫を開けておきたい。
「はい。どうぞ」
「サンキュー」
お互いプルタブを開け缶をぶつけ合う。
缶の中身が無くなり、くだらない話がフェードアウトし出した頃。まだまだあつい僕に君はまた言い出した。
「やっぱり私のこと考えたでしょ」
「そりゃ話してるんだから考えるでしょ」
「そうじゃ無くて。チューハイ買う時にってこと」
「またいいだす?」
「だって無糖のチューハイなんて君飲まないじゃん。いつも甘いお酒ばっかり飲む癖に」
今日は熱があるのかもしれない。流石に耐えられない。
「扇風機つけるね」
「今は相当涼しいよ?」
ニヤニヤしながらこちらを見る君。
「でもあついんだ。チューハイだってちょっとぬるかったでしょ?」
「ふーん。そうなんだー」
ごめん。扇風機の出番はまだまだありそうだ。まだ僕は生きていたいから。
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