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かたつむり
捕手のグラブから白球が溢れる。それをただ見つめるだけだった。怒号の様に聞こえる歓声と沈黙。そこで僕の記憶は途切れた。
最後の大会が終わって3日が経った。新チームは既に動き出し秋の大会に向けてしごいている、と僕の代のキャプテンが言っていた。
「やっぱお前すごいな。」
そんな返信をベッドの上から送り携帯を置く。なにか通知音がしたが無視しよう。
水が道路に打ち付けられる音で目が覚める。今日は1日雨だと天気お姉さんが笑顔で言う。朝食を口に運びながら真顔で聞き流す。
なんの思いも無く玄関を出る。傘を持つのも面倒だった。
公園に着いたようだ。雨のせいかあまりよく見えない。木の下に腰を下ろし空を見上げる。明日も雨なのだろうか。天気お姉さんの話をちゃんと聞いておけばよかった。すうっと記憶が飛んでいく。
ふと雨がやんだ。
「やっぱり君だ」
そこにはマネージャーが、いや、元マネージャーがいた。近くに住んでいると聞いたことはあったが、深くは知らない。
「なんでこんな中にいるの?」
意味なんかなかった。
「傘は?朝から雨だったでしょ?」
なんとなく面倒だったんだ。
「何か言ってよ。1人で喋ってるみたいじゃん。」
笑いながら問いかける。そんな君を見て無性にいらいらした。そして、傘の柄を振り払い
「頼む。1人にしてくれ。」
感情を抑えながら小さく呟く。我ながら良い演技だとおもう。
その瞬間、夏でもあり得ない温もりを唇に感じた。
「やっと素直になった。」
その言葉が鼓膜を揺らした瞬間、僕の何かが決壊した。泣いた。家族にも見せたことのないくらい泣いた。君の腕の中で泣いた。そんな僕を君は何も言わずに待ってくれた。ゆっくり、ゆっくり待ってくれた。
夕日が今までの雨水を幻想的にする。天気お姉さんの予報は間違っていた様だ。
「明日、晴れるかな。」
「なにそれ。」
そんな笑う君と、僕は手を繋いだ。
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