短編:つつがなく。つとめてねむたく。とくとく、わたしをおきさっていく。
つつがなく朝はやってきて、僕は君とはぐれる。袂を分かつ。それじゃ、と軽く手を振って。
誰もが信じてやまないそれを、僕だけが疑っている。広く識られた共同幻想のようだった。人というノードを繋ぐ、樹状のエッジ - edge[名]。旧くはエッダの部品。言葉。下賤のモーダル。
ねむたい言葉。つとめて優しいだけの言葉。それを讚える言葉。あなたを慰める言葉。怒りを諌める言葉。僕を窘める言葉、言葉───"言葉"。最も簡素な、それでいて過不足のない拒絶。呪いを形作るもの。きわめて疾病に近い、仮想的な記号。
それは人々を救うのに、僕のそれだけが肌色の遮幕に阻まれている。それはこんなにも心の奥深くまで巣食うのに、僕のそれだけが効用を失っている。ねむたい言葉はただのそこにあって、何にも刺さることできないなまくらそのものだった。
震える指先。錆びついた自転車。車窓。ルーヴルの銘画。熱線兵器。禁治産者のつめたくなった"cold circle connection"。想いの角部屋。快癒。『はのん』。呪殺現場(移動式サーカスに程近い)。死にゆく赤目の子供たち。バターと小麦のやさしい香り(寒いから、死んでしまうね)。humin-echo-system。煤けた嘴。反響以前と以後。幼年喪失。沈黙の周波数。死絡み。ルートファイヴ=瘴気の手。ムスクと儀式の薫り。幽霊定数。chemical-angelixxx。たったひとつ。白亜の真似事。与羽根+流禍+魔胎=*34#-!、あざみ野、汽水域、スクイズ、Aquila───言葉の上では、そのすべてが均しく白々しい。あくびが出るほどに、ねむたい。
ふと目を離した。その一瞬の間隙つくようにして。それらは溶けて消えた。どろり、と音をたてて崩れた。
メーデー・メーデー。
由ある言動を。由ある言動を。それを積み上げて、ここまでやってきた。
由ある言動を。それだけを積み上げて、ここまでやってきた。
想いは遠く、とくとく、僕を置き去って云く。
つつがなく朝はやってきて、僕は君と別れる。袂を分かつ。それじゃ、と軽く手を振って。
最低な"言葉"で。ぼくらはそれを忘れた。
***
"HQ! HQ! 応答せよ! こちらナゲヤリ・ラン=ドマエ付設第三区画! 至急増援を求む! 繰り返す───至急増援を送られたし!"
"こちらHQ、増援は、出ない……。現状の戦力で対処せよ"
"ああクソッ、奴らだ……! 奴らがやってくる! 破滅そのもの、鋼鉄の悪魔!"
"死なば諸共さ……オラ、お前らァ! ボサっとしてんじゃねェぞ! 機雷に信管を挿し込みなァ! 'いま・ここ'で、奴を仕留めるッ!"
"うひひ、俺たちツイてるなァ……! あの『喋り屋のキリコ』隊長と一緒にくたばれるんだ───こりゃ、あの世でも退屈しねェってもんだな、エエ?
"おい、そこの若いの。仏像なんてさっさと捨てちまいな。見りゃ分かんだろ、エ? 神も仏もこの世には居ないんだよ。"
***
まあるくて、おおきな怒りがあります。宛名の無い怒り。まんまるな殺意。明確な制裁の意志。凍えそうなほどに冷たい熱線。極めて鋭利な風船。膨らんでは蝕むだけの、利便生産性のないエネルギー。
ええ、ええ、わかっています。この譫妄に近い被害者意識が何をもたらし、また何をもたれさせていくのか───ええ、ええ、誰より私が、充分すぎるほどに、わかっていますとも。それでも怒りは、私達は手を取り合ったようでいて、その実足を引っ張り合っていたのだと、そういうことに気づかせてくれます。
『私……嗚呼、私は。一秒でも。たった一秒でも、早く。』
迅く迅く、こんな言葉から。こんな世界から。この薄汚れた車窓から。逃げ出したいだけなのに。
なぜ私は苦しいのでしょう? この苦しみの果に、私は何を得るのでしょう? ええ、ええ、たしかに。たしかに、人には人のオーダーメイドな地獄があります……しかし私のそれにはなによりも、嗚呼、なによりも『大義』がないのです。私のこの苦しみは、その果てにあるものは。それは私の安寧でしょうか。成長でしょうか。幸福でしょうか? だとすれば、やはりそこに『大義』はないのです。
ああ、ない! ないないない! どこにもない! ないったら(ないんだってば!)、ないのです! ないない、nai! なくしてしまうまでもなく、うしなうまでもなく、はじめから、ない───ない!
そんざいしえない! しるよしもない! ゆるされない! みつからない! だってはじめからないのですから! そこにはなにも! わたしのこころは、わたしのことばは、そこにははじめから、なにもなにもなにもかもがないのです!
さよう・はんさようがなければ(それは光の反射による知覚、だ!)それは存在しないのとおなじです。いきるいみもなく、くるしむいぎもなく、むくわれることはなく、『ない』だけがそこに『ある』!
『ああそうか、ようやく、そうか、わたしには、はじめから、なあんにも。あはは。』
好きな人も、美味しい食べ物も、ふるさとのにおいも、深く巣食った絶望も、ねむたいだけの言葉も、叫んだ快哉も、途切れた通信も、告げたおわりも、放つ異彩も、斯く或る話も、後の祭りも、恨みも、叫びも、何もかも。
ああ私は、私だけは、私を誰にも押し付けてはならないのです。この怒りと絶望を、私は何度飲み込んだことでしょう。唾と一緒に(飲むように)。吐瀉物と一緒に(飲み込むように)。
或いは清濁を併せ飲んで───わずらうくせに。
***
淑やかなテロメアの短縮。依然としてそこに在る。有意味な摂理 = 有神論。必要だからこそ、そこに在る。飛翔体(紫水晶の轢死体)。黒目がちな両目をそっと伏せて、そこに在る。放射状の溺死体。袱紗。みずいろ。19歳の誕生日──そこに久遠の繁栄<<<\bn>>>を仮定する──。悔悟の営み。為すべきことを為すために、そこに在る。晩鐘injctn:""人類の沿革と歴史の査定を執り行う"", prod. 。亜獄。現世參り。煉獄にも満たない。怨嗟。拘泥。嫉妬。報復。尊厳。喜怒。斯道。距離。喪失。巨禍。口渇。癈人。蝎廟。離人感。翼。挧。蟐。彁。鱗。鰓。私。必要もないのに、そこに在る。居座り続けている(仮説は支持された)。
季節が何度巡ったとて、そこに私ひとりぶんの隙間が存在しないこと。私たちはよくよく、知っていた。
壊れて動かなくなった時計はそれでも日にニ度、ただしい時刻を指すのに、五分遅れて進む時計はどうしても、ただしくそこに在ることができない。私たちは生きようとするたび間違い続けると、よくよく、知っていた。
ああもう私は誰も、誰ひとり赦さない。私はもう誰も愛さないよ、ね。よくよく、知っていた。
ああきっとあなたも、私を丸呑みにした後にさめざめと泣くのだ。骨の髄まで私を一方的にしゃぶり尽くて、そして、のたまうのだ。
『ああわたしはなんと、なんと、罪深いのかしら! こんなわたしなんてだいきらい。もうたくさん。わたしはわたしをゆるせない! ああはやく、これ以上罪を重ねる前にはやく、いますぐに、死んでしまいたい───』
それでも死ねないこと。私たちは、よくよく、知っていた。
***
こんなとても良い夜に、笑いながら歩ける。それを『彼ら』は幸せと呼んで隠すの。
来なくてもいい夜に、笑いながら語りかける。さわらないで。そっとしておいてほしいだけなの。
或いは、来るはずのなかった夜を、笑いながら傾ける。だからいったのに。さわらないで、って。
わたしに、"障"らないで、って。
ごめんなさいね。みんなみんな、どうでもよかったの。別にわたし、皆のことが好きだから優しかったんじゃないの。ただ、私のことをきらわないで欲しかっただけなの。
え? う〜ん……。……いや、別に、きらいだから殺したわけではない……と思う? だって、みんなわたしにはやさしかったじゃない。ごはんも分けてくれるし、おもたい荷物は持ってくれるし、寒い夜には、よりそってあたためてくれたし。う〜〜ん、あらためてきかれるとむずかしいよォ───
でも、別に、難しく考えなくていいんじゃない? 私はみんなのことがすきでもきらいでもなくて、でもみんながわたしのことを疎ましくおもっているのは分かってしまって、いずれそれが多数派を占めていることが表面化して、わたしを排斥するようになって───そうなったらくるしいな、いやだな、って。だからそうならないようにしたの。
え? あなただけ生かした理由? ええ、うそぉ……それも伝わらないのか。わたしって、そんなに分かりづらいのかな。……ううん、もしくは人って、やっぱりことばを介さないと、きもちを確信できないのね。ほら、サイコホラーだって、犯人の自白あってこそみたいなところ、あるもの。
……えへへ、なんか照れちゃうな。だってわたしが、"そう"なんだものね。ごめんね? こんな端役が、さいごにむりやり割ってはいっちゃって。だいじなだいじな、あなたの物語に。きっと、スポンサーが無茶いったんだろうね。ふふふ。
……ええっと、結論からいうとね。あなたを生かしたつもりなんてないの。ただあなたが、『どうしても自分の死に納得できる理由がほしい』って目をしているものだから、ほんのすこしだけ、かわいそうになってしまって……。
みんなにはわるいけれど、このシェルターはわたしがつかわせてもらうわね。だって、こんなにも状態のいいシェルターなんて、わたしの知るかぎりここだけなんですもの。ちょっとおそうじはたいへんだけれど、まあ、ドロイドをつかえば二日くらいでおわるはず……。
じゃあね、あなたもわたしもスッキリできてほんとうによかった! やっぱり話し合いって大事ね! えへへ。それじゃ、おやすみなさい───
***
***
水となって溜まった想いが蓄積して、あふれて、溢れて。私は心を喪いました。今では機械の心臓が、この暖かな呪いをそっと循環させています。拍動すら必要ない、つとめて静謐な呪いの奔流がそこにあります。軋むモーターの低く唸る律動が、それだけが、私の体内から聴こえます。
不思議なものです。こんな私から生まれた子供は、しかし確かな拍動をその身に宿している。律動を刻んでいる。私と同じ呪いが流れている筈の身体からは、ミルクのようにあまい薫りが漂うのです。その源泉は、間違いなく私であるはずなのに。であれば私は、私たちはなぜ間違えたのでしょう。
秀でる鼓動。秀でる鼓動。それはいったいどちらでしょうか。
秀でる鼓動。それは、この機械の心臓でしょうか。それとも、この子の小さく不揃いな鼓動でしょうか。
最低な言葉で、私達は別れました。私はそれを、惚けて見ていました。
ぼうっと。全身から力が抜けていくようでした。その場にへたりこんでしまわなかったのが、不思議なくらいです。
鋼鉄の頭蓋を浸す、この粘性の輸液のような、とろりと冷たい感触。私はそれを知っていました。
《ぜつぼう》
くらくふかい、つめたい、よどみのない、ただそこにあるだけの、そうしつ。
あの、もう、もうおわりにしませんか。
私はもう、誰も呪いたくないのです。私はもう、誰も喪いたくないのです。私はもう、誰も弔いたくないのです。私はもう、誰も見送りたくない。こんな鋼鉄の身体で、生き延びたくはない。
ああでも最期に、最期にもう一度だけ、かつて私が掬い損ねたこの世界を見てまわろう。最期にもう一度だけ、めでたく土に還ることのできた先代文明のその、微笑ましい結末を見てまわろう。この放射線まみれの世界がまもなく迎える、惑星の代謝とでも呼ぶべき生命の絶滅を見届けよう。
最期はきっと、この惑星も、生まれたままの姿で。
鋼鉄の翼があれば、半日とかからない。
***
問:何の努力も積み重ねもない愚か者が、『つらく、くるしい。むくわれない。』など、のたまう。なぜだろうか。
問:生まれる場所を選べない子供たちと、生まれる子供を選べない神の、そのどちらに同情すべきであろうか。
『わ、すごい、きれい!! うんうん、はるばる地球の裏側までやってきた甲斐があるってもんよね。 青い空、白い雲、赫い街、黑い虹、翠の閃光───えへへ。 めえでー! めえでーーっ!!』
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