《備忘録》檸檬の重さとヴェーベルン

 2024年4月7日、上原悠の演奏を聴いて。〔誤解のないように断っておくと、これはあくまで私が再構成した内容であり、あらゆるところに私自身の解釈が施されている。〕

やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。

見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。

不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。――それをそのままにしておいて私は、なに喰わぬ顔をして外へ出る。――

私は変にくすぐったい気持ちがした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう。」そして私はすたすた出て行った。

変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。

私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善もこっぱみじんだろう。」そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩っている京極を下って行った。

梶井基次郎『檸檬』

 表現には品性が要求される。あまりにも露骨なたくらみは、すぐさま誹謗や傲慢へと転化するからだ。メッセージに仕込まれた火薬が多いほど、それは厳重に包装されなければならない。

 その点、彼は見事だった。曲目と演奏順の設定にメタメッセージが埋め込まれている。彼は、初めにヴェーベルンの《変奏曲 op.27》を、その次にブラームスの《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ》を弾いた。論理的〔あるいは歴史的〕にはブラームスが先行するほうが自然であり、彼の構成は逆転しているように見える。しかし、これこそが彼のたくらみである。

 もちろんこれは私の解釈に過ぎない。もしかしたら、彼の意識の表層にはたくらみなど存在していなかったかもしれない。それでも、彼が現実にこのような作品紹介を生みだしたことは、私の解釈が荒唐無稽ではないことの証左ではないだろうか。

〔ブラームスの〕最後のフーガでオクターブによって奏でられる鐘の音が西洋音楽の輝かしい歴史を言祝ぐとすれば、創造の論理性においてヴェーベルンのような音楽を生み出し得る脱構築の可能性を鐘の残響の中に聴くのは、穿った見方に過ぎないだろうか。

上原悠による作品紹介

 彼は演奏会のなかで、ブラームスの《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ》を西洋近代音楽の到達点として意味づける。これは、ブラームス自身がその作品に与えた意味づけと照応している。変奏曲の主題は1分ほどだが、それが25ものヴァリエーションに展開され、さらに主題がフーガに受け渡されることで、全体としては30分近い大曲が完成する。

 主題がヘンデルから採られていることと、対位法が徹底されながらも充実した和声を内包したフーガで終結することは、まさしく作品の性質を示している。西洋音楽の系統を追跡するように網羅的に展開されるヴァリエーションは、さらなるヴァリエーションを挿入する余地を残していない。それゆえ最後のフーガは、西洋音楽の終着点として演奏される。

 その意味で彼の演奏は、彼がピアノを弾いていない時点をも遡行して包摂する。今回のコンサートは、彼を含めて5人の奏者がおり、ブラームスの前に、ハイドンやリスト、チャイコフスキー、ラフマニノフが演奏された。いまや彼らは、ブラームスの展開した「西洋音楽」のヴァリエーションとして意味を与えられている。それぞれの奏者は独立に作品を演奏したけれど、それらがブラームスの変奏曲によってひとつのタペストリーに織り込まれてしまう。最後に彼が「鐘の音」を鳴らすとき、祝福されるのは西洋音楽の輝かしい歴史であり、同時に輝かしい歴史を再生〔演奏〕した奏者たちである。

 こうして、コンサートは大団円を迎えたかのように見える。実際、コンサートは「鐘の音」によって終結した。万雷の拍手のなかで彼はホールを後にして、銀座の中央通りをすたすた歩いていく。まるで梶井基次郎の『檸檬』の主人公のように。

 ラッセルとホワイトヘッドの "Principia Mathematica" (1910-1913) は、現代数学の基礎となっている。すべての数学を記号論理学に還元することに成功したラッセルは、もはや数学には矛盾が存在する余地は残されていないと考えた。証明も反証もされない数学的言明は、すべて数学体系から排除されたはずだった。すなわち、数学の無矛盾性と完全性が、ここに打ち立てられたはずだった。

 この夢はゲーデルの不完全性定理によって崩される。

 ブラームスの変奏曲には、西洋音楽のありとあらゆる色彩が取り込まれていたはずだった。ヴァリエーションの余地が残されていないという網羅性、あるいは完全性こそがあの作品の本質だろう。

 しかしブラームスは、「調性」の外に出ることができなかった。それは西洋音楽の限界でもある。西洋音楽は、調性という気圏のなかでフロンティアを開拓しつづけることで発展してきた。しかし気圏は有限空間であるから、時代とともにフロンティアは喰いつぶされ、代わりに「様式」が気圏を埋め尽くしていく。こうなると新様式の創造が極めて困難になるが、ブラームスはその状況を逆手にとって、あらゆる既存の様式を詰め込んだ変奏曲を織り上げた。すなわち、西洋音楽の枠組みのなかでフロンティアを探すのではなく、西洋音楽そのものを総体的に対自化したのである。だからこそ、「鐘の音」は西洋音楽に対する普遍的な祝福として鳴り渡る。

 しかし、対自化とは超越の契機に他ならない。

 西洋音楽を超越すること、すなわち「調性」それ自体をひとつのヴァリエーションとして把握し離脱することこそ、ヴェーベルンの作品の本質である。ブラームスの「鐘の音」の残響から生まれたヴェーベルンは、西洋音楽の完全性をこっぱみじんにしてしまう。

 こうなると、彼の祝福の含意は逆転する。それは皮肉に過ぎなかった。ブラームスの変奏曲によってコンサートの全奏者と全観客を祝福した彼は、ヴェーベルンによって自らそれを解体してしまう。

 彼は、爆弾魔なのだろうか。

 もし彼がブラームスを先に演奏していたら、爆弾魔として認めざるを得なかっただろう。しかし彼はヴェーベルンから演奏した。現実にコンサートは祝福のなかで終結したのである。

 たしかに彼は爆弾を投げた。ヴェーベルンは、チャイコフスキーやラフマニノフの残響を吹き飛ばして、コンサートホールを更地にしてしまった。そして彼は「西洋音楽」を超えて舞い上がる。

地球は青かった。

ユーリ・ガガーリン

 調性の外に出た彼は、それでも調性へと戻ってくることを選んだ。西洋音楽の完全性を破壊したうえで、自らの手で西洋音楽そのものを描き出した。これこそが、彼が《ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ》に託した意図に他ならない。完全だから愛するのではなく、権威だから愛するのでもなく、それが「それ」であるがゆえに愛するという〈意志〉の宣言として、ブラームスが演奏されたのである。

知者が「世界」を超えて舞い上がり、ふたたび「世界」に舞い下りるとき、それはもちろん、以前とおなじところに舞い下りるわけではない。もしそれならば彼の飛翔は、たんに観念のなかでの超越にとどまるだろう。彼は世界をつくるのだ。それもただたんに、あたらしい言葉によって、あたらしい視覚によってばかりではなく、あたらしい行動によって、あたらしい生き方によってつくる。

真木悠介『気流の鳴る音』

 だとするならば、フーガの「鐘の音」は、西洋音楽のうぬぼれではあり得ない。彼は、ヴェーベルンによって西洋音楽を爆破することを通して、彼自身がひとりの人間として西洋音楽を愛していることを証明したのである。惰性や強制のなかで即自的に愛するのではなく、それらをすべて振り払ったうえで対自的に愛することこそ、尊厳ある人間の実存である。

 この世でもっとも陳腐化しやすいのは愛の言葉だろう。「君だけを愛してる」というセリフは、もはや浮気の合図である。

 西洋音楽が自明的に演奏される場においては、西洋音楽への愛の言葉は届かない。だから彼は、とても回りくどいやり方で愛を叫んだ。そもそも愛の言葉は観客に聴かれるべきものではない。それはただ西洋音楽に向けられているのだから。

 30分にもおよぶ愛の告白を終えると、彼はなに喰わぬ顔をしてホールを後にする。いちど更地になったホールには、すっかり西洋音楽が再構築されている。彼はひとり、銀座の中央通りを歩いてゆく。



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