見出し画像

(第27回)小児がんのお話 その1 総論

今回から数回、小児がんのお話をします。
2024年8月に、僕が著者をさせていただいた
Successful treatment of young childhood standard-risk hepatoblastoma with cisplatin monotherapy using a central review system.
という論文が、Pediatric Blood and Cancerという有名な雑誌に掲載されました。
その内容紹介も兼ねて、小児がんのお話を総論からしていきます。
あ、タイトル絵がなんで金色のお城なのかは、最後らへんでわかります。

でも、最初にお断りしておきたいのですが、この論文は僕が著者にはなっていますが、基本的に僕の業績ではありません。
この論文のもとになった研究自体は、教授(現在は特任教授)の檜山先生が進めてこられたものであり、PI(Principal Investigator:研究を主導したいちばん偉い人)は檜山先生です。
なので、僕がすごいわけでは全然ありません。
でも、今後僕が小児がん関連で進めている研究紹介をするためにも、小児がんのお話をしておく必要がありますので、この度noteに概略や論文紹介をさせていただきます。
くどいようですが、僕はあくまで論文を書いただけで、えらくもなんともありません。

①小児がん拠点病院
 
なんで広島大学病院が小児がんの治療を頑張っているかというと、小児がん拠点病院だからです。
今は成人の2-3人に1人ががんになる時代です。がんは珍しい病気ではありません。
しかし、小児のがんはとても珍しい。
新たに発症する危険性は1万人に1人であり、日本全体で新たにがんになる子どもは毎年約2000人です。
そんなまれな病気をあちこちで別々に治療していては治療成績が保てません。
そこで、国は2023年4月現在、15カ所の医療施設を「小児がん拠点病院」として定め、小児がんの子どもや家族が安心して、質の高い医療と支援を受けられるようにしているのです。
小児がん拠点病院となっている病院は、様々な日本全国レベルで行われる小児がんの臨床研究を主導もしくは参加し、治療成績を向上させ、治療の基盤を作っていく役割を担っています。
その中で、中四国地方で唯一の小児がん拠点病院となっているのが広島大学病院です。

②小児がんの種類


小児がんの種類

小児に発生するがんというのは成人とは全く種類が異なりますし、それでいてどんな臓器にもできますから非常に種類が多くなります。
1/3が白血病…と聞いて、「成人も白血病になるじゃん」と思うかもしれませんが、小児と成人では同じ「白血病」という血液のがんの名前であっても、細かい種類は違うのです。
先ほど、「日本全体で新たにがんになる子どもは毎年約2000人です」と書きましたが、更に種類別に分けるとものすごく少なくなります。
もちろん同じ治療をするわけではなく、がんの種類ごとに全く違う治療が行われ、更にその中でも重症度によって違う治療が選択されますから、治療が全く同じ人の方が珍しい…という状態になってきます。
例えば、広島大学病院が世界的にも有名な肝芽腫(子供の肝臓にできる悪性腫瘍)になりますと、年間に日本で発症するのは40人くらいであり、更に重症度により細かく細分化されて治療方針が決定されます。

③小児がんの治療の特徴

小児がんの治療ですが、大きな特徴が2つあります。
1つは、成人のがんと種類が違うので治療効果が得られやすい ということ。
もう1つは、治療がムチャクチャきつい ということです。

成人のがんと種類が違うと言いますが、どう違うのでしょうか?
すごく単純に説明するので、実際には細かいところでは違うところもありますが、「そんなものか」と思って聞いてください。
成人のがんというのは、種類としてcarcinoma(カルチノーマ:癌腫)などがメインです。
これは、いわゆる「遺伝子が何度か傷を負うことにより、正常に増殖ができなくなった末にできるがん」です。
こういう説を、multiple-parallel hit hypothesis(マルチヒット仮説)と呼びます。
分かりやすく言うなれば、たばこを吸い、酒を飲みまくり、辛い刺激のあるものを食べまくっていると食道がんになる危険が跳ね上がるということです。
でも、子どもはそんなことないですよね。
小児にできるがんは、blastoma(ブラストーマ:芽腫)などがメインです。
blastomaというのは、未熟な未分化細胞から成る腫瘍とされ、つまりは発生途中の細胞が異常な増殖を来たしてしまい、運悪く悪性化したものです。
もちろんここにも様々な影響や原因はありますが(遺伝子の異常を含め)、成人ほどはっきりしたものではありません。

このようにがんの種類が違うとどうなるかというと、小児がんの多くは「治療が効きやすい」という特徴があるのです。
抗がん剤などの治療の多くは、細胞周期(セルサイクル)の特定の部分で効果を発揮します。


細胞周期(遺伝子疾患プラスHPより)

なので、この細胞周期がどんどん回ってくれるような小児のがんでは治療効果が高くなるのです。
確かに小児のがんを治療していると、最初の数回の抗がん剤治療で劇的なまでに小さくなったりすることはよく経験します。

でも、治療はメチャクチャきついです。
成人でがんの治療に接したことがある人は、「5年生存率」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
がんを発症して、5年後に生きている確率ですね。
成人のがん治療の1つの目標としてあげられる数値です。
根底に「がんになって5年生きたらめっけもん」という考えがあります(言い方悪いですが)。
成人のがんでは、がんになったからといって治療に全てを費やし、仕事もやめて、治療がきついせいで日常生活も満足に送れない…なんて治療はしません。
それじゃあいくらがんが良くなっても、生きている意味や生活の質(Quality of life)が保てませんからね。

小児のがんでこんな考え方はしません。
がんとは根絶するもの。
完全に治癒させ、生き抜いて、将来をつかみ取らなければ意味がない。
5年生きたからよかったね…ではないんです。
がんを治癒させ得る最大の強度の治療を行い、場合によっては造血細胞移植などの超集学的治療も厭いません。
何としても治す!
小児外科医として隣でみていると、小児がんを治療する小児科の先生方の熱意は圧倒されるものがあります。
もう、すごいオーラ出てます。

④外科医の役割

20年くらい前には、抗がん剤の治療なんかを小児科以外でもしている時代がありました。
特に外科医が治療に深く関わるような、神経芽腫、腎芽腫、肝芽腫といった、手術が必要な固形腫瘍では、小児外科医が術前術後の化学療法(抗がん剤治療)を行っていました。しかし現在ではそのような病院はないと思います。
抗がん剤治療は小児科の専門です。しっかり治療していただき、治療のディスカッションで外科医を含めた多くの治療分野で関わっていきます。
そして、適切な時期に小児外科医が手術を行う…というのが現在の流れです。
当たり前ですが、本職が手術の小児外科医に、小児科と同じクオリティの化学療法(ケアを含めて)を求めるのはムリですもんね。

小児がん治療における外科医の役割は、大きな腫瘍を切除する手術や、
生検を行ってがんの種類や性質を確かめること、
そして


ヒックマンカテーテル (同様のものにブロビアックカテーテルもある)

このような、化学療法にも日々の採血にも使える、長期間(場合によっては年単位)留置できる中心静脈カテーテルを手術で入れてあげることでしょうか。
これ、痛い思いをせずに日々逆流させた血液で血液検査ができるから、重宝するんですよー。

⑤長期フォローに向けて

このように集学的な治療が行われる小児がんなのですが、とても強い治療だけに副作用もかなりあります。
使用される抗がん剤の種類によっても異なりますが、
脱毛や嘔吐、胃腸障害、出血といった短期的でその後改善するものから、
難聴や心機能障害、成長障害、妊孕性機能の低下といった、生涯にわたって問題を起こしてくるもの。
そして2次がんといって、新たながんの発生まで…。

小児がんの治療を受けられたお子さんは、その後一生フォローが必要であるとされており、このような


フォローアップ手帳

フォローアップ手帳なども活用されていますが、まだ活用されている割合は低いです。
そして、小児のがんは最初も言ったようにまれですから、「こういう治療を受けた人は、こんな危険があるから、これくらいの頻度で検査を受けましょう」という指針もまだしっかりしたものはないという問題があるんですね。
(現在新たな臨床研究を開始しています)

このように、小児がんの治療というのはとても大変で、まだまだ多くの問題が残っています。
しかし、日本中のとても頭のいいやる気に満ちた小児科・小児外科などの先生方が、知恵を絞って治療を前に進めていってます。
その取り組みの1つとして、広島大学病院の肝芽腫研究の一部を次回から紹介します。

⑥小児がんの支援
 
最後に、小児がんの支援のために活動していただいている様々な取り組みをご紹介しましょう。
支援団体
・がんの子どもを守る会(公益財団法人)
がんの子どもを守る会 (ccaj-found.or.jp)
・ゴールドリボンネットワーク(認定NPO法人)
認定NPO法人 ゴールドリボン・ネットワーク|トップページ (goldribbon.jp)
レモネードスタンド
レモネードスタンドジャパン (lemonadestand.jp)
 
といった団体が小児がんの子ども達を支援しています。
僕も自分の研究に助成していただいております。
 
支援活動
・ゴールドリボン


ゴールドリボン・ネットワーク様より

乳がんの患者さんの支援はピンクリボン、移植を受けた患者さんの支援はグリーンリボン…と色が決まっており、小児がんの患者さん支援はゴールドリボンになっています。
きれいですね。
小児がんのイメージカラーはゴールド。
ということで、「ゴールドセプテンバー」として、9月には様々な地域でゴールドのライトアップが行われます。


金色にライトアップされた広島城

・国際小児がんデー(2月15日)
世界的に毎年2月15日は国際小児がんデーに決められており、様々なイベントが行われます。
日本では、エイベックス社が行ってくださっているイベントである
「LIVE EMPOWER CHILDREN」がとても大きなイベントであり、広島大学病院もご寄付をいただいています。
 
・レモネードスタンド


レモネードスタンド普及協会より

レモネードスタンドは昔からアメリカで子供たちがお小遣いを稼ぐために、夏にレモネードを売っていたのが由来です。
小児がんと闘っていたある少女が、「自分と同じような病気の子どもたちのために治療の研究費を病院に寄付したい!」と、自宅の庭にレモネードスタンドを開きました。
その活動が世界に広がり、今ではレモネードスタンドは、集めたお金を小児がん治療のために寄付するという社会貢献活動として、多くの場所で開かれています。
 
今年度は僕の進めている研究にレモネードスタンド・ジャパンから助成をいただいており、日本中の子ども達が頑張ってレモネードを売って集めた大事なお金を預かることになり、身の引き締まる思いです。
 

本研究内容補足事項
<論文>
Isamu Saeki, Kohmei Ida, Sho Kurihara, Kenichiro Watanabe, Makiko Mori, Tomoro Hishiki, Akiko Yokoi, Junya Fujimura, Shohei Honda, Yuki Nogami, Tomoko Iehara, Takuro Kazama, Masahiro Sekiguchi, Norihiko Kitagawa, Risa Matsumura, Motonari Nomura, Yohei Yamada, Ryo Hanaki, Hide Kaneda, Yuichi Takama, Takeshi Inoue, Yukichi Tanaka, Osamu Miyazaki, Hiroki Nagase, Tetsuya Takimoto, Kenichi Yoshimura, Eiso Hiyama: Successful treatment of young childhood standard-risk hepatoblastoma with cisplatin monotherapy using a central review system. Pediatr Blood Cancer. 2024; e31255.
<学会発表>
第58回日本小児外科学会
第63回日本小児血液・がん学会学術集会
など
<院内倫理委員会>
広島大学倫理審査番号(Ethics Committee No: E-2198)
CRB番号 (jRCTs061180086)
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?