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(第14回) 虚血にしたら虚血に強くなる!? Ischemic Preconditioning 前編 動物実験との出会い

今回は昔の論文ですが、僕が大学院生になって学位論文として書いた論文を紹介していきます。
長ーいお話になるから、前中後編になるかも。
そして、今回のお話は「動物実験」に関することです。
僕は練習を含めて実験で使用される動物に対して法令に基づいて愛護的に扱い、医学の進歩のために犠牲になってもらう命に感謝の気持ちで接しています。毎年の動物慰霊祭にも参加させていただいていました。
しかし、どうしてもそのように動物を犠牲にすることに拒否感を覚える方には、今回のお話はおすすめしません。

時は昔。
2007年に僕が大学院に入学し、九州大学に帰った時にさかのぼります。
大学院に行くからには、何かの分野で研究をして論文を書き、その分野のスペシャリストになるということを求められます。
九州大学の小児外科の医局は日本で最大で、一口に小児外科と言っても、その中に様々な分野があります。肝移植、新生児、小児がん、消化管機能、低侵襲外科、泌尿生殖器…
そして、僕と一緒に大学院に入学する同期が2人。
ということは、必ずしも希望の分野には行けないということです。
僕は赤ちゃんの手術を専門にしたい(だって、絶対小児外科医にしかできませんもんね)と思っていたので、「新生児外科がしたいです」と希望を述べてはみましたが…
教授からは、「うん、わかった。移植をしようか」というお言葉をいただきました。
まあ、人生そんなもんですよね。

動物実験の技術って難しくて、医局の中で継承していくのはとても大事なのですが、その時大学でその技術を有していたのは教授だけ。
なので、大学院の誰かがその分野に行くことは決定事項だったようなのですが、ネズミさんの血管を顕微鏡下で縫い合わせる手術なので、「誰がいいかなー」ということになり、細かいのが性格的に好きそうな僕になった…らしいと後で聞きましたが、最初はちょっと凹みました。
結果的には自分に合っていたと思うので、良かったのですが。

僕に与えられた大学院のテーマは、ラット(大きめのネズミさんのこと。小さめのネズミさんはマウスと呼びます)の小腸移植手技を身につけ、小腸移植の成績向上のための研究を行うことでした。
今もなおそうですが、小腸移植というのは数ある臓器移植の中でも最難関です。
移植手技自体はそんなに難しいわけではないですが、小腸がダメージを負いやすかったり、拒絶反応を起こしやすかったりと難しい臓器なんですね。

ということで、僕の大学院の研究はまず、動物実験のトレーニングから始まったのです。
使用するのは200~300gくらいのネズミさん。
実験動物に使用される動物と言うのは、基本的に専門の施設で無菌で育てられているのを購入します。
そして、通常オスしか使用しません(ホルモンバランスなどの変化により実験結果がバラつくのを避けるため)。
最初はとても贅沢なことに教授に1日つきっきりで指導してもらい、ネズミさんの小腸を移植する方法を教えてもらいました。
ネズミさんは人間と違い、同じ種類同士の臓器を移植しても拒絶反応は起こりません。しかし、違う種類のネズミさんでは激しい拒絶反応が起こります。
臓器を移植した後で、「臓器移植をするときに起きる臓器障害をいかにして軽くするか」とか、「免疫反応が起こるのはどうしてか?どうすれば防げるか」といったことを研究していくのです。
とりあえずしばらくは、ちゃんとラットの小腸移植手技が安定してできるようになるまで、練習あるのみ。
とはいえ…

難しい!!!
いやもうこれ、人間業じゃないでしょ!
と、何度も何度も心が折れました。


こんな感じの顕微鏡の下で手術

小さなネズミさん(ドナー)に麻酔をして、決められたとおりに小腸をとります。
小腸には動脈と静脈の2本の血管が付いていますから、なるべく根元できれいに切っておいて、後で別なネズミさん(レシピエント)に移植します。
移植のためには、別なネズミさんの太い血管を一部クランプ(挟み込んで血を止める)して、大きな顕微鏡で覗きながら、顕微鏡でしか見えない糸(9-0とか10-0と呼ばれる糸)で血管を縫っていきます。
その血管の脆弱さは、もろいサランラップといったところでしょうか。
つないだ後に中を通るのが血液ですから、雑な縫い方では漏れてしまいます。
すごくきれいに流れないと、血栓(血の固まり)を作ってしまってダメです。
そして、あまり手術に長時間かけているとネズミさんは耐えられません。
…書きながら当時を思い出してうんざりしてきました。

あんまりグロくない範囲で動脈を吻合している時の写真を1枚だけのせておきます
顕微鏡手術なので、しながら写真が撮れるんですね。


顕微鏡下での手術写真

これは動脈を吻合しているところ。髪の毛よりほっそい糸(9-0)で連続縫合しています。
拡大鏡なのに「これが糸です」と書いてても見えにくい…。
あ、静脈を縫うときは更にもう1段階細いです(10-0)。

一つ言えるのは、この時期に確実に手術の技術が上がったということでしょうか。

最初は全然うまくいきませんでした。
教授から「できるようになった?」と聞かれるたびに陰鬱な気分になる日々。
実験中というのは、必ずその日あったことや使用した資料などを実験ノートに記します。
更にそれとは別に「反省ノート」のようなノウハウをまとめたノートを作り、励み続けました。
1か月たち、2か月たつころには次第に手技が安定してきて、ちゃんと安定してネズミさんが生き残るようになり、3か月たつころには、すべての移植手技がたいてい1時間以内に終了するようになりました。
なんか、書いてて思うけど、今回全然論文の話に行きつきませんね。
でも、前提としてこれ書かないと、なんの苦労もないみたいになっちゃいますもんねー。

動物実験のトレーニングを進めるかたわら、小腸移植に関する様々な国内外の論文を読み漁り、勉強も続けていました。

ほうほう。
臓器移植には「虚血再灌流障害」がつきもの。
つまり、いったん臓器を取り出して、再度血流を流す際に必ず虚血の状態に陥るので、臓器が痛むんですね。
温かいまま虚血にすると(温虚血)痛みやすいから、氷冷し、更に専用の液(ウィスコンシン液)などを通しておくと痛みにくい(冷虚血)。
なんと、臓器は虚血に陥った時と、更に再灌流することによって二段階にダメージを負うことがわかっているらしい。
それを防ぐ方法として、現在知られているのは…。
なるべく虚血時間を短くすることと…。
ん?
このIschemic Preconditioningってなんだ?

その時にいろいろ読んだ中にあったのが、この「Ischemic Preconditioning(長いのでこの後IPCと略します)」でした。
適切な日本語訳がありませんが…
「虚血による準備(下ごしらえ)」といったところでしょうか。

なんとこのIPC。
今から長い虚血に陥る臓器を、前もって数分間虚血に陥らせておけば、その後臓器が強くなって虚血再灌流障害から守られるんですって!
(Murry CE et al: Preconditioning with ischemia: A delay of lethal cell injury in ischemic myocardium. Circulation 1986; 74(5): 1124-1136.)

ほんまかいな…

念のため教授含めてみんなに聞いたけど、誰も知らないって言うし。
そしてなんと、この技術、実はすっごく研究をひたすらしているところもあって、
すでに虚血に陥ってしまった臓器には、後で血流を回復させるときに一気に回復させるのではなく、同じように数分虚血にさせながらゆっくり回復させれば虚血再灌流障害が弱くなり、Ischemic Postconditioning (IPoC)と呼ばれているんだとか。

ほんまかいな…!

そしてそして、最近(その頃の)はIPCがその臓器だけでなく、全身の臓器にも効果を及ぼすことがわかっており、例えば血圧計で腕を5分虚血にさせるのを何度かしておけば、心筋梗塞から守られることなんかがわかっていて、Remote Ischemic Preconditioning (PIPC)とか、Remote Ischemic Postconditioning (PIPoC)と呼ばれていて、なんとイギリスでは心筋梗塞で救急に運ばれてきた患者さんを対象に、実際に救急車とかで腕や足を虚血にさせて臨床実験がすでに行われているんだとか…!
(Botker HE et al. Remote ischemic conditioning before hospital admission, as a complement to angioplasty, and effect on myocardial salvage in patients with acute myocardial infarction: a randomized trial. Lancet 2010; 375: 727-734.)

ほ、ほんまかいな~!!

あまりにびっくりで、ほんまかいな3連発ですよ。
僕はこれに魅せられました。
もちろんネズミさんの小腸移植でこんなことを試した研究をした人はこれまでにいません。
このIPCなどの効果が本当かどうか、自分の実験で確かめたい!
そしてなんといっても、これ、実臨床への応用にお金がかからないじゃないですか。

世の中、めちゃくちゃお高い薬がいっぱいありますよね。
そのような薬がどのような機序でどのくらい効くのか。
確かに興味があります。
しかしですね。
このIPCは、いわば「人間が本来備えている機能」なわけですよね。
虚血になりそう もしくは 虚血になった後でも、簡単な工夫次第で誰でも平等に助けることができる!
こういうの、あこがれるんですよね~。

ということで、動物実験の準備が完了し、研究テーマも定まったところで、次回に続くのでした。

本研究内容補足事項
<論文>
Saeki I et al: Ischemic preconditioning and remote ischemic preconditioning have protective effect against cold ischemia-reperfusion injury of rat small intestine. Pediatr Surg Int 2011 27(8): 857-62.
佐伯 勇 ら:ラット小腸移植におけるischemic preconditioning及びremote ischemic preconditioningの有用性 小児外科 2011 43(1): 5-9.
<学会発表>
第21回日本小腸移植研究会
第46回日本小児外科学会
第22回日本小腸移植研究会
23th Pediatric Surgical Research
<研究費>
平成20年度若手研究スタートアップ(20890158)
<学会賞>
第21回日本小腸移植研究会 研究奨励賞
ラット小腸移植における、IPC及びRIPCの有用性の検討
<院内倫理委員会>
なし


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