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心について

アチャン・チャー

 私たちの心というものは、本来なんの汚れも無いものです。本来の心というものは、清らかで、平安に満たされたものです。もし、あなたの心が穏やかでないというのなら、それは感情に惑わされているだけなのです。本来の心というものは、そのような感情とは関係なく、ただ自然の一側面であるようなものです。その心が、感情によって、穏やかになったり、興奮したりしているだけです。訓練されていない心というものは、愚かなものです。外部の感覚的な刺激によって、私たちは喜んだり、苦しんだりと惑わされますが、本来の心というものは、そうしたものと関係はありません。喜びや悲しみといったものは、私たちを惑わすためにやってくる感情にすぎません。十分に訓練されていない心は、そうしたものに迷わされ、従いますが、それは自分自身を見失うことを意味します。そして、自分を見失ってしまうと、動揺であれ、落ち着きであれ、それらと自分を一体化し、自分自身であると思い込んでしまうのです。

 けれども、私たちの本来の心というものは、不動のものであり、本当に平安なものなのです! それは、風が吹いていないときの木の葉のようなものです。風が吹けば、木の葉は揺れ動きます。木の葉が揺れ動くのは、風のせいです。それと同様に、私たちの心が惑うのも、外部の感覚的な刺激によってであって、心が動じなければ、それらに惑わされることはありません。外部の感覚的な刺激の本質を完全に理解すれば、私たちはそれらに動じなくなります。

 私たちの修行は、この本来の心を理解することに尽きます。そのためには、外部の感覚的な刺激に気づき、それらに惑わされないよう、心を訓練する必要があります。平安な心に至ること。それが、私たちが行っている修行の目的です。

アチャン・チャー『A Taste of Freedom』より

"A Taste of Freedom", by Ajahn Chah. Access to Insight (BCBS Edition), 30 November 2013, http://www.accesstoinsight.org/lib/thai/chah/atasteof.html .
 
 

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