これも親ガチャ?(第7話)

俺は頃合いかな?と思って、深呼吸をした。
‘ できれば、ここに居る人たち全員が
今後の協力者になって欲しい!’ という思いと、
‘ 俺の知らない相田勉の話を聞きたい!’
という思いからの行動だった。
だが、これだけ複雑な事情があるのに、
この行動は、今思えばかなり衝動的だったかもしれない。

『俺は、3年半前のあばら骨を折って病院に担ぎ込まれた日、
虐待にあって生死をさまよったあの日、
おっさんの俺が相田勉君という子供の身体に乗り移ったんだ。
だけど、おっさんの俺の記憶は戻らないんだ!
あるのは知識だけ。
なんで、この身体に乗り移ったのか?
乗り移る前の俺は、何をしてたのか全く覚えてないんだ。
そして、正のお母さんが知ってる俺が乗り移る以前の
相田勉の記憶もないんだ。

先日、撃退した相田勉の父親の顔も
全く覚えてなかったんだ。
ただ、この身体が硬直したんだ。
手足に鉛を付けられた様に身体が重たくなったんだ。
だから、父親だろうって判断して教頭を盾にしたんだけどね。

それから、茜には本当に感謝してる。
茜が俺の大ボラに乗ってこなかったら、
今頃、新聞配達もできず、施設の適当な判断で、
虐待親の元に戻されてたかもしれない。
今の様な生活は出来なかったかも知れない。
まあ、その場その場で上手くやってく自信はあるけど、
今ほど上手くやれたかどうか?』
俺は、皆の目を見ながらゆっくり話した。
お茶を2口飲んでから、俺は話を続けた。

『正のお母さん、俺はどんな奴だったんですか?
俺に兄弟はいるんですか?
俺だけ良い暮らしをしてるんですか?』
この問いには、先に茜が答えた。
『ム~君、安心して。
ム~君が入院してる間に、
ム~君の兄弟は他所の施設に入所したんだって。
ム~君だけ、入院が長引いてこんな感じになったけど・・・。
皆、ちゃんと生活してるって、役所の人が言ってたよ。
私は、ム~君と居れて幸せだよ。』

『ダ~!』正の弟が反応した。
『そうそう、お前がム~君だよな。
でも、相田君の人が変わったような行動の意味が解って
正直、ホッとしたよ。』
正が弟をあやしながら言った。

ただ、正のお母さんだけは俺の告白が無かったような反応をした。

『大変だったのね、相田君。
あなたが大けがをする2週間前に、私、病院で
あなたに会ってるの。
それがあなたを見た最後だったのよ。
まさか、正の言うステキなお友達が
同じ相田勉君だなんて想像もできなかったわ。』
正のお母さんは、涙ぐみながら続けた。
『その時も怪我で勉君とお父さんが病院の救急に来ていて、
私は先生に虐待の通報をお願いしたんだけど、
相田君のお父さんに凄まれて、先生が黙っちゃったのよ。
看護師の私には何もできなかった。
本当にごめんね。』
途中から、正のお母さんは泣きながら話していた。
茜も正も、泣いていた。
俺はただ笑顔で、料理を食べる事しかできなかった。
相田勉の身体が号泣してたから。
涙が止まらなかったから。
‘ 感動は解るけど、なんか反応が違うくない? ’
俺はカミングアウトをうやむやにされて面白くなかった。
それでも感情が高ぶってる、
とっても複雑な気持ちで、この時を過ごした。
でも、俺にも収穫はあった。
正のオヤジもそんなにワルじゃなく、
俺の父親からイジメられてた事。
俺の父親と母親は昔から、
この町で有名なワルだったこと。
俺には、妹が1人だけいること。

最後に、正は無理して、隣の校区の中学に通うことにした事。
『この子ったら、相田君と同じ中学じゃなきゃ行かない!って、
もう2週間も言い続けるもんだから、私も折れちゃったのよ。
いきなりだから、もうバタバタよ。
でも大丈夫かしら、悪くて有名な中学なのに。』
これは、正のお母さんの愚痴だね。
『そっか、俺がバタバタ引っ越したから、
正に迷惑かけちゃったね!
校区の事なんか全く考えてなかったよ。茜、知ってた?』
食事の終わる頃には、すでに感動も消え去り
中学ネタになっていた。
俺のカミングアウトは、秘密にしてもらう様に
最後に釘を刺したが、お願いしなくても、
どんな話だったか、みんな、覚えていない気もした。
だが念のために!
ある意味、正とは親友以上になれたのかもしれない。
茜は相変わらず天然で、
その後も思春期の相田勉を刺激ばかりしている。
俺も我慢しきれ~ん!

中学と言えば、確かに、酷かった。
登校3日目で、先輩に呼び出されっちまったし。
これから、どうなることやら。

世の中は、田中総理大臣の大胆な政策が続いていた。
ロシアのハバロフスク州の独立を
ことある毎に勧める発言をするものだから、
とうとうロシアの大統領が北海道に嫌がらせを始めた。
国会では、野党議員だけでなく、与党議員からも罵声が飛ぶ始末。
総理は法案が決められず苦境に立ち始めていた。
田中総理大臣は、黙っていなかった。
北海道に米軍基地を誘致し、
中国の投資家と共にサハリンとシベリアの開発を
民間で進めたことだ。
この投資で、シベリア地区までの極東の議員が力をつけ、
2年間でロシア大統領は交代させられてしまった。
そして、シベリアまでがロシア。
それ以東がハバロフスク社会主義共和国として、
本当に独立してしまった。
天然ガス、石油、鉄鉱石、レアメタルを持ち、
北方の海産資源も豊富な金持ち国家だ。
投資の収益は、中国、日本が25%ずつ、
ハバロフスク社会主義共和国が50%で分け、
ハバロフスクは無税の国家としてスタートした。
国籍を取得したがる人や企業が押し寄せた為、
新政府は国籍取得のハードルを上げた。
こんなに寒い国なのに、アメリカ以上の移民大国になった。

ちょうど株を買っていた電気自動車メーカーが
ハバロフスク社会主義共和国建国前に工場を作っていたので、
株は、3分割したのちに更に3倍の株価になった。
ほぼ10倍の資産になったのだ。
こんな事ってあるの?中学3年になったばかりの事だった。


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