もう1つの故郷⑥

そんな感じで2週間が過ぎたある朝、ドアをノックされた。
いきなり、乱入され部屋を荒らされた。
玄関に木刀を隠していたので、乱入者を追わず、
そのまま玄関から階下に降りて、アパートの前で待っていた。
ニヤニヤ笑いながら近づく同年代ぐらいの不良男子が3人。
‘どう見ても、査察官じゃないな。’と思い肩と脛に
5~6太刀、振り下ろした。
辺りをのたうち回ってるのを見ながら、
僕は無言で部屋に戻った。
グチャグチャになった部屋を片付けて、教授に電話をかけた。
『おお、ケンイチか、どうした?』
‘間違いない。ボタニカル教授の仕業だ。この対応は不自然だ。’
そう確信して、
『教授は、話を理解して頂けてないようですね。
では、何らかの打診があったなら、司法取引にさせて戴きます。
大学からも卒業できるほどの賠償請求をさせて頂く事にします。プツン。』
プルルル、プルルル。ボタニカル教授だった。
『ケンイチ、すまん。私が悪かった。なんとか、・・・ブチ。』
僕は、話しに応じず、勝手に通話を切った。
その日、何事も無かったように、ボタニカル教授のゼミに出て、
静かに帰った。教授にしてみれば、メチャクチャ恐怖らしい。
そうそう、僕の部屋を荒らした奴は、どうも同じ大学だったらしい。
翌日、足にギブスをつけてる1人を見かけた。
奴は視線を反らして、反対方向へ去って行った。
これで終わるかに見えたが、世の中、そんなに甘くなかった。
その2日後の朝、今度は、スーツを着た2人組がやってきた。
査察官証を見せながら、話を始めた。
『おはよう。あなたはミスターソラマですよね。
あなたに機密保護法違反の嫌疑がかかってます。
取り調べに応じる様に。』
『ええ、私がソラマ・ケンイチです。嫌疑に思い当たるものが
ありませんが、取り調べを大学の留学生課の応接室でして頂けるのなら
何時間でも応じます。』僕は、そう答えた。

僕は査察官に車に押し込まれ、連れて行かれた。
ちゃんと大学に連れて行かれたのはラッキーだったと思った。
大学に着くと、僕の前後を挟むように査察官は歩いた。
学生支援課の窓口で、
『すみません。査察官の取り調べを受けるので、
応接室を貸してください。』そう言うと、
その横で査察官の1人が査察官証を見せて『プリーズ』とだけ言った。
学生支援課の一番奥のデスクの課長は眉間に皺を寄せて、
まるで疫病神の様に僕を見た。
査察官の質問は、ゼミでの研究や興味のある学問についての質問。
バイト先の事などが聞かれた。
30分ほど話した後に、クローズされた銀行口座の入金先について
聞かれた。『4月末に1万ドルの入金があるのだが、
この入金先が解らないんだ。
これは、どこからの入金なんだい?
君は、その直後に5,000ドルを換金してるね。
何に使ったのかね?』
‘これは、カマをかけられてるのだろうか?
本当に入金先をクリスさんは隠して、
送金できたのだろうか?どっちだ?’
僕は、クリスさんが優秀なことを思い出した。
そして、ボブマネージャーのセリフも思い出した。
そして、僕が導き出した答えを話し始めた。
『そうなんです。急に口座がクローズされて困ってます。
「銀行に話しても、我々の力ではどうにも出来ません。」
としか説明が無く、あやうく学校の校納金を払えないとこでしたよ。
何かの間違いじゃないんですか?
僕が1万ドルも貰える訳がないじゃないですか?』
『そうですか。取り調べに協力して頂けないなら、
強制送還しかないですね。』
査察官は、これで諦めるだろう的な笑みと共に伝家の宝刀を抜いた。
『いえいえ、取り調べに応じているじゃないですか?
知らないものは、知りません。
そして、機密保護法違反をしてません。
いくら、僕が黄色人種だからって、酷いじゃないですか?
ちゃんと説明して下さいよ。プリーズ』
僕はこのセリフを学生支援課全てに聞こえる様に、大声で言った。
『今日は、帰してやるよ。どこまで耐えられるか、楽しみだよな。』
査察官は不敵な笑みを浮かべながら、僕に最終宣告の様に言った。
この最後のセリフが気になったが、確認のしようが無かった。
僕と査察官は、応接室を出ると、
学生支援課のカウンター脇で立ち止まった。
査察官は、『またな。』と言い、
僕は学生支援課全体に『有難うございました。
場所を貸していただき、助かりました。』と
大声で言ってから学校を後にした。
言わずと知れた事だが、査察官は僕の後をつけて来た。
僕は構わず、部屋に入り、ご飯とみそ汁を食べた。
納豆があった事を思い出し、栄養を補給した。
‘さあ、かかってこい!’そう思っていたが、
次のアプローチは2週間後だった。
僕は30分ほど車に乗せられ、cityの中心部の建物に連れて行かれた。
そこはカリフォルニア州の警察署だった。
取調室まで連れて行かれ、待たされた。
更に30分後に取調室に新たに査察官が入って来た。
僕は愕然とした。‘終わった’そう思った。
入ってきたのは、スーツ姿のアダムだった。
『やあ、ケンイチ。お久しぶり。
お前には、会いたかったよ。なんと言っても、お前は天才だからね!』
ニコニコしながらアダムが言った。
『アダム、だよな!・・・・。』
『実は、それ、偽名なんだよ。俺の名はスティーブンソンなんだ。
スティーブって呼んでよ。』
『スティーブ、参りました。大学は諦めるよ。』
凹んでる俺を見て、スティーブは他の査察官を部屋から出して
今回の顛末を話してくれた。
『ケンイチ、君は無罪放免さ。ただ、ハンガーチーフの下ではなく、
NASAの末端機関で働いてもらうけどな!それが交換条件だ。
全く、お前がマーズDに来ただけで、俺がどれだけ大変だったか
知ってるか?お前が来ただけで、後、5年はかかる予定だった計画が
2年弱で出来上がりそうな勢いに変わったんだからな!
俺は慌てたよ。そんなに証拠が無かったけど、
本部に踏み込むように頼んださ!
逆に、ハンガーチーフは前倒し期間が大幅に増えたもんで
喜びすぎて、今まで尻尾がつかめなかったバックを
アメリカに呼び出して、お前に合わそうとしてたんだ。
結果、俺の漁夫の利になったんだけどな。
本来なら、ここで終わりなんだが、
どこから聞きつけたかNASAが政府を動かしてな、
マーズDごと飲み込んじまった。
その中に、ケンイチも入れられたから、
我々は手出しが出来なくなっちまったんだ。
まあ、頑張ってよ。ケンイチ。』
スティーブの話を聞き終わると改めて事の重大さを感じて、
少しの間、放心状態になった。
我に返って、クリスの行方を聞こうと思ったが
スティーブは、すでに部屋を出て、扉は開いたままになっていた。
‘はは、無罪放免か!とっとと帰って、教授に教えてやるか。
普通の生徒に戻ろう!’
とりあえず、僕はストレスから解放されることを選んだ。
警察署を出て、3週間前にアトランタから戻った時ぶりの街を歩きながら
アイスを食べて無罪放免を実感していた。
銀行の前を通った時に、通帳のクローズを思い出し、
引き出しに挑戦してみた。
100ドル、引き出せた。『これ、解りやすいわ。本当に無罪放免なんだ。』
ゆっくりバスに揺られてアパートに着いたのは、18:00だった。
ちょっと贅沢にピザのデリバリーサービスを頼んだ。
30ドルが吹っ飛んだが、トムとジェシーに連絡した。
『今までの顛末を話すから、ピザを食べに来ないか?』って。
間もなく、トムの運転の車で2人が来た。
話を聞き終わると、
『なんだ、そんな事かよ。水臭いな~。
ちゃんと話してくれれば良かったのに!』
トムはコークを左手に、右手に持ったピザをほおばりながら、そう言った。
無罪放免が、そのムカつく態度を気にさせなかった。
ジェシーは少し涙ぐんでいた。
どうやら、大学での急な展開で、心を痛めていたようだった。
1時間ほどでピザが無くなったので、パーティはお開きにした。
『じゃあ、また、明日ね。』
翌朝から、学生支援課、ボタニカル教授、と説明をして周って、
『従来通りでお願い致します。』と挨拶して僕は卒業に向かって
準備にいそしんだ。

つづく Byゴリ

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