これも親ガチャ?(第5話)

この異常行動が止まったのは引っ越し先の物件を
茜と一緒に見に行った日からだ。
抱き合ったことで心配が無くなったというより、
今のアパートよりキレイで便利な物件を目の当たりにして
「引っ越ししたい欲望」が「ムー君ロス」に勝った瞬間と
言った方が正解だろう。
‘まあ、こんなもんだろう!’
普段の茜に戻って、ちょっと寂しくて、ホッとしながら思った。
ただ茜を今のアパートに置いてこようかと
本気で思った瞬間があった。
3つに絞った中の一番家賃の高い物件を
茜が選んで譲らなかった時だ。
すぐにでも引っ越した方が安全だったので、
俺は仕方なく茜の押しの物件に賛成したが、
築年数が2年違うだけで、この家賃差はダメだろう!
2年住めば結局同じだろう!と
未だに根に持ってる。
Hの途中で寝たことも含めて!
‘やっぱ、新聞配達続けよう!
でも今より15分も遠くなっちゃたよ。’
11月末の話だった。
寒い寒い45分に耐えて通勤か!
この冬耐えられるだろうか?
さて、年末のクリスマス辺りから、
また、株を始めましょうかね。
環境はメチャ良くなったし。
そうそう、俺も新居の事で夢を膨らましたが、
引っ越しの事をあまり考えていなかった。
引っ越し業者の見積もりを見てビビった。
引っ越し代って、高いんだね!


新しいマンションに移って、茜はご機嫌だった。
いや、ご機嫌というより、
タガが外れた様な無駄使いを始めた。
しかも俺のお金を当てにし始めた。
例えば、『ム~君、今日、疲れちゃった。何か奢って!』って感じだ。
近所にファミレスやチャイニーズレストランがあるので、
そこに食べに行こう!
ム~君の奢りで!を意味してる。
引っ越し当日に俺が気を使って食べに行ったのがいけなかった。
3日に1度は茜のこの言葉を聞いている気がする。
『あ~、無理無理。もう、俺、金欠だから。』
『何よ、大金持ちのくせに!』
俺は、このセリフを茜が言ったら、
リュックとランドセルを持って、
サッサと外に出ることにしてる。
いつでも出ていくよ!という脅しだ。
実際、それが出来るように色々と手は打っていた。
春休みが終わると中学生だ。
新聞配達のおかげか身体はそこいらの中学生よりも
二回りはデカかくなっていた。
俺が打った手の中には、こんなのもある。
新聞配達の配達先にラブホ(ラブホテルの略又はファッションホテル)の
お客さんがある。
『いつも新聞が届くころが、一番眠たいんだ!』
と声をかけてくるのは、ラブホの社長さんだ。
だから、ある日からここを一番最後に配ることにしていた。
今の新聞配達の会社も長いから、
配達終了後は、そのまま帰って良いことになってる。
だから、少しラブホの社長と世間話をするようになった。
ある時、室内掃除のおばさんがボヤいてるのを聞いた。
『社長、新人を入れて下さいよ。
こう、こき使われてちゃ~、身が持ちません。』
『ごめん、ごめん。求人出してるんだけどさ~、来ないのよ。』
『あら、勉ちゃん、おはよう。あんたどうよ。
週1で良いから私を助けると思って、バイトしてくんない?』
いきなり俺に話が飛んできた。
確かにおばさんは、きつそうだった。
『そっちで、上手くやってくれるんなら、俺は構わないよ。
土日は学校休みだし。新聞配達はあるけど。』
いきなり振られた話だったが、悪くない話だと思った。
この話があったのは、茜がトイレットペーパー事件を起こす
2週間前ぐらい前だった。
『いや~、さすがに小学生は雇えないよ。』
社長が渋い顔で答える。
『勉ちゃん、税引きの支給でも良い?』
おばさんが、社長の話を無視して続けた。
『ああ、構わないよ。なるほどね。』
俺は、相槌を打って、抜けた表情の社長に説明するように続けた。
『だから、おばさんの給料の中から、俺が働いた分をくれる。
ガサが入ったら、たまたま新聞配達の帰りにおばさんが
早く帰れるように手伝ってた。ってとこでどう?』
『お前、頭いいな!そっか、みゆきさん、それで良いのかい?』
社長が念押しをした。
『良いも悪いも、この話を始めたのは私だよ。
社長、時給20円アップね!アイデア料。』
おばさんは抜け目がなかった。
『あ~、解った解った!みゆきさんには敵わね~な。
その代わり使い物になるように仕込んでね。』
社長が頷いた。朝5時の話だ。
『勉ちゃん、おいで。善は急げよ!』
おばさんの諺は違う気がしたが、まあ良いや。
俺はラブホの制服を着て、三角巾を深めに被って、
みゆきおばさんの後ろをついていった。
お客の行動が解るサインを習い、
掃除からベッドメークの順番。
換気用の扇風機のON、窓の開放、
トイレ掃除、お風呂掃除、アメニティのチェックなどを、
全てスマホに録画した。
もちろんフラッシュメモリーにデーターを移し替え、
警察のガサ入れでスマホ没収になってもOK状態にしてある。
それから、毎週土日に働くことになった。
だから、初めて俺がランドセルとリュックを持って出て行った時、
茜はバイトに行ったものだと思ってたらしい。全て演技だと・・・。
まさか!準備万端さ!


ブ~、ブ~。スマホのバイブレーションを感じスマホを見た。
茜だった。
そう、社長に頼み込んでラブホの社員休憩室に
厄介になっていたのだ。
月曜の夜、さすがの茜も慌てたのだ。
ラブホはwi-fiがあるからラインを開けてみると、50件。
内、48件が茜だった。
2日前に家賃の引落があったはずだから、
茜はそこで初めて気づいたのだ。
『えっ、ム~君の支払い分が入ってない。』
とか叫んで、茜は相当焦ってるはずだ。
俺は残高を計算して、
ギリギリ家賃が足りるように1万円だけ入金していた。
計算が合っていれば、残高は3~4千円かな?
『茜、しっかりと反省しなさい。無駄遣いは身を亡ぼす。』
俺はスマホに向かって呟いた。
俺の既読に気づいたのか?怒涛の30件が来た。
俺はラインを閉じた。
さあ、社長に恩返しをしなきゃ。
俺は夕方から2時まで働いて、新聞配達に出かけた。
『社長さん、ありがとう。保護者との和解が出来たので、
新聞配達が終わったら、ランドセルを取りに来ます。』
『そっか、もう1週間、泊まり込んでくれたら、助かったんだけどね。
まあ、他のおばちゃんたちに休みをあげられたし、
会社は大だすかりだよ。また、喧嘩しといで!
いってらっしゃい。勉ちゃん。』
社長はいつもの笑顔で送ってくれた。
俺は、新聞配達が終わって、
ランドセルを持って茜のマンションに帰った。
カチャッ、スー。
驚いた。チェーンをかけてるかと思いきや、ロックだけだった。
キッチンは照明が点いていて、メモがあった。
‘ム~君、急に夜勤になりました。ごめんなさい。’
『しょうがない、許してやろう。』
俺は、メモを見ながらニヤリとしていた。
さあ、一眠りしよう。
今日、学校に行ったら、明日は卒業式だ。


卒業式当日、悪い予感しかしなかった。
出る気満々の茜を説得して、俺一人の卒業式にした。
式が終わって、正と話してると正の母親が来た。
初めて会った。
なんで、この人はあのダメオヤジと結婚したのだろう?
そう思うほど、品の良い女性に見えた。
『相田君、お母さんです。驚いた?
お父さんと違ってまともだろう?』
正は、嬉しかったのか、いつもより言葉が多かった。
『あなたが相田君ね。いつもありがとう。』
‘俺もこんな母親が欲しかった。’
そう思っていると、
見とれてる感じになって、正につっこまれた。
『僕のお母さん、美人だろう。』その言葉で、ハッとした。
『ああ、そうだな。ステキなお母さんで羨ましいよ。
さて、帰るか。長居してると教頭から絡まれそうだし。』
そう言いながら、正門の方を向いてゾッとした。
正のオヤジと俺の父親(多分)がいた。
だって俺の身体が震えていたから、間違いないだろう。


『勉~、お前、偉くなったんだってな~、
いつから、親にたてついて
親のパシリを可愛がるようになったんだ?あ~。』
俺の父親は正のオヤジがコソコソ話すなり、
啖呵をきりながら近づいてきた。
俺の前に正のお母さんが、スーッと出て来た。俺は驚いた。
じゃあ、なんで正は虐待されてたんだ?
とか思ってる暇はなかった。
向こうから俺を見つけた教頭が走ってきたのを、ちょうど見つけた。
ラッキー!
俺は正のお母さんをよけて、教頭と父親の中間へ走った。
そこから、桃子先生に向かって大声を出した。
『桃子先生、大変、警察を呼んで!』
『えっ、何、相田君。』
桃子先生は、教頭と俺の父親が俺に向かって走ってるのを見て、
事情を察してくれたらしい。
次の瞬間、職員室に走っていった。
俺は、俺の方に走ってきた父親を教頭を盾にして
よける算段だった。
蹴りが来る!
俺は、教頭の足元にかがんだ。
教頭は計算通り、俺をよけきれずにこけた。
教頭が父親の蹴りを受けてくれてる間に、
俺は父親の軸足の膝を蹴った。力いっぱい。
『うぎゃ!』
俺にかがまれて、こけた教頭は、父親に蹴られた時にうめいた。
同時に、妙な音を立てて崩れ落ちる父親のうめき声がハモった。
俺は、俺の上に倒れてきた教頭を静かに地面に下ろし、
とっとと立ち上がって、うめいている父親の顎を蹴った。
父親の首がグルンと回った。
『これでしばらく動けねーよな。あんたは、いらね~よ。』
そう呟いてから正のオヤジの方へ歩いた。
『さあ、ケリつけようか。
俺、何でもありだから、一生動けね~かもな。』
正のオヤジにしか聞こえね~様に呟いた。
正のオヤジは、下を向いたまま動かなくなった。
正が俺を止めるために走ってきた時、パトカーの音が近づいてきた。
俺は正の背中をバシバシ叩きながら、
正のお母さんの前に一緒に戻った。
『正のお母さん、ありがとう。教頭先生が僕を守ってくれたよ。』
そう言い終わる前に俺はビンタを食らった。
正のお母さんのビンタは痛かった。
大粒の涙を流しながら、正のお母さんは言った。
『相手は大人のヤクザよ。怪我でもしたらどうするの!』
そう言いながら抱きしめてくれた。
俺もいつの間にか泣いてた。
この身体に移ってから、初めて泣いたかもしれない。
気持ちの良い涙だった。
おぼろげだが、こんな奥さんを貰おうと思った。


※皆様、読んでくれて、ありがとう。
出来る限り、水曜と土曜日に更新できるように
頑張ります。  ゴリ

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