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『碧と海』 連載小説【19】

   ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ

 

 眩しくて目が覚めると、窓辺のハンガーポールに掛けられた『Ladybird』のTシャツが目に入った。たしか昨日、早瀬が着たまま寝たはずだ。自分の部屋に入れないのだから、着替えはないはずなのに。
 Tシャツは湿っていて、洗剤の爽やかな香りを放っている。今、早瀬が何を着ているのか少し気にはなったが、それよりも腹が減っている事の方が深刻だった。スマホで時間を確認すると、もう十時近くになっていた。部屋に満ちた陽の光に目の奥がじんとする。思わずため息をつく。寝過ぎたせいで全身が気怠い。いつもは五時に起きてランニングをしてから学校に行く。病気でない限りこんな時間まで寝てるなんてあり得ない。俺は重い頭を振って深呼吸した。

 シャワーを浴びた後、エントランスで水を買って飲んでいる時、外で大きなナイロンバッグを抱える早瀬を見つけた。早瀬は俺が貸した短パンに黄色いTシャツを着ていた。背中に『アリゾノ』の文字が見えた。早瀬はバッグをワゴン車に詰め込んでいる。車の周りにはウェットスーツ姿の客らしき人たちがいる。彼らに話しかけられると、まじめな顔つきで何かを答えた。そっか、仕事をしてるんだな。と、妙に感心してしまった。

 ふと気配を感じて振り返ると、エントランスの隅の丸テーブルにノートパソコンを広げた男が外を凝視していた。爽やかなブルーのシャツを着て、赤いおしゃれなメガネをかけている。髪には少し白髪が交じっていて、歳は四十半ばくらいに見える。その男が見ている方角には、新たな荷物を運んでいる早瀬がいた。男の視線は早瀬の動きを追っているように見えた。じっと見ていると、男と視線があった。彼はあわててパソコンに視線を移し、キーを叩き始めた。俺は肩をすくめて部屋に戻った。とにかく腹が減っていた。カツカレーぐらい重いものを食べたい。がっつりと。

 とりあえず空腹を大量の水でごまかし、バスに乗って市街地へ向かった。『レストラン・アリゾノ』で済ませたかったのだけど、準備中だったから仕方がない。
 古い町並みを残した観光スポットには、カメラを携えた多くの旅行客がいた。俺は制服姿の地元の女子高生らしき二人組を捕まえて、カレーが食える店を教えてもらった。メイクもなにもしてない、素朴な感じの可愛い子たちだった。チーズトッピングするとまじ美味いよ、と、黒いつややかな前髪をしきりに撫で付けながら教えてくれた。

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