空に浮かぶ緑と白(短編小説)
古い車内は、悪路に蹴躓きながらゴトゴトと音を鳴らしている。窓を開けると数時間ぶりに新鮮な空気が流れ込み、ぼやけた頭を現実に戻させた。
「いい景色だ」
空色のグラデーションにコントラストが利いているせいか青々とした緑に目を奪われる。少し不可解なことに気づいた。山の中腹から細い煙が上っている。いや、煙と言うよりかは真っ直ぐと天に向かってのびる蜘蛛の糸のようだ。よくよく目を凝らしてみると、細い糸は無数に絡まり、垂れているように見えた。
私はなぜだか気になり、その方へ走らせることにした。
たどり着くと、肩幅はありそうな白い蔦が一本立っていた。触り心地は髪の毛に似ており、不思議と老人の髭のようにも感じる。
いくらか触っていると、背後から声がした。
「おい」
ビクッと肩を震わせ振り返ると誰もいない。
「なにをしている、ここだここ」
驚くことに、小さなノミが話している。
「どうしてこんなところに迷い込んだのか」
はぁ、とため息を吐きながら続けた。
「お前さん、ここへ来る前どこにいた?」
はて、私がどこからきたのか。
考えてみればそんなことを考えていなかった。不可思議なのは数分前まで車内にいたはずなのに、此処には車もその形跡もないことだ。確かにどうやってここまできたのだろうか。
「あいつめ、またお節介を焼きやがって」
「ほら」
ノミは一瞬のうちに狐のような姿になり、私をすっと糸の中へ押し込んだ。
目の前が真っ白になった。
気付くと湖の近くから鳥居を見ていた。
そうだ、余命3ヶ月と言われ最後にこの鳥居を見にきたんだ。
「あなた、なにしてるの」
「父さん、早くしないといっちまうぞ」
妻と息子に急かされ駆け寄ると、妻からこんなことを言われた。
「全くぼーっとして、その性格は死ななきゃ治らないわね」
(終)
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