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朱色の夜へ溶ける彼(短編小説)

1.切ない夜。
帰ってくると蛙がけたゝましく鳴いている。都会の空気感は薄れる。孤独だが心地よい気持ちになる。生活感の無い部屋なのに、自然に溶け込めていると思い込める。

「どうしようもなく、ひとりだ」

星空はポツポツと輝き、眼下には街の光が轟々と煌めいている。慣れた手つきでタバコに火をつけ、紫煙と暗闇が混じった恐ろしいような場面が見える。
慣れないタバコにむせながらも必死に毒を吸い込む。そうするうちに落ち着き、ただ、ほおを濡らす。
そして、飲みたくもない酒を煽って世界をまどろみの中に消してゆく。心地よいが切ない。サナギから蝶へと変化するように気持ちが歪曲する。気は大きくなり理性は消えていく。それが気持ちいい。

あるときプツンと糸が切れて、目の前が真っ暗になる。

目を覚ますと広大な草原の中で呆然と立ち尽くしていた。


2.透明な朝。
風は強く、前傾姿勢で進む。目が乾いて前も見えない。土はシャクシャクと音を立て、若草がくるぶしにあたる。ただ、鼻をつく酸っぱいような匂いは心地よい。

「痛い」

右肘がないことに気づく。

血は流れ、鉄の匂いが全身からしていることに今更気づく。
一歩前に進むごとに機能が失われていく。それでも、前へ、前へと進んでいく。終点である丘の上に立つと、フッと体が軽くなった。血管だけが四方に散乱し、トクン、トクンと脈を打っている。空気と一体になったように、体は世界へと溶け出す。

3.現実の昼。
「昨晩、〇〇市内のマンションの付近に死体が発見されました」
「捜査関係者によると、ベランダからの飛び降り自殺である可能性が高いとのことです」
「死亡したのは、〇〇さん、27歳。会社の関係者からは、「変わった様子は見られなかった」とのことです」
「引き続き、会社や知人関係でトラブルがなかったのかを調査する予定です」
「次のニュースです」

会社に向かう途中、ニュースを聞き流していると思い当たる節がある気がした。

(終)

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