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全ての人に、性の学びと語り場を

※このテキストは認定NPO法人いばらき子どもの虐待防止ネットワークあいのニュースレター29号(2021/2/15発行)に寄稿したものです。
私も賛助会員として、またサロンのお手伝いスタッフとしてネットワークの活動に参加しています。
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 今年度企画してくださった坂本先生(坂本博之弁護士)と森田先生(筑波大学森田展彰准教授)の講演会に参加し、性教育に携わっているひとりとして、改めて色々と考えさせられましたので、皆様と共有したいと思います。
注)坂本先生の講演会=子どもの虐待防止セミナー『性的虐待加害者の無罪判決を考える』講演会/森田先生の講演会=子どもの虐待防止フォーラム『性的虐待・性暴力に対する心理的援助』

「同意」の考え方の違い

 坂本先生のお話から、法の世界での「同意」が私のイメージする同意と全くかけ離れている実態にまず愕然としました。抵抗できないような暴行や脅迫がなければ、抗拒不能の状態でなければ罪に問えず、同意の有無の判断が加害者の認識によるという図式はあまりにも一方的に思え、講演で取り上げられた一連の無罪判決がフラワーデモなどの抗議運動につながった経緯が、先生の解説でとてもよく理解できました。
 一方で森田先生の講演で紹介された「性的同意(Sexual consent)の定義」(青少年の性非行に関する米国委員会1993年)は、非常に分かりやすく腑に落ちるものでした。噛み砕いて言うなら、性交がどのような行為であるかそれによるリスクも理解していること、YESでもNOでも揺るがないフラットな関係の間でなされること、これらの前提のもと同意が成立するという定義です。

性的同意年齢が13歳の日本における性教育

 日本の法律では性的同意年齢(性交同意年齢ともいう)を13歳としており、これは明治時代から改められていないそうです。上に挙げた米国の定義を満たすためには、少なくとも13歳までに性交について学ぶ機会がなければならないはずです。ところが文部科学省が定める小中学校の学習指導要領には「受精や妊娠に至る過程は取り扱わないものとする」といういわゆる「歯止め規定」があり、小学4年生では射精や月経など二次性徴について、5年生では胎児の成長など「人の誕生」について、中学3年生では性感染症の予防について学ぶ単元が設けられているにも関わらず、性交についてはどこにも触れられていないのです。
 中学3年生の保健で学ぶ性感染症の予防については、「コンドームの使用が効果的」と教科書に書かれていますが、コンドームがどんな物でいつどのように使うのか具体的な記載は一切ありません。これでは、同意するしないを選択するための正しい知識が得られないばかりか、なぜか性交だけを覆い隠そうとする大人たちに不信感を抱くことになっても不思議ではありません(論理的思考ができる子どもであれば、「受精や妊娠に至る過程」に興味や疑問を抱き、知りたいと思うことは健全な知的好奇心の発露ですよね)。性交についてまともに取り合わない大人に、性被害を訴え、相談することが果たしてできるでしょうか?

性教育は「寝た子を起こす」?

 性教育について、子どもたちの性行動への興味をいたずらに煽るものとして慎重に考える方も少なくありません。ユネスコなどの国際機関が共同で発表した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」には、同ガイダンスが提唱する『包括的性教育』が初交年齢(初めて性交した年齢)に及ぼした影響について世界各国のデータが掲載されています。約4割で初交年齢を遅らせ、早めたという結果はゼロとなっています。
※「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」で検索すると、ユネスコのサイトで公表されている日本語版を閲覧・ダウンロードできます。

「包括的性教育」とは

 「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」では8つのキーコンセプトを挙げ、年齢グループ(5~8歳、9~12歳、12~15歳、15~18 歳以上)ごとに学習目標を示しています。
8つのキーコンセプトは、1.人間関係/2.価値観、人権文化セクシュアリティ/3.ジェンダーの理解/4.暴力と安全確保/5.健康とウェル ビーイング(幸福)のためスキル/6.人間の身体と発達/7.セクシュアリティと性的行動/8.性と生殖に関する健康 となっており、その領域の幅広さに驚く方もいらっしゃるかもしれません。これらを発達や認知能力に応じて、スパイラル的に学びを深めていきます。
 ガイダンスが掲げている学習目標には以下のようなことが挙げられています。

(森田先生の講演スライドより)
5~8歳
・全ての人の体は特別でかけがえのないもの
・人権は全ての人を性暴力から守る
・卵子と精子が結合して赤ちゃんができる
・プライベートパーツに好奇心を持ち自分で触るのは自然なこと
9~12歳
・自己主張と拒絶スキルは性暴力抵抗の手助けとなりうる
・コンドームや避妊具を正しく使用することは意図しない妊娠やHIVを含む性感染症を防ぐ
・性的関係には感情的、身体的な成熟が必要

 上で挙げたことは、学習目標の一部に過ぎませんが、子どもたちが自分の体を正しく理解し、感じたことや考えたことを言葉で表現し、性行動を主体的に選択するために必要なことばかりです。
 性教育に関して、性交・セックスをどう伝えるかに焦点が当たりがちですが、それを考える際には、生殖目的ではない快楽の性、コミュニケーションの性、暴力や支配の手段としての性があることをいかに伝えるかという視点も欠かせません。パートナーとの関係性によって様々な性行動があり得るということは、行為そのものを教えることよりもむしろ重要だと言えるでしょう。

「0歳からの性教育」で伝えていること

 私の性教育活動は外部講師としての学校での講演がメインでしたが、子どもたちだけでなく、周囲の大人、とりわけ保護者に向けて「自他の性を尊重し、幸せに生きる大人」への育ちに大切な関わりを伝える必要があると感じました。「プライベートゾーン(子どもたちには水着で守るところ、それから口と教えます)を見たり触ったりしていいのは自分だけ。自分以外の人がそれをする時にはあなたの同意を求めます」と子どもたちに伝えても、家庭や学校で大人がそれを守ってくれているか疑問だったからです(私自身も我が子に対してできていませんでした)。そこで、講演後に保護者向けの時間を設けていただいたり、家庭教育学級で講座やワークショップを開いたりするようになりました。
 そうした場で「性教育はいつから始めたら良いですか?」という質問を毎度のように受けるのですが、考えれば考えるほど何歳からと言えるものではなく、生まれ落ちたその日から、周りの大人の関わりによって「自分の体の取り扱い」についての経験的な学びは始まっていると考えるようになりました。
 そこで、ここ数年は乳幼児の保護者向け講座も開くようになり、昨年からは「0歳からの性教育」と銘打ち、オンラインや子育て広場で開催しています。講座では、おむつ替えの時はアイコンタクトを取り、あなたの体に触れるよと声をかけながらすることや、子ども本人が違和感や不快感を自ら覚え表明するトレーニングとして先回りしない関わりなどを提案しています。
 黙々と作業のように0歳児育児をしていた20年前の私も、こう言ってもらえたら少し肩の力が抜けて子育てを楽しめたかもしれない、と思いながら。
 人権というと高尚なことと捉えられがちですが、具体的な行動を実践していくうち、親も子も肌身を通してそれを学べるのではないかと考えています。

↓「0歳からの性教育」について紹介していただいた記事

自分の性を見つめ、語る言葉を持つこと

 性犯罪の危険から我が子を守るため、家庭で性教育をしたいというニーズは高まっています。ですが、親やその上の世代が性教育を受けていなかったり、暴力や支配につながりやすいジェンダーバイアスの中で育っていたりという背景もあり、実際には難しいことが多いと私も自分の経験から感じています。
 性教育というと、大人が子どもにというイメージを抱かれる方も多いと思いますが、そもそも性を自分ごととしてフラットに語れる大人が圧倒的に少ないのが現状です。自分らしさの性(セクシュアリティ)を模索し表現できるようになるには、性にまつわる様々な価値観に触れ、語り合う機会があると良いのですが、性を語ること自体をタブー視する風潮は根強く、語る言葉を持たされていないからです。婚前交渉はよくない、人工妊娠中絶は悪、といった固定観念に基づいた押し付けの性教育ではなく、個々人の豊かな人生経験としての性の多様性を受容し互いに学び合う場は、むしろ大人にこそ必要だと考えています。自分の性を大切に、多様な性を受容する、そういう大人を増やすことが、性の被害や虐待に苦しむ子どもを減らすことにもつながるのではないかと、今後は地域での活動も少しずつ増やしていきたいと考えているところです。

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