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エスプレッソソーダを飲んでみる #1

毎週末、新しいことをしよう。

そう一念発起してから最初の土曜日の午前中を、僕はいつも通りに過ごした。
いつかの土日の再放送かのような、いつも通りだった。

8時半くらいに起きて、布団の中でスマホとiPadを両手にダラダラして、時計を見たら10時だった。これはいかんと溜まっていた平日の洗濯物の半分を洗濯機に突っ込んで、朝シャワーへ。付き合っていた時、あの子と同棲するか否か論争をよくしていたのだが、洗濯物の扱い方は論点の一つだった。残業が多く、平日は帰宅後に何もすることができない僕は、平日に出る洗濯物を土日にまとめて洗濯していた。平日にシフトは全く入れず、ただ土日はフルタイムで深夜も働く善良な大学生バイトのようなスタイルで洗濯機を回していた。そんな僕の洗濯ルーティンに、小まめに洗濯をしたい派の彼女はよく苦言を呈していた。
…なんて記憶をシャンプーと一緒に流して、全然流せずに風呂を出た。

身体を拭いたバスタオルを「まだ間に合う」と、ぐるぐる回る洗濯機にぶち込んで、TVerを見ながら朝食。キムタクのドラマを見て、アマプラで一回見たけど犯人を覚えてない名探偵コナンの映画を流し見して、お昼ご飯を食う。家に常備している「青の洞窟」のポモドーロを完食したところで、ぼくの午前は終わった。

我ながら驚いた。よくもこんなに「普段通り」を崩せず生活できるもんだ。
「それが生活だよ」と僕の心の中の星野源が囁いたけど、それじゃあ今はダメなのである。

ただ、午後には僕の日常が動く予定があった。

午後、中央線と南武線を乗り継いで二子玉川駅へ。ここに来たのは初めてじゃなかった。そこで合流したのは高校時代のサッカー部の友人2人である。

「地元の友達と東京で遊ぶ」
はい、これで今日の新しいこと終了ー!

…と、高らかに宣言したかった。

でも、どうも釈然としない。地元の友達と東京で遊ぶのは初めてだったし、はじめて歩いた多摩川の河川敷はバカデカくて風が強くてびっくりしたけど、どうもこれは「新しいこと」じゃない。訪れたカフェも初めて来た店だったけど、カフェに行くという行為自体は何ら新しくない。というか、自分の中で“新しいことをした“という感覚が全くなかった。じゃあこれは、僕にとってはいつも通りなんじゃないだろうか。
モヤモヤしている僕に、現役時代のランパードにそっくりな友人が、「お前は何頼む?」とカフェメニューを手渡してくる。それに目をやった瞬間だった。

エスプレッソソーダ、と言う単語が目に飛び込んできた。

エスプレッソソーダ。たまーにカフェやバーとかで見る単語だ。想像するに、コーヒーと炭酸を割ったものだろうとイメージはつく。…でも、その味はあまり想像できなかった。でもまぁたぶんあんま美味しくないだろ、だってコーヒーは炭酸入れなくても美味しいし…と、ずっと手を出してこなかった。

こういうことなんじゃないだろうか。

お金を払って美味しくなかったら。どうせあんまり美味しくないから…少し気になってはいるけれど、そういうリスクで見逃してきた無数のもの。そういったものに、怖いもの見たさでチャレンジしてみるのが、あの子が僕に足りないと言っていた“新しいこと“なんじゃないだろうか。
「ご注文お決まりですか?」
店員さんの優しい声に、「エスプレッソソーダで」と答えた。エスプレッソソーダの下で輝く“カフェラテフロート“の文字に揺らぐ自分はいたが、覚悟を決めた。500円のエスプレッソソーダにも挑戦できないなら、新しいことなんて一生できない。

僕は変わるのだ。

そんな決意のもとに頼んだエスプレッソソーダは美味しくなかった。

たぶんだが、この店のエスプレッソソーダが不味いというわけじゃない。エスプレッソソーダという大ジャンルが僕の口に合わなかった。なんか、甘くて苦くて薄かった。たぶん食レポだったら「個性的な味ですね一!」と言ってスタジオに返したと思う。確実に言えるのは、ランパードが頼んでたカフェラテフロートの方が、絶対美味しかった。

でも、初めての味だった。

一口目が、エスプレッソなのに甘かった。「え?」と思ってる間に甘さが消えて、しゅわっと炭酸が舌の上を弾けて、最後はエスプレッソの慣れ親しんだ苦味が残った。あの甘さは炭酸の甘さだろう。たぶん、その甘さが絶妙な雑味となって、僕には合わなかったのだと思う。

でも、最初に感じた甘さへの「え?」は、何とも新鮮な感覚だった。

初対面の人に会う時や、1人も知らない集団の中に飛び込まないといけない時に鳩尾のあたりに感じるGとは違う浮遊感。不安や動揺や不快感じゃなくて、新鮮な驚きのような感覚。体が0.1ミリだけ浮いたかのような、そんな感覚だった。

あれが新しいことを肯定的に捉える感覚なのだろうか。

エスプレッソソーダは、たぶん2度と頼まない。でも、新しい事をする最初の一歩としては及第点だったんじゃないだろうか。…というか、今はこれで勘弁してほしい。

#エスプレッソソーダ


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