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私にとっての主人公、弥生さん。#海のはじまり

色んな視点で見ることで物語が変わってくると、以前話した月9「海のはじまり」(下記参照)

そんな私はずっと弥生さんの視点で見ていました。なので私にとって「海のはじまり」の主人公は百瀬弥生だった。

これが、まあ、しんどいよね。一番ハードなルートを選んだことはまあ序盤に気付いたし、9話ではもう死ぬんちゃうかコレと思うくらい心臓が痛かった。
でも弥生さんの気持ちを考えずにはいられなかったし、弥生さんの生き方や価値観がどこかに刺さってしまう人も多かったんじゃないかと思う。
かくいう私もその一人だったので、せっかくなら弥生さんに手紙を書く気持ちで、弥生さんについて書いてみようと思って。

主人公・月岡夏の恋人で、パパになろうとする夏と共に海ちゃんを受け入れ、一緒に生きようと心に決めるが、自分の心の居場所を見つけられなくて最後は二人の元から去ってしまう。
さらには以前の恋人との間に出来た赤ちゃんを中絶して、未来を奪ってしまった罪悪感にも苦しんでいて、今もバランスが取れない時がある。
自分に子どもがいたことを知らされていなかった夏に負けないくらい、人生ハードモードだ。
でも夏には海ちゃんがいることを考えれば、弥生さんの方が切ないことが多かったように思う。
子ども育てたことないでしょと水季の母に言われてしまう弥生さん、夏に中絶したことを(直接的ではないけど)「殺した」と言われてしまう弥生さん、津野さんに「外野ですもんね」と言われてしまう弥生さん、元彼に「で、いつ(おろすの)?」と言われてしまう弥生さん、母親に「私は無理だからね」と突き放されてしまう弥生さん。もうそれはそれは色んな弥生さんを見てきたけど、私は毎話毎話「もうええでしょ」と心の中のピエール瀧を召喚しないと見てられなかった。
視聴者の大半が居た堪れない気持ちになっただろうし、弥生さんの気持ちになると胸が潰れそうになっていただろうと思う。実際私も、こんなに一身に不幸を背負う登場人物あるだろうかと思ったし、ここまでしなくてもと辛くなることもあった。
でもこの物語に「百瀬弥生」が存在する意味が絶対あるはず。弥生さんを通して、伝えたいメッセージがちゃんとあるはず。

全12話を見終わって、私はその意味を「母性からの解放」だと捉えている。弥生さんはそのシンボルであると思う。
月岡夏の「パパをはじめる」と並行して、対を成しながら弥生さんは一度宿してしまった「ママだった」という事実とずっと向き合っていた。
だからこそ海ちゃんの「ママ」に拘ったし、ずっと免罪符のように貼り続けていた「ママ」をもう一度始めることで罪悪感を払拭しようとした。
でも「ママ(水季)」から生まれた海ちゃんと、そのはじまりの夏と一緒では、弥生さんの思う「ママ」になれなかった。
9話で弥生さんが別れを選択したとき、すごく悲しくて私もたくさん泣いたけど、その一方で頭の片隅で「ああやっと解放されたんだね、ママはもう終わりなんだね」と安心感もあって。
しっかり自分を優先したことに、弥生さんの強さと、弥生さんが海ちゃんと夏くんに出会えた意味を感じて心が震えた。
きっと「ママ」をしてみたからこそ選べた選択であって、それは夏に出会えなかったら出来なかったことで、2人の出会いにもちゃんと意味があるんだってことだと思った。
もちろん海ちゃんがいることを知らなければ、2人は結婚してただろうし、子どももいたかもしれない。
弥生さんが望んだ形の「ママ」になれたかもしれない。だけど2人の間には、中絶した(と夏は思ってる)子どもがよぎるだろうし、たぶんだけどこの2人はお互いに言わずに過ごそうとする気がする。
そうなったら弥生さんはきっと、ずっと一度諦めたという呪いを独りで抱えたままで。そこにいない「子ども」を思って、泣きながらシャワーを浴びる夜があったかもしれない。
でも海ちゃんと出会えたことで、その思いは少し救われただろうし、「ママになること」について真摯に向き合えただろうと思う。
その時間が弥生さんにあったこと、そしてその上で自分の気持ちを選べた事。これは弥生さんにとって絶対意味のあることで、これをきっかけにひとつ前に進んだ弥生さんは、きっとまた強くて柔らかくて、温かい素敵な「ママ」になれると思う。
きっと可愛い天使がご褒美をくれるだろう。
それが夏ではないことがすごく寂しいけど。きっと今の弥生さんならもっと素敵な人に出会えるだろうな。
夏にとっては1番長い時間を過ごした一生忘れることの出来ない恋人だろうから、これから先誰かと出会っても、弥生さんが必ずよぎることは、私は弥生さんが唯一出来た「復讐」だと思ってます(小声)夏にも幸せになって欲しいけど、海ちゃんがいた後で弥生さんと出会えてたらまた違ったかも、このポジションに弥生さんがいたかもとタラレバを考えてしまうくらいこっちも未練があるので笑。

そして弥生さんを通して伝えたかったもの。
それはもうまさに「中絶を経験した人」に対する、自分を許すことの大切さと、そして責任を1人で背負うことの問題提起、さらには色々な事情から「中絶」を選択する人が「居る」という事実も。
弥生さんだけでなく、水季もまた「中絶」を選択していた人だったわけで。それぞれ事情は違ったけど、決してそれは「悪」ではない。
「中絶」は宿った命に対して責任を取る一つの方法でもある。経済状況や環境が整っていない育児には、様々なリスクがあるので、必ずしも幸せになれるわけではない。せっかく生まれてきても、いっぱいいっぱいで大事に思えなかったり、生活がままならなくて困ってしまうことは「ママ」にとっても、何より「子ども」にとって1番辛いこと。
それを見越して判断することは「ママ」への「救済」であり、また「赤ちゃん」にとっての「幸せを保証するための配慮」なのだと思う。
弥生さんの「産まなかったことを後悔してるわけじゃないの、親も協力してくれなかっただろうし、私こういう性格だから抱え込んでただろうし、子どもいたら月岡くんとも付き合ってないと思うから」という発言にもあるように、産まないという選択が「ママ」の生活を保障していて、リスク回避という点でしっかり機能している。この経験があるからこそ、弥生さんは次はちゃんと「準備」をして、子どもを産むことが出来るだろう。

だけど、自分で命を終わらせる選択をすること。一度宿ったものを手放す選択をすること。それは簡単じゃないし、きっと準備していても、多くの人が大きな喪失感を伴うと思う。
迷いながら手放した弥生さんと、迷った末に海ちゃんと出会った水季、どちらも間違ってないし、どちらも幸せであるべきで。そして本来、弥生さんのこの「罪悪感」は「片方」だけのものであってはならない。女性だけが人一倍罪悪感に苛まれるのは、身体の一部として命を感じてしまう構造上、仕方ないのかもしれない。
きっと今、このドラマ自体が辛くて見れない女性もたくさんいるだろう。今もまだ気持ちが取り残されている人、同じ場所をグルグルしてる人、世の中にはそんな何人もの「弥生さん」が存在してしまっている。
この「責任の所在」を弥生さんだけが感じている描写は容赦がなかったけど、たぶん世の中では「良くあること」で、同じ経験をした人も少なくないと思う。ただだからといって「良くある事」で片付けてはいけないので、弥生さんの元彼を通して、男性は一度ちゃんと考えて見て欲しいなと思いました。1人でも気づいて考えた人がいてはじめて、誰かに届いたドラマになると思うので「海のはじまり」がその役割を果たしてくれたらいいなと思います。そうやって、どうか世の中の「弥生さん」が1人でも減りますように。そして今もどこかにいる「弥生さん」が、コロッケを幸せに頬張れる日が早くきますように。

そんな弥生さんの最後はというと。
まず最終話では、登場人物たちが色々なことを決断して、その後変わっていく日々を描いていた。夏は弥生さんを失ったけど大切な海ちゃんと、水季と、一緒に生きて。朱音さんは水季を失ったけど、残してくれた海ちゃんがいて。津野くんは部外者ではなく「頼れる人」として海ちゃんを支えてくれて。そして弥生さんは、夏とは終わってしまったけど自分の人生を大切に生きて。みんながみんなそれぞれ何かを失って、痛みとともに生きている。
ただ弥生さんだけは「ここにはいない人」を思う時間がないんだよね。関係は終わってしまったけど、夏は居て、そして海ちゃんとは友達で。思ったことは言えて、顔を見られる。それって寂しくないだろうなと思います。まあ「いなくなった赤ちゃん」はずっと忘れないだろうけど。でも前よりずっと、良い距離感で一緒にいるだろうし。
そういった意味でも1番「未来」と「自由」を感じられる人だったなあと思いました。
前よりも自分を好きになれて、自分を大切にしている弥生さんが、これから誰を大切にするのか、すごく見たいです。今の弥生さんに大切にされる人は幸せだろうなぁ。そして夏くんの時より、ちょっとわがままに、一緒に考えてよって言える弥生さんも、幸せになれるだろうなぁ。
自分の気持ちを大切にした上で、夏と海ちゃんと良い距離感で関係を続けていた弥生さんは本当に強いし、愛情が深い。そんな弥生さんに教えてもらったことがたくさんありすぎたし、ずっとそばで見てきたから、勝手に友達になった気分でいる。
だからやっぱり、私の中での「海のはじまり」の主人公は百瀬弥生でした。

改めて、色んな人を主人公にして見ることができる「海のはじまり」は登場人物それぞれの造形を見事に描き切っているなと思います。それぞれの人生があって、そこに思いがあって、その人が存在する意味があって、どの役も何かしらの「役目」を持っているメッセージ性の大きいドラマでした。また緻密に「人間」と「人生」を書く脚本家さんに出会えて、私の人生も潤いそうです。次回作もすごく楽しみにしています。弥生さんに出逢わせてくれてありがとうございました。

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