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Gang Starr : No More Mr. Nice Guy

今回のCDレビューは、Pete Rock & C. L. Smooth のデビューEPの次は勿論 Gang Starr でしょ、ということで彼らの 1st アルバム『No More Mr. Nice Guy』(89年)を聴く。

Gang Starr と言えばラッパー Guru (1961年マサチューセッツ州ボストン生まれ、出生名 Keith Edward Elam) とトラック・メイカー DJ Premier (1966年テキサス州ヒューストン生まれ、出生名 Christopher Edward Martin) による 1MC + 1DJ スタイルの Hip-Hop ユニット。

90年代アメリカ東海岸ニューヨークの Hip-Hop を代表するアーティストであり、史上最高の Hip-Hop デュオと言っても過言ではないでしょう。

面白いことに、東海岸代表と言いながら二人ともニューヨーク生まれではなく(ボストンは東海岸と言っても良いでしょうが、テキサスは完全に南部ですよね)、ともに大学まで出ているアカデミックな人たち。
90年代のハードコアなラッパーと言えば10代の頃からストリート・ハスリングしているイメージがありますが、比較的恵まれた環境によって得た価値観・多様性と、DJ Premier の作るゴリゴリ rugged なビートがミクスチャーすることで唯一無二の存在となった気がします。
単なる後付け/結果論でしかないのですが、二人の異なるバックグラウンドと New York ブラック・カルチャーが融合することで生まれた Hip-Hop の奇跡、とでも言いたくなりますね。

wiki を見ると判りますが、Gang Starr は最初から Guru + DJ Premier ではなく、当初 Guru は MC Keithy E を名乗り、Big Shug や DJ Suave D と組んだのがその始まり。
途中のメンバーチェンジも交えて87年に『The Lesson』と『Believe Dat!』、88年には『Movin' On』と計 3 枚のシングルを Wild Pitch Records からリリース。今では You Tube で聴くことが出来ますが(Guru の声が若い!!)、平均的な Hip-Hop チューンで特筆すべきところはないように思います。
(Wild Pitch Records については O.C. のレビューで少し触れています)

やがてメンバーは離散、Gang Starr の名前で継続する意思のある者は Guru 一人となり、ステージネームを MC Keithy E から Guru (wiki によれば Gifted Unlimited Rhymes Universal のバクロニウム)を名乗るようになる。

一方の DJ Premier はテキサス在住時に Waxmaster C と名乗り Inner City Posse というグループで活動しながらも、それだけに留まるつもりはなく Wild Pitch Records にデモ・テープを送っていた。
レコード会社を訪れた Guru がたまたま聴いたデモ・テープを気に入り声掛けし、活動拠点を Brooklyn に移したことから新生 Gang Starr がスタートすることになる。

今見るとかなりビミョーなアルバム・ジャケット

後日譚で Guru 曰く「デモ・レコーディングのつもり」と思っていたそうだが、再スタートしてほどなく 1st アルバム『No More Mr. Nice Guy』(89年)をドロップ。
先行する3枚のシングルはあまり注目を浴びることはなかったが、このアルバムは US Billboard の Top R&B/Hip-Hop Albums チャート 83 位を記録し、まずまずのセールスを記録する。

オリジナル・リリースは全12曲収録、10曲が Guru & DJ Premier プロデュース(クレジットを見ると Produced by DJ Premier & The Guru Keithy E の表記)、2曲が DJ Mark the 45 King プロデュースとなっています。
(この2曲は、今聴くと確かに Premier 作品ぽく無いですね)

この時点ではさすがに後のプリモ節(rugged でハードな音像と神技のチョップ&フリップ)は見られませんが、それでも「コイツら何かやってくれそう」な匂いがプンプンします。

ちなみに私の手元にあるものは92年にプレスされたCDで、『Positivity (Remix)』と『Manifest (Remix)』が追加収録されたもの。音質があまり良くないのですが、リマスター版だとだいぶ違うのでしょうか。
ではレビューへ。

(1)『Premier & The Guru』自らの名前を冠したオープニング・ナンバー。
フィリー・ソウルの代表的なボーカル・グループ The O'Jays が75年にリリースしたシングル『Give the People What They Want』(75年、Billboard Hot Soul Singles 1位)からブリブリ唸るファンクベースをサンプリング。

グルーヴィーで気持ち良いベースをループさせ、原曲では軽快なドラム(キック&スネア)をソリッドに強調させることでいかにも Hip-Hop になっていて、そこにブルックリン結成のファンク/ディスコ・グループ B. T. Express の『If It Don't Turn You On (You Oughta' Leave It Alone)』(74年)からホーンを抜いてきて鳴らしています。

スクラッチは早くもプリモ先生らしく粗くてキレが出てますが(自分達のトラック『Believe Dat!』や『Gusto』を使ってる)、リリックは "It's '89, mine, I'm Keithy E. the Guru, Premier is here with the flair" とか "The DJ's name is Premier, and I'm the Guru" などど自分達をアピールしているのが微笑ましいですね。

(2)『Jazz Music』は、後にクラシックとなる『Jazz Thing』(90年)よりも前に制作された Jazz ネタ・チューン。
シカゴ生まれの Jazz ピアニスト Ramsey Lewis の『Les Fleur』(68年)からピアノのコードとメインテーマをまんまサンプリング。妙な  Aaah! のうなり声は The O'Jays の『When the World's at Peace』(72年)ですね。
それに Charlie Parker and Miles Davis の『A Night in Tunisia』(61年)からホーンをサンプリングして充ててます。

リリックには Jelly Roll, King, and Satch や Benny and Duke and of course the Count Basie、Dizzy Bird and Miles などとジャズの巨匠達の名前が沢山出てきてまさに Jazz Music。
ただ、個人的には軽いリズム・ボックスがあまり好みではないのですよね…

(3)『Gotch U』はファンキー James Brown 祭りです!!

まずは私の大好きな J.B. アルバム『In the Jungle Groove』(86年)収録の『Give It Up or Turnit a Loose (Remix)』から後半に出てくる疾走感ハンパないパーカッション・ビートに乗って Guru がライミング。

そこにうめき声を上げる J.B. らしからぬディストーション・ギターは、盟友 Bobby Byrd 参加のシングル・リリースされた『Get Up, Get Into It, Get Involved』(70年)からのチョップ。スクラッチも小気味よいですね。

"I gotch U !!" の声ネタはもちろん一聴して J.B. でアルバム・タイトルにもなっている『I Got You (I Feel Good)』(66年)。
よくよく調べてみるとフィメール・ラップの大姐御 MC Lyte の『Paper Thin』(88年)からワライ声の部分を擦ってました。

(4)『Manifest』はアルバムからのシングル・カット・ナンバー。
コンガとリズム・ギターがどことなくトボケた感じのビートは、再登場 Charlie Parker and Miles Davis 『A Night in Tunisia』(61年)の導入部に続いて  J.B. のライブ・アルバム『Live at the Apollo, Volume II』(68年)収録の『Bring It Up (Hipster's Avenue)』がその理由。
この2枚をかぶせて使おうと思い付いたプリモ先生は凄いですね。

ドラムはサザンソウル・シンガー Joe Tex の『Papa Was Too』(67年)を使っていて、全体にライトなビート感ながらキレは悪くない。巧いですね。
その他 Big Daddy Kane や James Brown の声ネタも使われてます。

Guru のフロウは、超絶技巧派ではないですがどこか理知的な感じがあり、ギャングスターと言いながらボースティング一辺倒でないフトコロの深さも魅力の一つ。

(5)『Gusto』のプロデュースは DJ Mark The 45 King。
本アルバム2度目の登場、ファンクバンド B. T. Express の 1st アルバム1曲目に収録された『Express』(74年)の軽快なファンク/ディスコ・ビートをサンプリング。オリジナルは流麗なストリングスがコード感を作りますが、ストリングが変化する前を切り取ってループさせることで緊張感を生んでます。

フックでは突然『Freddie's Dead』のベースが登場。オリジナルは言わずもがなの Curtis Mayfield (72年)ですが、ここでサンプリングされているのは The Cecil Holmes Soulful Sounds のカバー・バージョン(73年)から持ってくるというマニアック振り。
(そういえば Fishbone 88年のリリースアルバム『Truth and Soul』で『Freddie's Dead』をカバーしてましたね。Fishbone 結構好きだったので、久し振りに聴き返してみますかね…)

フックのリリック(声ネタ) "My man gots that gusto" はハーレム出身のオルドスクール Hip-Hop グループ The Masterdon Committee の『Funkbox Party』(82年)ですが、何を意図して「やる気があるぜ」とループさせてるのでしょうか。

(6)『DJ Premier in Deep Concentration』は後に Hip-Hop クラシックと言われるプリモ先生最初期のインスト・チューン。

Kool & the Gang の超有名曲でウルトラ・メロウ・ナンバー『Summer Madness』(74年)からオープニングの最高にキモチ良いフワフワ浮遊エレピをループ。そこに Ahmad Jamal のピアノを充て込むというスゴ技(いかに凄いかは Ahmad Jamal のレビューを参照くださいませ)。

ちなみにこの『Summer Madness』使いはプリモ先生が初めてという訳ではありませんが、その後も Loose Ends『Feel the Vibe...』, DJ Jazzy Jeff & the Fresh Prince『Summertime』, Snoop Dogg『Doggy Dogg World』, Ice Cube『You Know How We Do It』, Pete Rock & C.L. Smooth『What's Next on the Menu』とサンプリングされまくりの大定番ネタとなりました。

インスト曲と書きましたが、全編に渡り大量のアナログ盤から声ネタをサンプリング/スクラッチしていて(The Meters, Eric B. & Rakim, EPMD, Marley Marl, … etc)、さながらプリモ先生の独壇ラップと言えるかもしれません(最後の "Mov-Mov-Movin' on" は DJ Premier 参加前のシングル『Movin' on』ですね)。

(7)『Conscience Be Free』では後のプリモ先生では絶対にやらない細かいハイハットとキック&スネアにうねるベースがグラウンドし、Guru が朗々とライミング。この小賢しいハイハット・プログラミングでなければ良かったのだけれど、まぁしょうがない。

フックの声ネタは EPMD の 1st アルバム『Strictly Business』(88年)収録の『You Gots to Chill』からサンプリング。この声は Erick Sermon ですな。
そう言えば長らく『Strictly Business』聴いてませんねぇ。

(8)『Cause and Effect』のブッ太いベースラインはニューオーリンズのファンク・バンド The Meters の 1st アルバム『The Meters』(69年)収録の『Live Wire』からのサンプリング・ループ。

The Meters のイナタクも骨太のビート(ドラム&ベース)をまんまループするのだから悪い訳がない。
でもシンプルが故に Guru のラップでは役不足感がありますね。Guru のヴァースの間に差し込まれるプリモのホイッスル音スクラッチもちょっと微妙だしなぁ。

(9)『2 Steps Ahead』は剛速球一本勝負の疾走感溢れるジャンプ・ナンバー。
このシンプルにしてカッコ良いドラムは、イギリスのジャズロック・トリオ UPP の『Give It to You』(75年)から。

UPP というバンド、私は全く知らず Gang Starr のこのサンプリングきっかけで初めて知ったのですが、Jeff Beck が自らプロデュースを買って出たという話で、アルバムでは Jeff Beck 自身もギターを弾いたがライナーノーツには一切彼の名前は出てこなかったという。

でもってこの『Give It to You』が超絶カッコ良いのですよ!! ジャズロックやフュージョンと呼ばれるクロスオーバーなフォーマットに気合の入ったファンキー・ビートで(wiki によれば Otis Redding, Sly & The Family Stone, Stevie Wonder and Donny Hathaway に影響を受けたとのこと)、7分というやや長い楽曲に様々なアイデアがブチ込まれていて愉し過ぎる!!

話を元に戻すとプリモ先生は『Give It to You』の中盤以降に現れるドラムのブレイクビーツ部分(数多の Hip-Hop ナンバーでサンプリングされまくってます)をループのうえ荒々しくスクラッチ、そしてフックでは James Brown『Hot Pants (She Got to Use What She Got to Get What She Wants)』(71年)の冒頭の "One, Two" 声ネタをコスリ捲りまくるという真向ストレート勝負。アツイですねぇ。

(10)『No More Mr. Nice Guy』はアルバム・タイトルでもあるMyフェイバリット・トラック。

元ネタは James Brown Revue でお馴染みの相棒 Bobby Byrd の奥さんである Vicki Anderson が(彼女自身も2年ほど J.B. のステージに立っていた)、出生名 Myra Barnes でリリースした『The Message From The Soul Sisters』(70年)のサンプリング。

Discogs によれば『The Message From The Soul Sisters』は作曲・プロデュースともに James Brown とあり、哀愁を帯びたピアノ・ループはオリジナルそのままなのでした。

Vicki Anderson と言えば Carleen Anderson の母親でもありますね。
で Carleen Anderson と言えば 80年代 ~ 90年代 の UK アシッドジャズ・シーンで一際輝いたグループ Young Disciples のフロント・アクトですね。
Young Disciples 結構好きだったのですが、アルバム1枚で解散してしまったのが実に惜しいです。

(11)『Knowledge』は DJ Mark The 45 King プロデュース・トラック。
はじめて聴いた時は Art of Noise かと思いましたよ。

よくよく聴けばドラムは James Brown の『Funky President (People It's Bad)』(74年)に、Kool & the Gang 3枚目のアルバム『Good Times』(72年)収録の『North, East, South, West』と『Making Merry Music』からフレーズをサンプリングしてますが、いかんせんオーケストレーション・ヒットと音声サンプリングがあまりに Art of Noise 然としていて好きになれません…

ちなみにフロウは Guru と Damo D-Ski とかいう知らぬラッパーが交互に出てきますが、調べてみたらこの Damo D-Ski という人、DJ Premier 参加前の初期 Gang Starr 時代のメンバーの一人とのことでした。
(Discogs で調べてみましたが、この人がクレジットされているのはこの一曲のみでした)

(12)『Positivity』はアルバムからの2枚目のシングル・カット。US ラップチャート 19位 のスマッシュヒット。

ユッタリとウネるベースラインは、Brooklyn 結成の大所帯ファンク・グループ Brass Construction の『Changin'』(75年)から敢えてBPMを少し落としてネチッこくループさせたもの。プリモ先生さすがですね。

フックの "positive and never negative" というライムは、同じ Wild Pitch Records からリリースされた Latee というラッパーが88年にシングル・リリースした『No Tricks』からのサンプリング。
ちなみにこの『No Tricks』は The J.B.'s の『Givin' Up Food for Funk』(72年)からサンプリングしていて、シンプルで小細工無しのブッ太いビートに黒くて無骨なフロウが絡む dope チューン。プロデュースは DJ Mark 45 King のようです。

ということで90年代に入ってからの rugged で革新的な DJ Premier サウンドはまだ聴こえませんし、Guru のラップは良くも悪くもクセがなくてインパクトに欠けますが、それでもボチボチの佳作と思います。
初めて Gang Starr を聴こうという人にはお奨めできませんが、でも出来れば聴いて欲しいアルバムです。


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