あるアルバイトの(知りたくなかった)大きな世界の知らないひみつ

あるアルバイトの(知りたくなかった)大きな世界の知らないひみつ

 何で泣いたのかって?
 そんなこと聞くなんて、お前さん、ひょっとして人の不幸は蜜の味ってやつかい?
 第七生態系では、そう言うんだろ?
 こっちでは違うんだ。
 涙を流すと、水分の中に劇薬が流れ出す。ストレスが高まると、体内に毒ができるんだが、大昔みたいに、体から吐き出して相手を攻撃するわけにもいかない。
 しおらしく泣いて、ハンカチで拭いて、ハンカチは専用の薬剤で中和してよく洗わなけりゃならない。
 あーあ、気に入ってるハンカチだったのに。今日の毒はとびきり強い。ハンカチの色が、まだらになっちまった。
 さっき、本屋のバイト中にさ。お前さんも見ただろ? まだ存在してない本を注文されたんだ。本人が書き上げてない本を。
 そりゃあ、何だってある。この店は、過去から現在、未来まで、事務所裏のドアで移動できる。秘密だけど、別の並行世界にだって、仕入れに行ける。
 だけどさ、現在過去未来、さらには並行世界のどこにも、その本は見つからなかった。
 つまり、あらゆる世界に、その本は存在しないんだ。
 泣けるだろ?
 そいつは、書きもしない自分の本を、書かないまま手に入れようなんて考えたんだ。
 本と読者に対して、失礼ってもんだ。
 こっちだって、いろんな危険をおかしてまで、あらゆる本を仕入れてるってのに。
 まったく。
 おや、何で震えてるんだい?
 お前さん、今日バイトに入ったばかりで、この本屋が普通と違うなんて聞いてないって?
 並行世界も知らない?
 はぁん?
 お前さん、本は好きかい?
 そうでなきゃ、泣いても家には帰さないよ。
 ここのバイトは、秘密を守る。
 本が好きでたまらないやつらは、絶対、この秘密を口外しないもんだ。
 もし、本のことがそれほど好きでないのなら。
 ふふ、疑って悪かったね。
 さあ、定時まで頑張ろうぜ。
 何せ、今日は発売日だ。
 第七生態系でいうと、何の日だっけな。
 忘れちまった。




エブリスタのお題でぴこんとできました。
https://estar.jp/novels/25700925

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