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認知症の祖母と肉じゃが

認知症の祖母のじゃがいも

祖母は私が夕飯を作ろうとすると必ず「何すればいい?」と聞いてくれる。

その言葉を聞くたびに、何十年も主婦をしてきたのに謙遜だなぁと思う。

また、認知症になった今の祖母はお味噌汁しか作れなくなってしまった。なので、私が仕事を早く切り上げ家に帰った日祖母は「○○がいてくれると良いな〜」と言う。
この事で私は一時期とても悩んでいた。これは完全にただの考えすぎだけれど…
私が料理をできない人間だったら祖母や家族は私など必要としないのではないか
などと、本気で悩んでいた。

でもある日(どうしよう、何をしたらいいんだろう)と戸惑う祖母の小さな背中を見て、祖母は今とても不安なのだな…と気が付いた。

私が少しでも祖母の不安を和らげる事ができるなら私にとってそれほどの幸せはない。その日から○○がいてくれるといいな〜の言葉は言われて嬉しい言葉になった。

言葉の背景にあるものまで汲み取るのは本当に簡単ではないなと思った。

本題…!

認知症の祖母はお料理を助けてくれるパートナーと言える。洗い物をどんどんと洗ってくれるので私は料理しながら洗い物をしなくても良く、かなり楽をしている。

具材の大きさや形を揃えたい私にとって、祖母に何かを切ってもらうのは結構勇気がいる。

例えば肉じゃがを作ろうとなったとする。

「ジャガイモお願いしようかな!」となり、
見本を置いてお願いしても、どんどん写真の右のサイズに寄って行ってしまう。

認知症はその名の通り認知できなくなっていく病だ。サイズや何を作ろうとしていたかなど、全てが溶けていく。

祖母との料理は戦いでもあるがかなり面白い。

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