HSP男性がタワマンの密室で2年間洗脳されたあと母の一言で我に返った話|脱・洗脳
深夜2時過ぎ。タワマンの一室。
「お前ら、プロのライターになりたかったら、携帯の友だちの連絡先を今すぐ消せ」
部屋にいるのは10名ほどの男女。みんな先生の命令で次々と連絡先を消していく。
これは極度に内向的な性格の持ち主である僕が、とあるライタースクールで洗脳された話。
心優しいHSP気質の人ほど、ゆがんだ自己愛を持つ者のターゲットにされやすい。
こちらの記事で
・洗脳はどのように仕掛けられるのか?
・洗脳から抜ける瞬間
への理解を深めていただけると幸いである。
「普通の人間とは関わるな」
さかのぼること20年近く前。
専門学校を卒業してフリーター生活を続けていた僕は、危機感を抱いていた。
ちょうど「今の生き方から脱したい」と、焦りが生まれていた時期。
昔から文章を書くのが好きだった。
「書く仕事がしたい」とスクールをインターネットで検索する。
すぐにあるライタースクールのサイトが見つかった。受講料は一回5,000円ほど。
バイトをしながらの、ひとり暮らしだったが「これなら払えそう」と安心した。
授業は、講師の方の家で行われるという。「珍しいやり方だなあ」と思いつつ、妙な違和感を覚えた。
面接を受け、授業を見学させてもらうことに。
先生はタワマンの上階層の住人だった。生まれて初めてタワマンの中へ入った。
インターフォンを鳴らすと、先生が現れた。
180cmを超える長身で、見るからにスタイリッシュな男性。上下を黒で固めたコーディネートで、鋭い眼光が印象的だった。年齢は五十代に差しかかったあたり。
面接の際に、僕の前へ10冊以上の本がドサッと置かれた。
彼は「これね。みんな僕の書いた本なんですわ。まだ他にもあるんやけどね」とニヤリ。
自己肯定感がべらぼうに高い業界人と話せたことで、気分が高揚した。
授業が行われる部屋に通される。室内にはホワイトボードと、フローリングに並べられた座布団しかない。
先生のダミ声が響く。辺りに漂う緊張感。みんな真剣にノートを取っていた。
「ええか? この世界は人脈がすべてや。自分から動け。動いて動いて、しっかりつながり作るんや」
ライターとしての技術だけでなく、マインド面や仕事の取り方についても熱く語っていた。
「ここなら、しっかり学べるはず」
僕はタワマンの一室で週に一度、ライター講座を受けることになった。
ライター講座が終わると、先生の書斎に場所を移し必ず飲み会が開かれる。
夜に始まった飲み会が終わるのは、いつも早朝。
先生は選民意識が強く「ライターは賢くないとなれへん。お前ら、もっと賢くなれ」と繰り返した。
「忙しい俺が、わざわざお前らのために飲み会を開いてやってるんやぞ。感謝を忘れるな」とも言っていた。
何かにつけ「お前らのため」「してやっている」という言い回しが多かった。
講座に通っていたのは、10名ほどの男女。そのほとんどがフリーター。
そういえば、ひとりだけ会社員の男性がいた。しかし先生から「真剣にやりたいなら、とっとと辞表を出して来い」と命じられて辞職。彼もフリーターとなった。
先生は「普通の人間とは関わるな」「バイトはするな」が口癖だった。
学生時代やバイト先で知り合った人とつながるのはNG。連絡が許されるのは、同じスクールの人間だけ。
週に2回ペースで行われる飲み会。時間帯は、夜から早朝まで。
全員参加が義務づけられ、招集がかかるとみんなすぐに駆けつける。
家族のいない先生は「年末年始をみんなで過ごす」ことに、なぜかこだわっていた。
「一流は眠らない」
「一流は眠らん。寝る人間は二流」
常々、先生から「一流の人間ほど眠らない」と説かれる。
スクールに集う仲間たちは、みんな先生に憧れていた。
「先生に言われたことは、全て実践しないと」と、ショートスリーパーへの転身にチャレンジする人が続出した。
結果どうなったかといえば、体を壊したり、入院したりと散々だった。
寝不足が続いた僕は、ある日、自転車を運転している途中にうとうと……。
ガシャーン!
目覚めると、思いっきり電柱に激突していた。股間を強打し、道路でのたうちまわったのを覚えている。
スクールに入った生徒は、もれなく寝不足でコンディションを崩した。
全員がもれなく痩せていく。
あとで知ったのだが、ショートスリーパーというのは先天性のものらしい。
先生は数時間の睡眠だけで、元気に暮らせる体質だった。一日に3時間寝るだけで、バリバリと仕事をこなせる。朝まで酒を飲める超人的な体力の持ち主だった。
しかし凡人の僕は、そのようなハードな暮らしを3日と続けられない。
あまりなかった自尊感情が、さらに目減りしていく。
バイトをすることは禁じられている。貯金や実家からの仕送りで、やりくりしている人もいた。
栄養価の高いものを食べられないため、みんな肌はカサカサだ。
次第に疲弊していく生徒に対して、先生は「お前らは、根性も体力もない」とよく嘆いていた。
彼が度々、口にしていたことがある。
「プロになりたかったら、俺のマネをしろ」だ。
先生はいつも漆黒のファッションを貫いていた。
形から入る僕らは「ビジュアルも先生のようにしないと」と考えた。
バイト禁止の僕らはお金がなかったため、ユニクロで黒い服を買いそろえた。
タワマンの隣人からは「あの部屋を訪れる若者は、なぜか全員、黒い服ばかり」と、怪しまれていたにちがいない。
僕らは先生から一言でも「お前、ええやんけ」と褒められると、天にも昇るような心地だった。
そして「全然あかん」と言われる度に、激しく落ち込んだ。
彼の言葉に、一喜一憂する日々が続いた。
「みんな洗脳されてますよ」
ライター講座に通い出して、2年近くが経過。
仲間の数は、ゆっくりと減っていく。
疲れはてて姿を消すのだ。
そんな折、久しぶりに新しい生徒が入ってきた。
彼はB型だったので、B君と呼ばせてもらおう。
B君は変わり者で「大学時代、パジャマで学校まで通っていた」という逸話の持ち主だ。
ぼうっとしているように見えて、ずばりと本質を突くタイプ。
B君は、先生からも生徒からも一目置かれていた。
僕は彼と馬が合い、よくふたりで遊んだ。彼は僕より三歳年下で、兄弟のような感じだった。
ある日、B君が僕の家に泊まった際に「あのスクール、おかしいですよ」と言ってきた。
「おかしいって何が?」と尋ねる僕に、彼は「わかりませんか? みんな洗脳されてるんですよ」と返す。
「洗脳って何を言うてんの!?」と、僕は思わず笑ってしまった。
いろいろ話していてわかったのだが「ライターとしての技術や仕事の取り方だけを学んだら、すぐスクールを辞める」というのがB君の考えだった。
彼は「ずっとあんな場所にいたら、人としておかしくなる」と感じていたらしい。
B君はカバンから『マインド・コントロールの恐怖』というスティーヴン・ハッサンの著書を取り出した。
スティーヴン・ハッサンはアメリカの心理学者で、マインドコントロールの研究者だ。
「ハッサン自身、ある組織に洗脳された経験があるんですよ」とB君。
彼はハッサンの「寝不足のまま募金活動に明け暮れ、車を運転中に居眠り事故を起こして入院した」というエピソードを教えてくれた。
「あれ? 自分もよく似た経験をしているぞ」と思い返す。
入院こそしなかったものの、寝不足がたたり自転車で電柱に激突したのは、前述のとおり。
B君いわく、洗脳には
・行動
・思想
・感情
・情報
のコントロールが有効らしい。
また睡眠不足や栄養不足に陥らせるのも、よくある手法。
まともな思考ができない状態に誘導することで、ターゲットのIQを下げる。
どんどん人間関係を切り離していき、社会からの孤立をはかるのも洗脳技法だという。
彼からこれだけ言われても、僕は自分が洗脳されていることを認めなかった。
真実と直面するのが怖かったのだろう。
洗脳されている人間ほど、本当のことを指摘されると否定したくなるものだ。
B君は「もう、いいです。この本あげるんで、ひとりになったときにゆっくり読んでくださいね」と言い残し去った。
「どないしたん? そんなに痩せて」
B君から「洗脳されてますよ」と告げられたあと、もやもやが止まらなくなった。
自分でもきっとどこかで「この環境はおかしい」と、気づいていたのだろう。
しかし勇気がないので、問題を直視できなかった。
恐る恐るB君からもらった『マインド・コントロールの恐怖』を読んでみる。
確かに自分の置かれた状況も、本に書かれていることとよく似ている……気がする。
しかし、すぐにもうひとりの自分が現れ「そんなはずはない!」と否定する。
意地っ張りの僕が「いや、ちがうぞ。Bの言っていることこそ、おかしい!」と打ち消しにかかる。
一度も休んだことのなかったライタースクールを、僕は初めて休むことにした。
「すみません。風邪をひいたので休みます」と先生へメールを入れる。
すぐに「根性なし」と返信があった。
先生の返信は、いつも鬼のように早い。
何もする気が起きず、ひとり部屋にいると数年ぶりに母が訪ねてきた。
僕を見るなり「どないしたん? そんなに痩せて」と、心配げだ。
「かわいそうに、あんたガリガリやないの」と母が泣きそうになっている。
175センチ60キロが僕のデフォルト体型。しかし、このときは52キロにまで痩せていた。
室内に干された服を見た母は「なんでこんな黒い服ばっかりやの!?」と戸惑っている。
僕はもともと白やブルーの服が好きだった。しかしあのスクールに通い出してから、ずっと黒の服に身を包んでいた。
僕の家は、僕が小学校高学年のときに父が亡くなった。
心配性の母は、いつも僕を気にかけてくれる。
親孝行など何ひとつできていない。それどころか、こんなに不安を覚えさせている。
お母さん子だった僕には、母の悲しむ姿が堪えた。
僕の変わりぶりに驚き「かわいそうに」を繰り返す母を見て、ようやく客観視できた。
今の自分は、「かわいそうに」と同情されるような存在なんだ。
「自分はどっぷり洗脳されていたんだ」と腹落ちした。
スクールの詳細を母に伝えると、取り乱すだろう。
「バイトを掛け持ちして、あまり寝ていない」とうそをつき、ごまかした。
「これで何か栄養のつくものでも食べなさい」と母が1万円を手渡す。
「ゆっくり休むから心配せんといて」と母に伝えた。
母が部屋を出たあと、すぐに先生へ電話をかける。
怖かったが迷いはなかった。
「申し訳ありませんが、スクールを辞めさせてもらいます。今までありがとうございました」と告げた。
「辞めるやと? お前も逃げるんか。この裏切りもんが!」と怒鳴られ電話を切られた。
スクールを抜ける人間は全員「裏切り者」と罵倒されるのが恒例だった。
窓の外に目を向ける。曇天だった。
ベッドに身を投げ出し放心する。
「しんどいなあ」
徒労感が解放感を上回っていた。
B君が真実を伝えてくれて、その直後に母が来訪。
「このふたつの出来事が続かなかったら?」と思うと恐ろしい。僕はその後も、地獄のライタースクールに通い続けたかもしれない。
飲み会に重きを置いていたスクールでは、書く技術を学べなかった。
寝不足のため、いつも意識がもうろうとしていた。
あのような状態で、何かを習得するのは難しい。
そのあと、僕は別のライタースクールに通い、仏のような先生と出会う。
この方がメンターとなり、なんとか執筆を生業にできた。
遠回りしたものの、自分の目標を後押ししてくれる素晴らしい出会いに恵まれたのだ。
最後に
以上が「洗脳レポート」ともいえる、過去の僕の苦々しい体験談である。
まんまと洗脳された当時の僕は、なにせ自信がなかった。
HSPは自己肯定感の低い方が多いようなので、支配欲の強い人に気を付けてほしい。
しかし自信満々に自分を演出する人ほど、実は自信がないことがある。
世の中も人間関係も、ややこしい。
本物の自信がある人は、謙虚で優しい。相手の話をしっかり聴く力がある。
もしあなたが「自己愛の強い人に、洗脳されてるかも?」と少しでも感じたら、次のことをしていただきたい。
「元気だったあなたをよく知る人と会う」
「数年会っていない、信頼できる人と会う」
あなたをよく知る人ほど、その変わりぶりに驚き悲しむだろう。
そのときかけられた一言や相手の表情で、自分を客観的に認識しやすくなる。
もし少しでも違和感を覚えたり、しんどいと感じたら、その環境から一旦離れよう。
そして最後にどうか、忘れないでほしい。
あなたを粗末に扱う権利がある者など、この世に誰ひとりいないということを。
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