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大嫌いな後輩がフルボッコ状態に…「もう、その辺にしといたって」

もう二十年近く前の話。

僕には二つ年下の後輩がいた。

キツネ目で眉間には深い皺が刻まれ、普通にしていても怒っているように映る顔の彼は、誰に対しても憎まれ口を叩いていた。

デフォルトの表情は、しかめっ面。何が気に入らないのか、ずっと不機嫌な彼。

小学校から大学にいたるまで、友達も恋人もずっとおらず、その性格は歪みに歪んでいた。

「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない人。

人に噛みつく以外のコミュニケーション方法を知らない人。

初めて会ったとき「こんなギスギスした奴がいるんだ」と衝撃を受けた。

当然、彼は組織の中で完全に浮いていく。

「感じが悪いから言い方を改善した方がいい」「眉間に皺を寄せて人を睨みつけるな」「溜息ばかりつくな」などと叱責されることも、しばしば。

僕も彼のことが苦手で「実に嫌な奴だな」と思っていた。

でもあまりに嫌われて陰口ばかり言われているので、やがて、いたたまれなくなった。

朗らかさは求めないが、フラットな状態で接して欲しかったのだ。

ある日、コンビニで買い物をした後、彼に会う用事があり、彼の分のドリンクを買って「よかったら、これ飲んで」と手渡したことがあった。

彼は、ドリンクのラベルをまじまじと見つめ「いりません。だってこれ、僕の嫌いなやつなんで」と僕に突き返す。

この時ばかりは「もう、こいつとは関わらない」と憤り、突き返されたドリンクを自分で飲んだ。

あまりに人へ塩対応を続けるので「あいつ許せん!」という人が増えていき、みんなのフラストレーションが溜まり過ぎて「一度、懇々と言って聞かせるべきだ」という話になった。

その日、僕が少し遅れて部屋に到着すると、彼は吊し上げにあっていた。

一斉攻撃を受け、さすがの彼もしょげ返っていた。

普段から、癇に障ることばかりを言い続けてきた末路といえば、そうに違いない。

だが集中砲火を浴びる彼を見て、だんだん切なくなってきた。

たまらなくなって「もうその辺にしといたって」と僕は口を挟んだ。

別の後輩が「あなたもこいつには散々、嫌な目に合わされたでしょ?」と、唾を飛ばす。
うんうん頷きながら「確かに君の言う通り、いっぱい嫌な目に合わされた。でも、今日はここまででいいと思う」と伝えた。

やがて、みんなの熱が冷めていき、吊し上げが終わって解散する運びに。

彼は切れ長の瞳を僕に向けると、ほんの少しだけ頭を下げた。

油断すると、見逃してしまう微細な会釈は「ありがとう」が言えない彼が、唯一できるお礼だったのかもしれない。

その後も、彼と親しくすることはなかった。

それから数年して、彼は、僕が「よかったら、これ飲んで」とドリンクを買って渡したことをずっと嬉しい思い出として保管していると人づてに聞いた。

「なんや、それ?」と思った。

「嬉しかったら嬉しい反応をそのとき示せよ」と。

突き返されたので、そんな風に感じていたとは露も思わなかった。

ずっと愛情飢餓状態だったのだろう。

多分、誰よりも人からの愛を欲していたはずだ。

人から親切にされた経験が極端に少ないので、ふいにドリンクを渡されて戸惑ったのかもしれない。

今思うと、憎まれ口を叩くわりには、人が集まるところによく足を運んでいた。

きっと寂しくてしかたなく、誰かと一緒にいたかったのだと思う。

あんなにも素直になれない人間は、初めてだった。

僕から彼に連絡することはまずないが、今でも時々彼のことを思い出す。

今でも、あのしかめっ面を続けているのだろうか?

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