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『インストール』綿矢りさ

高校を卒業するにあたって、学生時代に影響を受けた本だったり、学生のうちに読んでおきたい本というのを優先的に読むようにしている。
『インストール』はその中でも一番に思いついた作品だった。これは丁度一年前に初めて読んだ。

私は受験戦争から早々にドロップアウトした身だ。理由は互いに違うけれど、その境遇が『インストール』の主人公と重なる。だから今、もう一度読みたくなった。

主人公は何者かになりたいが、何になりたいという具体的な目標/目的が無い。燻っている「高校生」という期間を表現するのがとても上手い。

この何者にもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう。歌手になりたい訳じゃない作家になりたい訳じゃない、でも中学生の頃には確実に両手に握り締めることができていた私のあらゆる可能性の芽が気づいたらごそっと減っていて、このまま小さくまとまった人生を送るのかもしれないと思うとどうにも苦しい。

p.24

この感覚は誰にでも分かるはずだ。幼稚園や小学生の頃のアルバムの将来の夢の欄を見てみてほしい。プロサッカー選手、パティシエ、弁護士、作家、アイドル。この中からどれほどの芽が死んでいっただろう。逆に一つでも生きて育って叶えている者がいるとしたら凄い。野望を持っていた子供たちはみんな何処かで区切りをつけた。

燻りが高じて主人公はついに登校拒否を始めるようになる。目的も無しに始めた登校拒否がある日、男子小学生との出会いで「居場所」が生まれる。

「あんた、私のこともインストールしてくれるつもりなの?」

p.58

タイトルの「インストール」はこの一文から来ているように思う。


ここからはネタバレ注意⚠️

「居場所」が無かった主人公は、男子小学生に持ち掛けられた風俗チャットのバイトを日中始める。つまり彼女の居場所はネット然り、それをするための押入れとなった。

日々を過ごしていくと、男子小学生にも事情があることを知る。

「あんたの猫背は母親譲りね。」
と、ある日かずよしに話しかけたことがあった。
「あと、その妙に静かな眼差しもあのミステリアスなあんたの母さんそっくり。」
「まさか。血ィつながってないのに。」

p.93〜94

転校した先の学校でも友達は出来た、だから「居場所」が無いまでいっていないかもしれない。しかし小学生の子供にとって、家が休まらない場所というのは悩みの種になっているはずだ。

私が『インストール』で好きな場面は圧倒的にラストだ。しかし、そのラストが好きなのは主人公と小学生の共通点として「悩んでいる」ことにある。

登校拒否は母親にばれ、小学生の家の押し入れに出入りしていたこともばれる。風俗チャットのバイトも一ヶ月でお終い。二人に残されたのはバイト代の30万円だけだ。

「あんた、青木夫人に"僕男の子の赤ちゃん欲しいな"って言えるようになった?」
とかずよしに聞くと、彼は、それはなあとごまかしてコンピューターの前に向き直った。
「努力しなさいよ。私も学校行くから。何も変われてないけど。」
かずよしは驚いた顔をして私を見つめ、そのまま、おめでとうと言った。

p.132〜133

最高。この物語でこれ以上の物は無い。

主人公は「何も変われてない」と言うが、それは嘘だ。向き合いたくない、だから学校に行くことを辞めたはずなのに一ヶ月を通して「努力しなさいよ」と言えている。知らぬ間に成長している。考えが変わるなんて一ヶ月では到底不可能だ。しかしこれは高校生や子供の特権なのだろう。風俗チャットで荒稼ぎしていたと思いきや、沢山のものを吸収していたのだ。きっと良いことばかりでは無かっただろうけど。

私は『インストール』を読むのは二度目だったが、初めて読んだ時よりもずしんとくるものがあった。それは私の身の回りも変わって、考え方も一年で変わったからだろうか。

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