010 浜松の点群と工作的建築
どうも、シタシマです.今日めちゃくちゃ眠くてしんどいです.
今日も何かしら書きたいのですが、浜松へ行った際にセミナーまで時間が空いていたので、念願だった403architecture[dajiba]のプロジェクトをいくつか見て回ってきました(といっても3,4つほどですが).そこで感じたことを、その後のセミナーで出た言葉やその他書籍などをヒントにしながら書いていきます.
浜松で403の方々の作品や思想に触れて、今回考えたいのは「建築のまちへの入り方」かなと思っています.稚拙ですがよろしければご一読を.
ぼくの今回訪れた建築たちは、同じビルにいくつも点在しているものでした.そして、そんなビルが少し歩いたところにもう1つ.あるいて回るのがとても楽しかったです.今までに、同じ町にいろいろな建築家の建築を見て回ることはありました.例えば美術館や図書館、市民交流センターといった建築群を見られる青森県十和田市のように.しかし今回は、浜松駅から市役所までの徒歩圏内に、同じ建築家による建築がいくつもある.まちに点のようにばらまかれているものを結ぶように体験するというのは初めてのことでした.これが重要なのではないかと思います.純粋なプロセスに従って作られた建築ではできないまちへの介入の仕方が、これらの体験を可能にしているような気がしました.
ここまで、「建築」と書いて進めたのですが、どこか腑に落ちないところがありました.というのも、建物とは呼べないし、しかし建築というのもなんだか難しい、みたいな感じでした.まあぼくは建物と建築の違いもまだ明確には答えられないのですが.そんな中、Open Aの馬場正尊氏による「工作的」という言葉がセミナーで登場しました.きれいに順序だてて作られる20世紀的な建築に対し、「雑多でノイズにあふれている.統一的なイメージはなく、多様性が容認される、いい意味でいい加減な風景」これを工作的建築とし、それらは社会に対して素直に関わっていると指摘します.403の方々の建築もまさにそうで、浜松という土地に当事者性をもって介入していくような、建築のつくり方から再構築する姿勢はまさに馬場氏の視点と同じなのだということがわかりました.雑誌をめくっても、その建築のつくり方、プロセスから建築家が入っていくものが目に留まります.その理由の一部を垣間見る良い機会となりました.
403の方々の示すタグの1つに「単位反復」というものがあります.これはあくまで6つの中の1つなのですが、403の皆さんの建築への姿勢はまさに単位反復だと思われます.建築という単位を、都市の中で反復させていく.そうして都市とのフィードバックを経ながら、自らを作っていく.これまでの建築の定義とは、少し違ったものを見られて、建築の奥深さを再確認しました.
これらに類似した例として、2016年にプリツカー賞を受賞したアレハンドロ・アラヴェナ氏や、イギリスの集団であるAssembleが挙げられています.建築家コンセプトシリーズには、Assembleのアミカ・ダール氏と辻琢磨氏の対談も掲載されていましたので、そちらも再読し、知識の増強と修正を行いたいと思います.
ではまた.
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