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税制適格SOの適格要件の"真の意味"

#0_適格要件の意味は意外に勘違いされている

ほとんどのスタートアップで税制適格SOが用いられている。
税制適格SOは、法律上の適格要件を満たすように設計することで、SOホルダーが大きな税制メリット(SO行使時非課税、SO行使後の株式譲渡時点で株式譲渡所得として分離課税)を得ることができるものである。

意図された税制優遇を受けるためには、法律上の適格要件を確実に満たす必要がある。

しかし、SOの実務に携わっていると、税制適格SOの適格要件の意味が意外に勘違いされていることがよくあると感じる。

例えば、よく知られた要件の一つに、
"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行使されなければならない"
要件がある(なお、本稿の趣旨と関係ないが今般の法改正により適格要件が変更され15年経過時点まで延長される見込みである)。

この要件に関連して、あるケースを想定する。
登記上、SOの行使期間が、"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日まで"(を実質的に満たす期間が)設定されていたとする。これは、適格要件の一つに内容的には合致した記載である。

しかし、実はこれで適格要件の一つを満たしたことにはなるかには疑義がある。
SO付与契約において、"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日まで"に行使しなければならないと定めることが望ましい。
どういうことか。

#1_租税特別措置法は何を求めているのか

税制適格SOの適格要件は、租税特別措置法29条の2第1項に記載されている。
非常に長いが一旦全体を引用しておく。

第二十九条の二 
会社法(平成十七年法律第八十六号)第二百三十八条第二項の決議(同法第二百三十九条第一項の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定及び同法第二百四十条第一項の規定による取締役会の決議を含む。)により新株予約権(政令で定めるものに限る。以下この項において「新株予約権」という。)を与えられる者とされた当該決議(以下この条において「付与決議」という。)のあつた株式会社若しくは当該株式会社がその発行済株式(議決権のあるものに限る。)若しくは出資の総数若しくは総額の百分の五十を超える数若しくは金額の株式(議決権のあるものに限る。)若しくは出資を直接若しくは間接に保有する関係その他の政令で定める関係にある法人の取締役、執行役若しくは使用人である個人(当該付与決議のあつた日において当該株式会社の政令で定める数の株式を有していた個人(以下この項及び次項において「大口株主」という。)及び同日において当該株式会社の大口株主に該当する者の配偶者その他の当該大口株主に該当する者と政令で定める特別の関係があつた個人(以下この項及び次項において「大口株主の特別関係者」という。)を除く。以下この項、次項及び第六項において「取締役等」という。)若しくは当該取締役等の相続人(政令で定めるものに限る。以下この項、次項及び第六項において「権利承継相続人」という。)又は当該株式会社若しくは当該法人の取締役、執行役及び使用人である個人以外の個人(大口株主及び大口株主の特別関係者を除き、中小企業等経営強化法第十三条に規定する認定新規中小企業者等に該当する当該株式会社が同法第九条第二項に規定する認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画(当該新株予約権の行使の日以前に同項の規定による認定の取消しがあつたものを除く。)に従つて行う同法第二条第八項に規定する社外高度人材活用新事業分野開拓に従事する同項に規定する社外高度人材(当該認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画に従つて当該新株予約権を与えられる者に限る。以下この項において同じ。)で、当該認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画の同法第八条第二項第二号に掲げる実施時期の開始の日(当該認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画の変更により新たに当該社外高度人材活用新事業分野開拓に従事することとなつた社外高度人材にあつては、当該変更について受けた同法第九条第一項の規定による認定の日。次項第二号において「実施時期の開始等の日」という。)から当該新株予約権の行使の日まで引き続き居住者である者に限る。以下この条において「特定従事者」という。)が、当該付与決議に基づき当該株式会社と当該取締役等又は当該特定従事者との間に締結された契約により与えられた当該新株予約権(当該新株予約権に係る契約において、次に掲げる要件(当該新株予約権が当該取締役等に対して与えられたものである場合には、第一号から第六号までに掲げる要件)が定められているものに限る。以下この条において「特定新株予約権」という。)を当該契約に従つて行使することにより当該特定新株予約権に係る株式の取得をした場合には、当該株式の取得に係る経済的利益については、所得税を課さない。ただし、当該取締役等若しくは権利承継相続人又は当該特定従事者(以下この項及び次項において「権利者」という。)が、当該特定新株予約権の行使をすることにより、その年における当該行使に際し払い込むべき額(以下この項及び次項において「権利行使価額」という。)と当該権利者がその年において既にした当該特定新株予約権及び他の特定新株予約権の行使に係る権利行使価額との合計額が、千二百万円を超えることとなる場合には、当該千二百万円を超えることとなる特定新株予約権の行使による株式の取得に係る経済的利益については、この限りでない。
一 当該新株予約権の行使は、当該新株予約権に係る付与決議の日後二年を経過した日から当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行わなければならないこと。
二 当該新株予約権の行使に係る権利行使価額の年間の合計額が、千二百万円を超えないこと。
三 当該新株予約権の行使に係る一株当たりの権利行使価額は、当該新株予約権に係る契約を締結した株式会社の株式の当該契約の締結の時における一株当たりの価額に相当する金額以上であること。
四 当該新株予約権については、譲渡をしてはならないこととされていること。
五 当該新株予約権の行使に係る株式の交付が当該交付のために付与決議がされた会社法第二百三十八条第一項に定める事項に反しないで行われるものであること。
六 当該新株予約権の行使により取得をする株式につき、当該行使に係る株式会社と金融商品取引業者又は金融機関で政令で定めるもの(以下この条において「金融商品取引業者等」という。)との間であらかじめ締結される新株予約権の行使により交付をされる当該株式会社の株式の振替口座簿(社債、株式等の振替に関する法律に規定する振替口座簿をいう。以下この条において同じ。)への記載若しくは記録、保管の委託又は管理及び処分に係る信託(以下この条において「管理等信託」という。)に関する取決め(当該振替口座簿への記載若しくは記録若しくは保管の委託に係る口座又は当該管理等信託に係る契約が権利者の別に開設され、又は締結されるものであること、当該口座又は契約においては新株予約権の行使により交付をされる当該株式会社の株式以外の株式を受け入れないことその他の政令で定める要件が定められるものに限る。)に従い、政令で定めるところにより、当該取得後直ちに、当該株式会社を通じて、当該金融商品取引業者等の振替口座簿に記載若しくは記録を受け、又は当該金融商品取引業者等の営業所若しくは事務所(第四項において「営業所等」という。)に保管の委託若しくは管理等信託がされること。
七 当該契約により当該新株予約権を与えられた者は、当該契約を締結した日から当該新株予約権の行使の日までの間において国外転出(国内に住所及び居所を有しないこととなることをいう。以下この号及び第五項において同じ。)をする場合には、当該国外転出をする時までに当該新株予約権に係る契約を締結した株式会社にその旨を通知しなければならないこと。
八 当該契約により当該新株予約権を与えられた者に係る中小企業等経営強化法第九条第二項に規定する認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画(次項第二号及び第四号において「認定社外高度人材活用新事業分野開拓計画」という。)につき当該新株予約権の行使の日以前に同条第二項の規定による認定の取消しがあつた場合には、当該新株予約権に係る契約を締結した株式会社は、速やかに、その者にその旨を通知しなければならないこと。

租税特別措置法29条の2第1項

このうち、適格要件に関する勘違いを紐解くために重要なのは以下の部分である。

当該付与決議に基づき当該株式会社と当該取締役等又は当該特定従事者との間に締結された契約により与えられた当該新株予約権(当該新株予約権に係る契約において、次に掲げる要件(当該新株予約権が当該取締役等に対して与えられたものである場合には、第一号から第六号までに掲げる要件)が定められているものに限る。以下この条において「特定新株予約権」という。)を当該契約に従つて行使することにより当該特定新株予約権に係る株式の取得をした場合には、当該株式の取得に係る経済的利益については、所得税を課さない。

租税特別措置法29条の2第1項の一部抜粋

大雑把にポイントを抽出すると、租税特別措置法が求めているのは実は

  • SOの付与契約に、第1号から第6号の適格要件を定める

  • SOを、付与契約の内容に従って行使する

ということである。

特に重要なのは1点目の"SOの付与契約に、第1号から第6号の適格要件を定める"という点になる。

これを言い換えれば、租税特別措置法は、

  • SOの内容(=新株予約権の発行要項で定められる内容。これが登記に記載されることにもなる。)には言及しておらず、

  • SOの付与契約できちんと一定の事項を定めることを求めている

といえる。

これが分かれば、上記#0で挙げたケースがクリアに説明可能になる。
登記上、行使期間を"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日まで"を満たすものにしていても、それはSOの内容(=新株予約権の発行要項で定められる内容)の問題であり、付与契約とは関係ないから、それによって適格要件の一つを満たしたことになるか疑義があるのである。

逆にいうと、例えば登記上はSOが付与決議直後から行使可能になっていても、付与契約において、適格要件である"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行使されなければならない"という内容がきちんと定められていて、これに従って行使されば、適格要件の観点からは特に問題ないということになる。

重要なのは"SOの内容"と"SOの付与契約"を分別して認識することであるともいえる。

#2_実務で注意すべきこと

実務上、上記の内容をよく理解していないと、税制適格SOとすることを意図していたのに、実は適格要件が満たされていないSOを発行してしまうリスクがある。
しかも適格要件が満たされていないことは、発行してからすぐは発覚しないから性質が悪い。

あり得るケースとしては例えば、

  • SOの内容(=新株予約権の発行要項で定められる内容)として、"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日まで"を満たす期間を設定したが、

  • SOの付与契約には、"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行使されなければならない"という条項が含まれていない、かつ発行要項が割当契約書に引用されてもいない

というものがある。
一見、SOの内容にしっかり行使期間の制約が盛り込まれているため問題無いようにも見えるが、租税特別措置法が求めているのはあくまでSOの付与契約において定めることである。
いくらSOの内容としていても、SOの付与契約において定めなければ、租税特別措置法の求めを満たしていないことになる。

なお、例として"付与決議の日後二年を経過した日から、当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行使されなければならない"という要件を用いたが、全ての要件について同じことがいえる。

つまり、本noteの実務上の重要なインプリケーションは

税制適格SOを発行する際には、必ずSO付与契約に、全ての適格要件を確実に定めること(新株予約権の発行要項に定めただけで満足しないこと)

という点になる。

なお、発行が完了した後になってSOの付与契約の内容に適格要件の記載漏れがあることが発覚した場合、契約の変更・修正により適格性をいわば取り戻すことはできず、非適格であることが確定してしまうので、発行の段階で細心の注意が必要である(国税庁質疑応答事例「ストックオプション契約の内容を税制非適格から税制適格に変更した場合」)。

(2023年2月9日追記)
ご質問を受けたので、SO付与契約に税制適格要件を定める方法として、新株予約権の発行要項をSO付与契約において契約条件として引用するアプローチがあり得ることを追記しておきます。



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