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世襲が美談になる職人、世襲が非難される政治家

就職難の時代や求人難の時代が歴史的には交互に発生していますが、現在は一応は求人難の時代に分類されるはずです。ただ、進路に悩む若者が多いことには変わりなく、新卒での就職活動に失敗して命を絶つ人も存在します。

自分の仕事や職業を自分で選ぶのは今では当然のこととなっていますが、歴史的には自分の仕事を自分で考えて自由に選べるようになったのは20世紀になってからの話です。特に教育制度が確立し、学校を出てから就職する、という流れが出来上がったのは日本で言えば戦後です。

いわば、進路の悩みというのは現代に特有の中身と言えます。では昔の若者は進路に迷わなかったのかというと、迷っている人はいたかも知れませんが、ほぼ強制的に親の仕事を継ぐのが普通でした。女性は時代的に嫁いでいって家を離れますが、男性、特に長男は家の仕事、親の仕事を継ぐのが当然でした。次男、三男はそのサポートに回るか、家を出て同じ仕事で男子がいない家に婿養子で入るか、それでなければ全く別の仕事をようやく考える、という社会でした。

農民でも商売人でも、職人でも武士でも大まかにはこんな感じでした。もちろん100%ではありませんでしたが、子は親の仕事を継ぐものでした。

時代が変わって今では、親の仕事を継ぐ子の方が圧倒的少数になりました。大半の子どもは、中学校を出てから、高校・大学・専門学校などを経由してから自分で仕事を選んで就職します。親の仕事を継がないことが一般的になりました。

明治から昭和まで、急速に産業構造が変化したことにより、無くなった・衰退した職業があり、その代わり新しく増えた職業が出てきたためでもありますが、特に高度経済成長期に子どもが成長したら家を出て一人暮らし、そして結婚して核家族を作るようになったので、必然的に親と子の職業的つながりは無くなります。

今となっては親の仕事、特に後継ぎに困りがちな職人や小規模な商売人を子どもが継いだ場合は、自分で仕事を選ばなかったといった非難の声ではなく、むしろ美談的にメディアなどで取り上げられます。

特に伝統的な仕事であれば、受け継ぐことで日本の文化の伝承につながるので称賛されることも多いでしょう。

一方で、政治家の仕事を子が受け継いだ場合は世襲だとして非難されます。子どもの頃から親の様子を見てきて、特に親から直接知識や擬似的な経験を与えられるという点では職人も政治家も同じはずですが、その結果は称賛と非難ではっきり分かれます。

当然ながらそれには根拠のあることで、有権者に選ばれる政治家は非常に特殊な職業であり、自分で決めても議員になれるとは限らず、選挙に関して特別有利な立場(地盤・看板・カバン)を親から受け継げるということがアンフェアと見なされるからです。

これは政治家だけではなく、大企業の経営者も似たような批判をされます。ただ、企業の場合は経営者は株主が選ぶものであり、創業者やその一族が株主の場合は世襲の経営者の方が望まれるケースも多いです。従業員が出世していって社長になる、あるいは外部から有能な経営者を迎えるということも企業が利益を追求する組織である以上、理想的な形ではありますが、長期的に安定的な経営をすることが出来るということで創業者一族が世襲で経営権を受け継いでいく、というのも日本社会では結構あります。その企業の従業員にしてみればよく分からないファンドや外資に買収されるよりはそっちの方がマシ、と思っている人もいますし、その企業の商品・サービスを愛用している一般消費者も似たような感じでしょう。

ただ、やはり世襲議員・政治家についてはそもそも職業といって良いのかどうかという問題もあります。他の仕事を持ちながら社会貢献として一定期間議員として活動して、また元の仕事に戻る、というのが欧米ではもともとそうでしたし、地方議会レベルでは日本でもそういう議員もたくさんいます。

拘束時間が長く、元の仕事を続けることが出来なくなると、職業としての政治家という存在が発生します。そして職業として続けると経験・人脈(そして金脈も)が出来てこれをリセットするのが惜しい、と本人やその支援者が強く望むと、その家族特に子どもに引き継がせる動機が生まれます。

職人の後継ぎが美談になるのは、新規に職人になる人がほぼいないからです。それについては政治家も似たようなもののはずですが、政治家の世襲が非難されるのは、職人とは異なり旨い汁が吸えるからだと思われているからでもあります。

ではその旨い汁というか、政治家になるメリットをデメリットが上回るようにすれば世襲は減るはずですが、それをすると尚更真面目に政治家になろうとする人が減ってしまいます。

しかし、政治家の世襲は国によって比率が異なります。世襲議員の割合が高いかどうかは国ごとに大きく異なると思いますが、少なくとも日本においては世襲政治家が多いのは選挙で投票する人が多いからです。

正確には、世襲されることで利益を得る人達が世襲政治家に投票する一方で、それ以外の人達の投票率が比較的低いために、世襲政治家が当選しやすくなっているところもあると思いますが、根本的な問題として、国民が政治家の世襲をそれほど嫌っていない、ということではないでしょうか? もっとはっきりいうと、メディアや知識人などが言うほど、有権者は世襲が悪だとは思っていないからこそ、当選してしまうのではないでしょうか?

民主主義国家として世襲政治家でも全て選挙で当選する必要があります。参院の比例で上の順位に入れば落選の心配は減りますが、世襲したばかりの若いうちはそんな待遇は受けられません。有権者がその気になれば世襲政治家はいなくなるようには出来ます。世襲が悪だと思う有権者が実はそんなにいないというところが、多分一番の問題点なのではないかなと思います。

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