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自分が「今」二流だと認められる人は強くなれる

インセンティブ制度こそが人事の本質だと考えていた時代があって、イケイケどんどんな会社でそんな仕組を作っていた。
高級外車ディーラーとか、訪販の会社とか、投資不動産の営業とか、生損保の窓口販売とか。
そしてどの会社でも、私が作ったインセンティブの仕組みは、かなりうまく機能した。
だから、良いインセンティブの仕組みをつくれば、組織は良くなるし、人も成長できる、と思っていた時代だ。

けれども今は決してそうは思ってはいない。

インセンティブの仕組みの本質は、KPIに対するリターンだ。
収益に対する賞与が典型だ。
数値化できる基準を示し、努力のあり方をわかりやすくする。そのための教育の仕組みもセットにできれば、効果は出やすい。インセンティブの仕組みを導入した会社ほど、上司による丁寧な指導やロールプレイによる教育を徹底した。パワハラや恫喝などを取り入れた会社もあったが、多くはそうではなかった。

けれども、インセンティブ設計を20年もしていると、そのデメリットも見えてくる。

人事制度がデメリットになる理由はこれも簡単で、その仕組みに合わない人材に適用してしまう場合だ。インセンティブ制度の場合には、シンプルに、「他人に勝ちたい人」に適用すると失敗してしまう。
そのことに気づいたので共有しておきたい。

インセンティブの仕組みの本質はKPIに対するリターンだ。繰返し示した理由は、そこに「勝つ」という概念がないことを強調したいからだ。利益というKPIに対して10%を賞与というリターンで支払う仕組みであれば、10万円稼いだら1万円、100万円稼いだら10万円をリターンとして支払う。それで完結する話だ。そこにある基準はKPIのみであって、あえて行動経済学的に付け加えるなら、過去にその人が受け取ったリターンに対して増えたか減ったかという感覚だけが重要になる。

それだけならインセンティブ制度はうまく機能するのだ。

しかし、他人に勝ちたい、と思う人に適用したとたん、インセンティブは機能しづらくなる。
200万円稼いだけれど、隣の新人はいきなり300万円を稼いだ。
腹が立つ。
悔しい。
負けるのは嫌だ。
そういう感情を得た従業員が次に考えるのは、自責ではなく他責だ。

インセンティブの基準が間違っている。
計算期間がおかしい。
新人と同じ基準で比較されるのは納得がいかない。
累積で見てほしい。
能力を見るべきだ。
指導などを担当しているから時間に不公平感がある。
そもそも会社は私を大切に扱うべきじゃないか。

他人との比較は、インセンティブの良い面を壊してしまう。
そうして、柔軟な指導をしていた先輩が、後輩を妬んでいじめるようになる。
課長が部下を疎んで割の悪い仕事を振るようになる。
同僚同士がお互いに成功体験を共有せず、疎遠になる。
そんな失敗談にはいとまがない。

では、他人に勝ちたい人、を見分けるにはどうすればいいだろう。
その手法はもちろんいろいろあるけれど、シンプルに、自分のことを一流だと勘違いしている人を除外することだ。

本当に成功した人や能力がある人なら理解できると思うのだけれど、成功したり能力があったりする人ほど、上には上がいることを知っている。そのことをつらく思い、苦しむこともある。そうして、自分の優秀さを知りながらも、自分よりも上がいることを知って、研鑽を続けていく。その基準は、自分よりも優れた人であり、まだ見ぬ自分の将来像だ。

しかし自分を一流だと勘違いしている人は、周りに勝ちたいと思ってしまう。
最悪の場合、周りを蹴落とすことすら考えてしまう。行動してしまう。
勝つのではなく、高めあわなければいけないのに。
インセンティブをそんな人に適用すると、組織がやがて壊れていく。
そして、その人も壊れていく。居場所を失うからだ。

インセンティブを設計するときには、周囲に勝つことではなく、自分の将来のための成長を促さなければいけない。
それは、今、二流であることに誇りをもってもらうことでもある。

平康慶浩(ひらやすよしひろ)