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フリーランスとして独立したらCTOになった話

はじめに

みなさん、はじめまして!森 浩貴(Mori Hiroki)と言います。頻繁にハッカソンに参加する方であればお会いしたことがあるかもしれませんが、おそらく大多数の方が私と面識がないと思います。

この度、2019年8月31日付で社会人として2社目の企業を退職しフリーランスとして独立しました。そして、9月1日付で某スタートアップのCTOとして就任しました。私自身、想像以上の急展開で驚いています。簡単ではありますが、これまでの経歴とCTOになるまでの経緯、今後の予定について共有します。

学部時代から新卒入社まで

まず、私の経歴ですが世間が言うキラキラキャリアからは程遠いと思っています。大手企業出身でもなければ、有名ベンチャー企業出身でもありません。さらには、情報系出身の学歴を持っているわけでもありません。

大学の学部は社会系で「国際関係学」「国際政治学」「人類学」「フィールドワーク論」「現代哲学」「認知心理学」を主に勉強していました。卒業論文のテーマはメディア論で、現在のキャリアとは異なる分野の専攻でした。

しかし、就職するにあたってやっぱりプログラマーになりたいという思いがあり、IT系企業を中心に就活を進めました。「やっぱり」と表現した理由は、大学進学で情報系に行くか国際系に行くか悩み、高校3年秋に理系から文系に転向し国際系に進んだという経緯があったからです。

当然ながらエンジニア未経験からの就職は難易度が相当高かったですが、大手SIer子会社と社員300人規模の中小SIerから内定を頂くことができました。大手Sier子会社は上流工程を担当することが多いという説明を面接で受け、書類管理やマネジメント経験よりは実装経験を積みたいと考え中小SIerに落ち着くことにしました。

入社後は新卒研修2ヶ月、社内研修1ヶ月と大切に育てていただいたと思っています。研修後の配属では、テレビ局の基幹システム開発に携わることになりました。DBテーブル数3,600個という規模のシステム開発は、それ以降に経験したどのプロジェクトも小さいと感じるので現在もエンジニア経験として活きています。

しかしながら、私が理想と考えている社内評価制度とキャリア構築方針から程遠いところにいると日々感じるようになり、2017年12月からWeb系企業への転職活動を本格化させました。転職エージェントとWantedly経由で10社ほど応募し、3社(独立系大手SIer1社, Web系2社)から内定をいただきました。今振り返ると、ポートフォリオを何も作成せずにWeb系企業への転職を試みるのは無謀だったと思います。結果だけ見れば悪くはないですがもっと準備をするべきでした。

Web系企業転職からフリーランス独立まで

内定承諾したWeb系企業は広告系テクノロジーが強みでSES事業と自社プロダクト事業があり、当然のことながら私はSES事業からのスタートでした。4月2日(月)に入社手続きを済ませ、次の日から本格的に開発プロジェクトに参加しました。

最初の1週間を振り返ると、新しい環境での気疲れと技術レベルの圧倒的格差、広告系ドメインの知識不足という三重苦に悩みました。Linux, Docker, Nginx, Lua, AWSというほぼ触ったことのない技術でドメイン知識が完全に欠如しているシステムを構築するのは、正直言うとかなり厳しかったです。終業後と土日祝日の可処分時間をフル投入で必死にキャッチアップしました。

幸いなことにキャッチアップの効果が出始めるのが早く、ゴールデンウィーク明けには他のチームメンバーが言っていることを理解できるようになりました。そして、プロジェクト終了時にはメンバーの1人から「チームの中でシステムの仕様を一番把握している」という評価をいただきました。認められたと感じ本当に安心しました。

SES事業部での次のプロジェクトの実績も評価されてか、ビッグデータ系自社プロダクト事業部への異動を2018年10月に命じられました。自社プロダクト開発では、管理画面のフロントエンド, バックエンド, インフラの一部を担当したことで技術力が一気に向上しました。急激に伸びた技術力と一番の武器である実装速度を評価され、2018上半期(7月〜12月)の社内最優秀賞を受賞しました。

しかしながら、この時期に一番仲の良かった社員の退職と同じ技術ばかりに触れていることから来る成長鈍化に非常に悩みました。「すぐにでも辞めたい」という気持ちと、「まだ学べることがあるから続けたい」という気持ちとの葛藤。このタイミングで辞めてしまうと、新卒入社した会社を1年で離職、2社目を1年以内の離職という経歴は今後のキャリアの足かせになるという危機感もありました。

気持ちを紛らわせるために外部との交流を積極的におこない、Junction TokyoやSlush Tokyo、Facebook Developer Circleなど国際色が強いイベントに参加しました。結果的に自分の視野と交友関係が広がったので人生のプラスになったと思います。

葛藤に苦しみながらも続けているうちに今後のビジョンがなんとなく見え始め、既にやり切ったという感情が芽生え始めていたので2019年8月末での退職を決意しました。

CTOになるまでの経緯

表題と冒頭でも触れている通り、退職後はフリーランスとして独立する予定でした。フリーランスとしての最初の案件が決まり、比較的短期間(約3ヶ月)の準委任契約書類の準備を進めていました。しかしながら、契約交渉完了から1ヶ月後に先方からCTOとしての就任を打診されました。

実を言うと、今年に入ってからCTOとしての打診は5社目です。過去4社のうち2社はビジネスモデルに魅力を感じず、他の2社は働き方を含む条件面(今後の予定で触れる)での折り合いが付きませんでした。今回の提案では、条件面で柔軟に対応していただいたのでCTO就任を承諾しました。

その他の企業からは新規事業立ち上げの開発リーダーや海外事業立ち上げメンバー、スタートアップの開発責任者などの提案がありましたが、条件が合わなかったため今回は見送らせていただきました。提案自体は本当に有り難かったので感謝しています。

今後の予定

・スタートアップCTO
しばらくはCTOに注力します。10月中のMVP(Minimum Viable Product)のリリースを目指し、その後はPMF(Product Market Fit)を模索します。しばらくの間はほとんど一人での開発になりそうですが、収益化が見込めればエンジニアの採用に動く予定です。それまでにエンジニアの社内環境と制度を整備します。参考までにほぼ確定している使用技術は以下の通りです。検索エンジンとレコメンドエンジンを搭載するために機械学習とPythonを追加する予定ですが、これはいつになるかわかりません。

■フロントエンド
・Nuxt.js
・Vuetify
・Visual Regression Test(Storybook + zisui + reg-suit)
・Jest
■モバイル
・Android(Kotlin, OkHttp, Timber, Dagger, Orma)
■バックエンド
・Ruby(Rails, JBuilder, RSpec, FactoryBot, Faker)
・Go(Echo, Gorm)
■インフラ
・AWS(ALB, ECS/Fargate, ECR, S3, CloudFront, RDS, Redshift, Cognito, Route53, CodeDeploy)
■その他
・Terraform
・Serverless Framework
・Docker
・GitHub
・CircleCI
・Slack
・Jooto

・テック系サロン運営チーム
サロン運営チームの一人として引き続き務めさせていただきます。サロンメンバーの方がより快適に過ごしやすく価値を享受できるように注力すると共に、キャリア相談/支援を個人的に提供していきたいです。私の今後の方向性としてエンジニアに特化したキャリアコンサルタントになるという選択肢も考えられるので、メンバーの方との相談を通して互いに成長できる時間を過ごせたらと思っています。サロン関係者の方は引き続きよろしくお願いします。

・情報系大学院
情報系大学院への進学が条件面で折り合いが付かなかった最大の要因です。海外に挑戦するというビジョンがあるので、どこかのタイミングで社会系学の学位を情報系の学位で塗り替える必要があります。修士号取得まで最短2年の期間が必要なので、可能な限り早めに行動した方が良いと判断しました。入学試験が9月7日です。合格した場合は、2020年4月入学になります。入試合格が現在の最優先目標です。

・Facebook Developer Circle Tokyo
運営の方々にはいつもお世話になっております。DevC Tokyoのイベントには過去に何度か参加させていただいており、今後もイベントに積極的に参加する予定です。運営メンバーの一人としてシリコンバレー発の世界最大規模ハッカソンであるAngelHackに参加する貴重な機会を頂けたことは、自分の世界から一歩踏み出すきっかけになりました。これからもコミュニティやイベントの運営を一緒にしていきたいと思っているので、今後ともよろしくお願いします。

おわりに

今後も共有すべきことがあればnoteでご報告します。お読みいただきありがとうございました。

2019年9月6日(金), 森 浩貴

世界がよりよくなればいいな