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春はいつも、波のようにゆらゆらと

季節が巡り、久しぶりに東京の朝を歩いて感じた。今日、あったかいな。

仕事終わり、空を見上げるとまだ薄暗い。あれ、少し前まで真っ暗だったのに日が伸びている、嬉しい。

今日は何を隠そう4月1日。いつもより人が多かった電車には、今日から社会人になるであろう人たち、新しい場所でチャレンジする人たちがいて、みんな、眩しく見える。

年度始め、といえば学生のときからクラス替え、はたまた進学と浮き足立つことが多かった気がする。

そんな私は、同級生たちが社会人になるタイミングを2回、外から見ることがあった。

1回目は大学5年目のとき。ストレートで卒業した友達の多くは、社会人となっていった。あぁ、しばらく遊ぶ人がいなくなってしまった。気軽に声掛けて!と言われるものの、みんな忙しそうだし、何より社会人同士の会話に、何となくついていけなくなってしまった。こないだまでみんな学生だったのにな、と一抹の寂しさを覚える。

2回目は社会人になる直前の春。5月入社の私は、2-3月で卒業旅行に行き、4月はぽっかりと心が追いついていない状態だった。忘れもしない、みんなが社会人初日だったあの日、私は新しい元号が発表される瞬間をニュースで見ることに必死だったっけ。

焦っていたわけでも、自分の選択に後悔したわけでもない。でも、仲間だと思っていた人たちが、ついこの前まで平日も夜遅くまで遊んでくれた人たちが、仕事だって言って生活リズムが変わっていく瞬間が、すごく寂しかった。


かくいう私ももう社会人になって、すっかり染まってしまったけれど、今でも春は落ち着かず、そわそわとしている。

それは身近に環境の変化を迎える人がいるからなのか、今までの人生経験がそう思わせるのか。

どこかに私の心だけを置いてけぼりにして、足だけ地につけて立っているような感覚。

ひとしきり春の嵐が吹いたならば、いとも簡単にゆらゆらと揺れてしまう。

春の私の心はそんな感じ。最近は自分の、というよりは、周りの変化に触れることの方が増えてきた。

安直に感情移入してしまう私は、勝手に人の心を想像しては一緒に不安になったり、わくわくしてしまうのかもしれない。

だから落ち着かないのかな、そういうことにしよう。


明日もたくさんの人が楽しい、と思える1日になるといいな。

今日の私もみんなも頑張った!
知ってた?明日は待ちに待った華金だよ?

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