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日常になりつつあった、記憶のかけら


あぁ、帰りたくないと思ってしまう。ようやくこの暮らしに慣れてきたのに。まだまだ行きたいお店もたくさんあったのに。日常となった日々がたまらなく愛おしくなってきた。時は残酷なもので、刻々と過ぎ去っていく。
何もない、そう思って選んだ場所だったのに、こんなにも愛着が湧いている自分に驚いている。「名残惜しい」という言葉は、今の私の気持ちをぴったりと表現している。

もちろん、帰ったら会いたい家族がいる。会いたい友達や大切な人たちがいる。それは分かっている、けれど。




私は今、長野県の中信エリアにある麻績村(おみむら)で1週間程、暮らしている。最寄りはJR篠ノ井線、松本と長野のどちらにも30分くらいで行ける場所。ちなみにトンネルだらけで途中で電波が切れるのがお気に入り。便利な世の中で強制的にオフラインになる電車っていい。

電車は思ったよりたくさん来るけれど、よく逃しては次の電車に乗るのが当たり前だった私にとって、お出かけするときは時刻表とのにらめっこが欠かせない。先日、出かけるのに乗りたい電車を決めずに寝て、翌朝起きたら次の電車は2時間くらい後だった。(悔しいからもうひと眠りしたけれど!)



スーパーもコンビニも徒歩圏内にはひとつだけ、安いものや特定の商品を求める選択肢なんてない。

意外と住宅地があり、家からからこぼれる明かりはあるものの、街灯がない田んぼや畑があちこちにあって、夜は本当に怖い。地図にない道もあれば地図上の道がなかったり、Googleマップの示す近道なんてあてにならない。

村の温泉があると案内されたけれど、家から片道徒歩30分。行けなくはないけれど、絶妙に遠い。

本当に車社会の地に身一つで来た私には不便でしかない。


それでも帰りたくないと思うくらいには気に入ってきたわたしの日常。

朝、太陽の光が差し込んで目が覚め、ストーブを付ける。朝ごはんを作ってヨガをする。あるいは、朝の冷え込みに耐えきれずお布団にこもってもう1回眠る。

仕事の時間になると、窓を開けて、鳥のさえずりやたまに通る電車の汽笛、いつもと違う村のチャイムを聞きながらお仕事。晴れた日のお昼休憩はカメラを持って近くをお散歩。あったかくてぽかぽかしてる。

夜、業務終了と共に夜ごはんを作って食べて、ひと休憩。ヨガをする日もあれば、きれいな夜空の日には星を撮りに行く日もあるし、温泉まで歩く日もある。

そして、眠る前、ゆっくりと音楽を聴いて日記を書いて眠りにつく。

なんて贅沢。長野で暮らしている間、夜型人間の私が、日付を越えるまで起きていることの方が珍しかった。わたし、やればできるじゃん。


そんな生活をして思ったことがいくつかある。
暮らしに本当に必要なものは、案外少ないのかもしれない。

都会にいると、ついいいな、と思って買うけれど結局使わなかった、なんてことがよくある。

服だって本当に着るもの、着ないもの、絶対にあるはずだ。だから、年に数えられるくらいしか着ないものは、きっと既にご縁がきれているのだと思う。

ここ長野での暮らしは、情報もお店も光も人も、何もかもが溢れている都会での暮らしに比べ、すごく穏やかだ。選択する機会も迷う機会も少なく、平和そのもの。失っていた自然の音に包まれる空間は、私の創造性をも広げてくれる。

人間はなければないなりに、なんとかしようと工夫する。便利なものだ、きっと脳も喜んでいるかな、そうだといいな。


そして、自分が触れる景色、耳にする音、食べるもの、感じる空気、かぐ匂いなど、五感を使うとき、自分に合うもの、お気に入りを知っていると幸せを感じやすくなる。

私は自然が大好きで、お家からすぐ見える北アルプスがかっこいい〜って思いながら毎日過ごしている。今回は山を選んだけれど、海もいいな。それから、どこに行っても暮らしに欠かせない食べ物は卵とヨーグルト、白米に味噌汁があればもう最高だよね、だって日本人だもの。


もう1つだけ、場所を選ばず楽しめる趣味や時間の使い方は、日々を豊かにする。

私にとっては、写真を撮ること、ヨガをすること、知らない道を歩くこと、日記を書くこと、音楽を聴くこと。

なくても困らないし、今やらなくてもいいはずなのに、場所を変えてもやってしまうものたち。

そんな時間を気付かず過ごしそうになるけれど、思い返せば荷物を詰めているときから選択は始まっていたんだろうな。

私自身と向き合う時間が増えて、一緒に連れてくることを選んだものたちや、つい時間を費やしてしまうことを、私は好きなのだと自覚する。帰ったらしたいこと、会いたい人のこともね。





戻りたくない、と願うこの瞬間までもが、私がこの暮らしを手放すときを手繰り寄せている。

新しい場所での生活は、ありきたりな毎日を過ごして、止まっていた時計の針がちょっとずつ動き出すような、何も描くことのできなかったまっさらなキャンパスに彩りを加えるような、刺激に満ち溢れている。

ふるさと、と呼べるような、そんな存在が日本中に、世界中に増えたらいいな、と地図を眺めながら思う夜。

またいつか、帰ってくる日まで、記憶が色褪せないように綴る日記。

それでは、おやすみなさい〜!

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