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今日もまた、空を見上げる。

静けさに包まれた夜。

あたりは暗く、見えるのは等間隔に並ぶ街灯。聞こえるのは虫たちの鳴き声、そして私の歩く音。

誰かと楽しく過ごした帰り道、通い慣れたいつもの道をすいすいと歩く。

今日の気分に合わせた音楽を選んで、足取りは更に軽くなる。

歩いて帰るとき、空を見上げるのは私の日課。

上を向くと、いつの間にか月と一緒にオリオン座がきらきらと瞬く季節になっていた。



「月が綺麗だね」

最近、とある人にこの言葉を言われて、不覚にもドキドキしてしまった。

かの有名な夏目漱石がI love youを「月が綺麗ですね」と訳したという逸話が残っている。

この言葉の意味を知ったのはいつだっただろう。

知ってしまった今は、純粋に月が綺麗だなって思ったときも、つい言葉の持つ意味を考えてしまう。

もし逸話が本当であるならば、ロマンチック。
という言葉で片付けられないほど、言葉選びのセンスを感じてしまう。

まさに日本語って感じがする。

言葉の奥に含む意味が受け取り手に委ねられているような、何重ものオブラートに包まれているような表現。

余白が多いからこそ、人は誰かからの言葉に悩み、文学はより深みを増すのだろう。

日本語はハイコンテクスト、間接的で伝わりにくい、難しいって言われるけれど。
それでも私は、たまらなく美しい言語だと思う。


そして、月もまた美しい。

私を飽きさせないほどに、毎日違う顔をしてる。夜空をふと見上げると、思わず月の世界に引き込まれてしまう。

そんな私の好きな月は三日月。
完璧そうにまんまるな満月よりも、欠けている部分がある方が人間みたいで美しい。

三日月みたく、みんなから見えている部分は全体のほんのちょっとでしかなくて、見えてない部分の方が多かったりする。

なんて、月を眺めながら人間を重ねてみたり。


旅先で出会った人たち、世界や日本のどこかで頑張る友達。

簡単には会えない距離にいても、みんなが同じ空を、月を見てるんだろうなって思うと、やっぱり素敵。

自分が世界のどこかにいたときも、空を見て日本を思い出していたくらい、空の力は偉大だと思う。


学校で勉強したけれど、本当に地球って丸いんだな、繋がってるんだな、なんてありきたりなことを思うよ。

遠く離れていても、みんな空の下。

何度も私の心を動かしてくれた空には、すごいエネルギーが蓄えられてるんだと思う。


きっと、今も誰かが空を見上げて何かを思っている。

明日の満月、見れるといいな。

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