サービス視点で見るHuman Well-Being【学会発表書き起こし】

 本記事は2020年3月10日に開催された日本LCA学会テレカンファレンスのセッション「企画委員会による サービス学会とのコラボ企画『サービサイジング』」における筆者の発表を書き起こしたものになります。尚、内容は発表原稿に基づいて構成した上で、口頭発表やパネルディスカッションの内容も少し加えて編集しています。


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 東京大学のホーです。よろしくお願いします。

 僕は専門がサービスマーケティングで、且つ、社会学や心理学をやっているものですから。エンジニアが多いパネラーの先生方や参加者の皆さんとは違う抽象的な話が多いですが、異なる視点からの話題を提供出来ればと思います。

 さて、早速、テレカンファレンスなのに挑戦的で恐縮ですが、動画をお見せしたいと思います。

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 こちら、架空のスマートフォークという商品を使う老人の設定で、左手に持っている黄色いフォークがそれになります。彼が健康的な生活を送れるように、遠方の家族がこの商品をプレゼントしました。スマートフォークなので、そのフォークで食べ物に触れると、塩分がどのくらいとか脂肪分がどのくらいと携帯に表示されるんですね。

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 それで、この食事だと塩分を摂り過ぎだから減らしなさい、といったような教示がされるんですね。

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 このお爺さんが健康志向だったら良かったのかもしれないですけど、段々と面倒臭くなって、ポテトとソーセージという自分の食べたい不健康な食事を摂って、フォークを放っておくようになるんですね。

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 これからの時代は何でもIoTなので、ランチの時間になってもフォークが使われていないと、フォークをプレゼントした息子から連絡が来るわけです。非常に厄介なことに。

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 そうすると、人間は工夫するもので、このお爺さんもサラダを買って来て、食べはしないで刺すだけをするんですね。自分は唐揚げとかフライドポテトを食べて。そうなると、製品の限界でフォークも”Excellent!”なんて褒めたりするわけです。

(動画はhttps://vimeo.com/128873380より引用。本発表では時間の都合上、フォークのエピソードのみをダイジェストで流しました)

 この例のように消費者が意図しない行動をするような例は多く溢れており、本セッションのテーマであるサービサイジングとは、マーケティングの人間である僕からすると、こうした課題を乗り越えることに肝があると考えております。

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 これに対して、サービスマーケティングでは、2004年からS-Dロジックというフレームワークが提案されました。これは、サービスに限らず、マーケティング分野全体で2000年以降で最も引用された論文であり、サービス研究に携わる研究者は皆さん、文理の違いに関わらずその内容を知っているものになります。

 これはあくまでフレームワークなので、社会や市場をこのような視点で見てみましょうと提案するものであり、何らかの法則を示す理論のようなものではありません。時間が限られておりますので(発表時間は7分に設定されていた)、超訳の形で今日はその本質的な部分のみ説明させていただきます。

 S-Dロジックの提唱者によれば、我々人間はサービスというものを交換しながら生活をしております。日本でサービスというと家族サービスやサービス残業といった風に、無償ボランティアというイメージを持たれ易いですが、ここで言うサービスとは「特定の文脈に特定人物の能力を適用すること」、つまり能力の適用を交換しながら生活しているということになります。

 そして、サービスには直接的なものと間接的なものがあります。直接的なものは複数形としてservicesと呼ばれるのですが、これはレストランや病院等、所謂サービス業を指すことが多いです。

 一方で、間接的なサービスとして代表的なものがお金とモノになります。S-Dロジックにおけるお金は「将来的にサービスを受ける権利」とされています。肩叩き券なんかを想像されると分かり易いかなと思います。紙幣もこれと比べれば使い道としてもう少し自由度が高いものの、本質的には何らかの能力の適用を受け取る為のチケットなんですね。

 そして、モノはモノそのものに意味があるのではなく、あくまでそれは何らかの能力の適用を伝える為の媒介物として捉えられます。先程のフォークの例であれば、一つの見方としては、食物の栄養価を知ることが出来る能力が付加されていたと見なせるでしょう。なので、食べる生活者が健康になる為に栄養価を知ることが出来れば、あのようなフォークの形でなくても良いわけなんですね、本質的には。

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 もう少し典型的な例で説明します。例えば、市場で農家が漁師から魚を買ったとします。従来の考え方では、脂の乗った良い魚を買えたら嬉しいというものでした。

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 しかし、S-Dロジックでは能力適用の視点で物事を見るので、魚というモノそのものは本質的でないと捉えるんですね。それよりも、農家さんは普段から野菜を育てているから、ビタミン獲得能力が高いと。一方で、漁師はタンパク質獲得能力が高いという捉え方が出来ます。

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 この視点から、農家さんは魚を手に入れることで、魚という媒介物を通じてタンパク質獲得能力を手に入れて豊かに暮らすことが出来るようになったと捉えることが出来ます。これがS-Dロジックの最も基礎的な見方になります。

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 これと並行して、2010年代から世界的にTransformative Service Research、TSRという分野がサービス研究で盛んになってきました。TSRとは人のWell-Beingを扱うサービス研究のことを指し、今年のトップカンファレンスでもTSR専用のトラックが設定されたり、ここ2~3年のトップカンファレンスでは3割以上が何らかTSRに関連する発表になっており、非常に注目度の高い分野になっております。しかしながら、日本においてはまだ十分な認知を得られておりません。








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 日本では、慶應大学の幸福学や京都大学のHappiness研究、早稲田大学のWell-Being研究等の「Well-Beingとは何か?」を問うような基礎研究が近年盛んになってきました。

 その一方で、「経済・社会活動を通じて、どのように人々のWell-Beingを高められるか?」といった応用研究の分野は、まだほぼ見られません。僕はサービスマーケティングの人間であり、我々マーケティング研究者はプロセスというものを重視しております。ですので、市場の中の経済活動やソーシャルビジネスも含めた社会活動の中で、どうすれば生活者のWell-Beingを高められるかということの方に関心を持っています。

 先程の基礎研究に偏ると、その社会展開の多くがWell-Beingを知ってもらうワークショップに留まってしまうんですね。「後はお家に帰って自分で考えてみてください」といったような。勿論それも大切なのですが、我々生活者を支配する経済・社会活動の中でWell-Beingを高めていかなければ、社会は良い方向に変わらないと思うんです。

 そこで、去年から研究仲間とともに日本でTSRを推進する為の研究グループとして、日本TSRコミュニティという組織を立ち上げました。HPも作りましたので、是非訪問ください。先月末にドメインを取ったばかりでまだコンテンツも多くないのですが、4月以降に充実させていく予定です。メール等でご連絡いただければ、更新のお知らせをさせていただきます。共同研究のお話も大歓迎です。

 本当は今週末のサービス学会でオーガナイズドセッションを開いて、我々の研究内容をお伝えする予定でしたが、今回のコロナの影響で流れてしまいました。今月末頃かな。予稿が出ましたらそれをHPに掲載させていただきます。加えて、夏頃を目処に改めて別の場で、研究成果をお伝えする場を設けさせていただきますので、HPの方でご報告させていただきます。

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 さて、今日は抽象的な話ばかりだったので、最後に残り時間で具体的な研究事例を紹介致します。こちらは僕の博士研究で、LCA学会で議論されるプロダクトがメインのサービス事例でなくて恐縮ですが、買い物弱者の為の地域共助サービスを対象に研究を進めていました。これは日本で初めて、明示的にTSRの文脈に則って遂行された博士論文であり、恐らく現時点においても国内唯一の博士論文になると思います。

 僕の分析した事例では移動販売をしていたのですが、このサービスを利用するにつれ、最初は自分の為に商品を買うだけだった高齢者が、自主的な見守り活動等を行なうように変革していきました。そうした要因やプロセスを明らかにしたものになります。

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 この研究が示したのは、消費者の成長・変革には3つの状態があるということです。最初は商品を買うだけ、つまり自分の為に個人行動を取る状態で、これを受容者と呼びます。写真では、右側のスタッフが左側の消費者の膝元まで商品棚を運んで商品の説明をしています。

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 その受容者がサービスによる支援を受けることによって、準行為者へと変革していきます。彼等はこの写真のように、自分の知識等の資源を他の人に伝える行動が多く、これは自分の為に社会行動を取っていると解釈出来ます。









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 最後に、一般行為者という社会の為の社会行動を取る状態へと変革していきます。この写真のように、信頼し合った関係性の中で談笑するといった情緒的価値を作り上げたり、見守り活動といった向社会的行動を自主的に取るようになりました。

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 博士論文では、こうした変革をモデル化しました。このモデルの特徴としては、サービスの関係性の中で、支援を受けることによって消費者である高齢者が参加障壁を克服しながら価値を獲得し、自己効力感や共同体感覚といった内的な成長をすることによって下から上へと変革していくことを示している点にあります。

 S-Dロジックの能力適用の視点から、能力の成長を人のWell-Beingとして据えております。また、このモデルが示しているのは個人レベルでも価値を獲得出来ていると同時に、一般行為者が増えることによってコミュニティの持続可能性が高まって、集団レベルとしてもWell-Beingを高めることが出来ているということになります。

 以上、駆け足になってしまいましたが、後のディスカッションでもう一度詳しく触れる機会をいただけましたら幸いです。ご清聴ありがとうございました。

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(パネルディスカッションでの最後の感想コメント要約)

 サービス研究においてもこれまで消費者は変革しない、一定の状態を保つ存在として見なされていることが一般的でした。同様に、LCA研究においても、僕の知っている範囲内では、使用フェーズにおける消費者は変革しない画一的な存在としてコスト等が計算されているのではないかと思います。

 消費者をサービスのプロセスを通じて変革・成長していく動的なものとして捉えて、彼等のWell-Beingをどうすれば高められるか、どのようなサービスのデザインが必要か、といったことを明らかにしていくことが自分の使命だと思っておりますし、本日のセッションを通じて、そうした視点を持つことがこれからのサービス研究及びLCA研究にとって重要になって来るのではないかと改めて感じました。本日は素晴らしい機会をどうもありがとうございました。

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