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システマ随想 第六回 「ミカエル・リャブコインタビュー」 文/北川貴英

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ロシアン武術「システマ」の公認インストラクターである、北川貴英氏が書き下ろしで語る、私的なシステマについての備忘録。第六回目の今回は、5月の来日時に行われたミカエル・リャブコへのインタビューをお送りします。この数日前に対談した甲野善紀師の新著「神技の系譜」に絡め、ロシアにおける武術の達人の話を聞きました。ロシア古武術の英雄譚から、「システマ」と名付けられた意外な経緯、日本武道への見解など、普段のセミナーではあまり聞けない話を聞くことができました。システマへの理解が深まると同時に、ロシアの歴史にも詳しくなってしまうというおトクな内容です。


システマ随想


第六回 「ミカエル・リャブコインタビュー」

文●北川貴英


知られざるロシア史を彩る戦士たち

—かつてロシアには優れた戦士がたくさんいたと聞いています。ミカエル自身はそういう人に会ったことはありますか?

ミカエル たくさんいました。覚えていない人もいます。でもここ10年間は軍でそれほど強い人はでてきていません。私が良いと思うマスター人は昔のスメルシ(スターリン直属の防諜部隊 参照wiki )のメンバーなどですが、いまも具体的な名前を挙げることはできません。彼らは戦時中、ドイツのスパイを収容するのが仕事だったのです。
 彼らは相手を殺しても怪我をさせてもならない、という厳しい条件を課せられていました。生け捕りにしないと、情報を得ることができないからです。そのため、もし殺してしまっては処罰されてしまいます。もちろん射撃もできますが撃ってはいけないのです。もちろん自分が死んだり、捕まったりしてしまうこともいけません。多くの情報を相手に引き渡すことになりますし、さらに自分の家族までも狙われてしまいます。

 私の思うマスターの多くは前線で活躍していました。そのためとてもよく訓練されていたのです。あらゆるスポーツに多くのマスターたちがいるでしょう。それと同じように、軍にも多くのマスターがいたのです。

—古い時代ではどうでしょうか?

ミカエル 戦士について考えるなら、ソ連時代よりも古代のことを考えると良いでしょう。剣を持って戦っていた時代です。例えばキエフ・ルーシ時代の大公、アレクサンドル・ネフスキー(1220年- 1263年 参照wiki)、トヴェリのミカエル(ミハイル・ヤロスラヴィチ 1271年 - 1318年 参照wiki)、ウラジーミル・スーズダリ大公国(参照wiki)の時代の話です。また、アンドレイ・ボゴリュプスキ-(1111年頃‐1174 年 参照ロシア語wiki)も同じくウラジーミル・スーズダリ公国の人です。彼にはこんな伝説があります。
 ある日、15人の刺客が彼を殺しにやって来たのです。夜、寝首をかきに来たのです。その時、彼はぐっすりと寝ていた上に、手元に剣もありませんでした。でも彼はちょっとした傷を負っただけで生き延びました。敵の剣を奪って戦ったのです。

 他にも聖ゲオルギー勲章をもらった人物にこんな人がいます。ドイツ騎兵15人を相手に一人で闘い、撃退したのです。彼は15回サーベルで斬られ、馬も怪我をしましたが、5日後には元気に歩いていました。日露戦争でも、日本軍ではロシア人一人を相手にする時は、必ず3人で立ち向かうようにと命じられていたと聞いたことがあります。他にも有名な人としては、スヴォーロフという将校がいます。(アレクサンドル・スヴォーロフ 1729年- 1800年 参照wiki)この人は一回も負けたことがありません。彼の率いる部隊がドイツ人と戦いましたがドイツ人が100人死んだのに対し、一人しか犠牲者がでませんでした。そのくらい一人一人の練度が高かったのです。

 海軍ではウシャコフ(フョードル・ウシャコフ 1744年-1817年 参照wiki)がいます。彼もトルコやドイツと何度も戦いましたが、一度も敗けていません。「タタールのくびき」の時代にも戦士たちはいます。チェルベイを破ったペレスヴェート(アレクサンドル・ペレスヴェート ? — 1380 参照ロシア語wiki)。その時の軍を率いたモスクワ大公ドミトリ・ドンスコイ(1350年 - 1389年 参照wiki)、もう少し時間をさかのぼれば、モスクワ公ダニール(ダニール・アレクサンドロヴィチ 1261年 - 1303年 参照wiki)など、こういう人たちを色々と挙げることができます。

 みんな理想的なマスターでした。ロシアの戦士たちは子供のうちに洗礼を受け、11歳になったら戦争に出て行きます。地理的に周囲を敵に囲まれていたこともあり、コサックの人たちは素手での戦いにも長けていたのです。

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