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いろどり川。時代の流れに押し流されるように、古い昔からの産業はいつの間にか滅びてしまう。しかしその伝統をさまざまな思い出で守ろうとする人達もいる。

「自分にもっと力があれば・・・」
と奈月は心の底から思ったことがあった。
「でも、どうにもならない・・・」
そう思い返した時の歯がゆさが、
今の奈月の原動力かも知れない。
奈月の父が、家業の呉服屋を閉めたのは、奈月が
高校に上がったばかりの頃だった。着付けの面倒な
着物を女性が身につけなくなったのは、時代の流れ
だろう。しかし、江戸時代から続いた暖簾をおろす
ことは、生活の為とは言え、父にとっては命を引き
さかれる思いだったに違いない。
「お父ちゃんの力になりたいんや」
そう思っても、呉服屋の一人娘で何不自由なく
15歳になった奈月には、どうしようもなかった。
お客さんの前で正座して、色とりどりの反物を、
川のように幾筋も流して話をしている父の姿を、
もう見ることはできない。そう思うと、
喉のあたりがカアーと痛くなって涙があふれた。
着物のことしか知らないで50前まで生きてきた
人で、人の良いことだけが取り柄のトッチャン坊や
の父が、世間に一人出ても、ボロボロになるのは
15歳の奈月にも目に見えていた。
「奈月が高校を出るまでは、何としても頑張る」
そう言って、ビルの守衛の仕事を3年続けた。
奈月の父の黒い髪は真っ白になり、ツヤツヤの顔は
皺しわでシミだらけになった。どちらかと言えば
若く見えたのに、とても50には見えない
70歳くらいのお爺さんのようになってしまった。
奈月が大学生の頃、父は肝硬変で入院した。
仕事のストレスを紛らす為に、浴びるように飲んだ
酒が原因だった。
命は取り留めたものの、5年過ぎた今も入退院を
繰り返していて働いていない。
なんとか大学を卒業した奈月は、京都の呉服屋に勤め始めた。
「何を好きこのんで、そんな商売・・・」
自分の過去を振り返って父は反対したが、
奈月の心は、父が暖簾を下ろした15の日に決まっていた。
「これからは、逆に、和服が面白いと思って。
お父ちゃんの力になれなくて歯がゆかった思いは、
これからの私の為に使わせてもらうわ」
入社2年目でデパートの呉服売り場の責任者になった奈月は
色とりどりの反物の川を今日も流して続けている。
 

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