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あかおに

 よごれたひざ小僧をハンカチでぬぐおうとしたその時、ビュッと強いからっ風が突然ふき、幸尾の手からハンカチがざぁーっと飛んでいった。
 いそいで辺りを探してみるもみつからない。河原には歯抜けのように、幸尾の背丈くらいの細い草もたくさん生えており、泣きたい気分で草をかき分けて探していると、遠くの方からかすかに(おーい)とよぶ声がきこえた。顔をあげると、川向こうの草の中から「おーい」と子どもが手をふっていた。おおきくふられた手には、幸尾のハンカチがにぎられている。
 幸尾は立ちあがり、「おーい」と返事をすると、川上にある数メートル先の橋を指さして、走った。相手もおなじ方向へ走った。幸尾は河原をあがって簡易なぼろぼろの橋をわたり、川向こうへたどり着いた。同い年くらいの男の子が橋のさきで待っていてくれた。幸尾はほんのすこし、ちいさな恐怖を感じ、身構えた。大人たちのいっている、川向こうの赤鬼ではないのか。少年は、真っ赤な着物を着ていた。行ってはいけないといわれていた川向こうへ来てしまった。橋をわたってしまった。幸尾はちいさなしんぞうを慄わした。
「これ、おめの?」
 そういって、幸尾のハンカチを差しだすと、なにかに気づいたのか、赤い着物の子どもは突然わらいだした。幸尾はむっとして「なんだだ」と、ハンカチを拾ってもらった感謝も、さきほどまでの慄えも忘れて問うた。腹をかかえてまだ笑っている赤い子どもは、めに涙をひからせて、
「ハンカチの柄と、おめの服、一緒すけ」
 と、もう一度幸尾をみてまた笑った。
 幸尾は、差しだされたハンカチをつかみながら、自分の半ズボンをまじまじとみつめた。オバがこのズボンを縫う際に、余り布でハンカチを作っていたのだ。それは、ぐるぐるとしたから草模様の柄をしていた。ふと、おわらい番組のどろぼうを思いだして、幸尾も笑った。一度笑いだすと、もう止まらなかった。おかしくておかしくて、お互い腹をかかえて、立っていられなくなり、四つん這いになってもなお笑い続けた。すると、全身の力がぬけ、幸尾の尻から屁がでた。さっきからがまんしていたのだ。妙に高音で長尺の屁だった。一瞬、二人は顔をみあわせた。それがなぜか真剣な顔つきになってしまい、そこからまた息をするのも困難なほど、くせえくせえと笑いあった。

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