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それから幸尾は毎日、河原へ出向いた。形のいい小石や木の枝を探したり、

 それから幸尾は毎日、河原へ出向いた。
 形のいい小石や木の枝を探したり、石をできるだけ高く積んだり、岩についた苔やつららを眺めたり、そういった一人でできる限りの遊びをこなしながら、ちらちらと川面へ目を配った。川上から赤い花びらがひらひらと流れてくるかもしれないからだ。毎日ではないが、それは水流に乗ってやってくる。幸尾はそれを見逃すまいとした。
 陽が傾きかけた頃、まずは一片、赤い花びらが流れてきた。先陣を切って勇ましく流れてくるそれを、幸尾は川べりからじっと見つめた。丸く大きな赤い花びらが流れていく様を見つめながら、幸尾の脳裏には絵本で見た一寸法師の舟が浮かんだ。小さな針を腰に差し、お椀に乗って都へ向かう少年。そんな勇猛果敢な一寸法師が乗るお椀の後方から、どんぶらこ、どんぶらこ、と続けて数枚の花びらが流れてくる。列をなしながらゆらゆら流れてくるそれは、まるで貴族が船遊びに興じるかのような優雅さがあった。赤く華やかな船からは、雅な音楽や、高い笑い声が賑やかに聞こえてくる。
 幸尾は、たゆたいながらもきびきびと進む赤い花弁を見送ってしまうと、そのまま川べりに座り込み、静かな水の流れを見つめながらじっと待った。約束したわけではない。が、赤い花びらが流れてきてから一刻ほど経つと、銀ちゃんがこの河原へやって来るのだった。
 少年の名前は、銀ちゃんといった。赤い花びらは、その銀ちゃんからの「今から行くよ」という合図だった。特別示し合わせたわけではなかったが、毎回決まってそうだったため、幸尾はそう解釈していた。
 ある時は、銀ちゃんの藁草履が片方だけ流れてきたことがあった。これはいけないと思い、幸尾は川の中まで進み、必死になってそれを拾った。やがてやって来た銀ちゃんに手渡すと、「拾ってくれただ?ありがとな」と恥ずかしそうに笑った。銀ちゃんの足は、片方だけ裸足だった。
 なぜか二人は唐突に笑いがこみあげ、腹がよじれるほど笑いあった。笑いながら、なぜこんなにも可笑しいのだろうと、それさえも面白く思えてきて、幸尾は立っていられなくなり、四つん這いになって笑った。すると、幸尾の尻から屁が出た。長い音を立てながら出た屁は、妙に高音で、二人はそれを合図に、取り返しにならないほど、息が苦しくなるほど、笑った。銀ちゃんは河原の上で腹を抱えて、足をばたつかせた。
 ああ、もう一生、これ以上笑うことはないのではないか、笑いが落ち着いた頃、涙を拭きながら二人は言った。

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