見出し画像

まい すとーりー(15)『カラオケ歌詞集ベスト 2000』をプレゼント

霊友会法友文庫点字図書館 館長  岩上義則
『法友文庫だより』2024年冬号より


 すごい仕事をする人がいるものです。点字の『カラオケ歌詞集 ベスト 2000』を完成させ、無償で提供する岡村晴朗さんのこと です。岡村さんは、盲学校の元教師で、東京都立八王子盲学校や 同久我山盲学校に勤務歴があります。
 この歌詞集はピンディスプレイ(点字を表示する機器)用に作 られており、16マス用と 32マス用がありますが、いずれは紙の 印刷に対応したデータも作るそうです。
 点字技能師の岡村さんは、コロナ禍の自粛生活の中で、歌詞集 の点字データ化を思い立ったと言います。
 3年半かけて作り上げた歌詞集には、昭和の演歌、歌謡曲、フ ォークソング、ニューミュージック、話題の新曲まで網羅してい ます。また、曲は 50音順に掲載していて、点字を読みながら歌い やすいように、曲名の後に歌詞が書かれ、歌詞の後に歌手や作詞 家・作曲者名が書かれています。どの曲も点字1頁に収まるよう に、最大 64行のデータにしています。歌詞集には曲名一覧が付い ているので、それを読んでいるだけでも楽しめます。  カラオケ好きの私が早速、歌詞集を申し込むと、2日後にはデ ータがメールで届きました。パソコンからピンディスプレイにデ ータを送信して使うのですが、なにしろ 2000曲という大量のデ ータですから、5秒や 10秒で受信できるような代物ではありま せん。約3分は待ち続けたでしょうか。それだけでも 2000曲の すごさを感じたものです。

歌は世につれ世は歌につれ

 データを手にして、まず知りたかったのが1曲目は何だろうと いうこと。1ページ目を開くと「あゝ上野駅」でした。

「どこかに故郷の香りを乗せて 入る列車のなつかしさ  上野はおいらの心の駅だ くじけちゃならない人生が  あの日ここから始まった」  

関口義明 作詞「あゝ上野駅」歌詞より

 これが井沢八郎によって歌われたのは、たぶん昭和 37 年で、私が進学のために上京した年だったと思います。歌詞が自分の心の 内を写しているようで、ジンとくるものがありました。

 当時、私はひとりで金沢から夜行に乗って、9時間かけて、翌 朝6時頃、上野駅に着きました。
 ところが、迎えに来るはずの親戚の子がなかなか見つけてくれ ません。5分も待つと不安はもう限界で、このまま野良猫のよう に東京にほうり出されるのではないかと、そのときの心細さと言 ったらありませんでした。
 間もなく見つけてくれたので事なきを得ましたが、東京暮らし の寂しさは一月以上も続きました。

 誰しも好きな歌には思いがからむものですが、私の知人は「別れの1本杉」が好きなのだそうです。その理由を聞くと、就職で 村を出るとき、その歌の歌詞と同じように幼馴染の女の子と「泣けた 泣けた」の別れをしたのだと言うのです。
「いいな。俺にはそんなロマンスは何も無いよ」とうらやましげ に言うと、その知人は、「その分お母さんが『泣けた 泣けた』と言 ってたそうじゃないか」と、ずれた話で言い返しました。
 とにかく、「歌は世につれ世は歌につれ」と言いますが、歌は時代や出来事を映す鏡のような働きをします。昭和30年代前半には「有楽町で逢いましょう」や「一三、八〇〇円」などの歌も流行りました。

「有楽町で会いましょう」は、しっかりと『カラオケ歌詞集ベスト 2000』の中にもありました。「一三、八〇〇円」の歌にどのよう な意味が込められているかと言えば、当時の若手サラリーマンの 給料がそのくらいだったようです。歌の締めが「楽じゃないけど 一三、八〇〇円 ぜいたく云わなきゃ ぜいたく云わなきゃ 食 えるじゃないか」となっていました。


カラオケはハンディの少ない娯楽

 昭和 30年代にはまだカラオケはなく、歌声喫茶という店が流行っていました。店には上手なアコーディオンやピアノの奏者が いて、その人のリードによって客全員に歌わせるのです。
「山男の歌」「ともしび」「カチューシャ」「山のロザリア」「ローレ ライ」などが全盛で、楽しく歌ったものでした。

 歌声喫茶が 40年代に入るとカラオケに取って代わり、俄然ブ ームとなりました。昭和、平成、令和へと時代が変わってもカラオケの人気が衰えることはありませんでした。音楽媒体もテー プ、CD、DVDへと変化しただけでなく、最近は通信カラオケ が主流となって、施設や家庭でさえ通信カラオケを楽しむ人がい るようです。

 視覚障がい者にカラオケファンが多いのは言うまでもありませ ん。最もハンディの少ない娯楽の一つと言えることから、大勢が楽しんでいます。
 ただ、歌詞に関しては不自由が無いわけではありません。
 晴眼者ならイントロと共に歌詞や風景が画面に表示されるの で、それを見ながら歌えばいいのですが、視覚障がい者の場合、 いかに歌が好きでも全曲を覚えて歌うのは至難のことですから、それぞれが工夫して対応しているようです。

 最も多く見られるのが、自分用の歌詞カードを点字で作って歌うことでしょう。次に見られるのが、歌うとき、晴眼者にそばで 1小節ずつ先の歌詞を読んでもらって、それについて歌う方法で す。
 私は点字カード派で、好みの歌 100曲ほどをピンディスプレイに入れて歌っています。ピンディスプレイは紙媒体とは違って、 軽い、かさばらない、検索が速い、移動に便利など、メリットがたくさん。紙の物理的不便さから解放されるので、決して紙に戻る ことはないでしょう。

 その点から言っても、岡村さんが製作し、無償で提供してくださる『カラオケ歌詞集ベスト 2000』はありがたく、感謝の他あり ません。
 最後に、岡村さんは次のようなコメントを加えているのでご紹介します。

「この『カラオケ歌詞集ベスト 2000』を多くの皆様に使っていただくことで、あらためて点字の素晴らしさを実感していただけたら幸いです」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?