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アリは欲しがらない

アリのところへ行け

〝ありのところへ行け。そのやり方を見て,賢くなれ。ありには司令官も,つかさも,支配者もいないが,夏の間にその食物を備え,収穫の時にその食糧を集めた。〟

歴史を垣間見るというのは、思ったより難しいものだ。

この場所に〝何千年も前に大文明があった〟と、岩だらけの草地の上で言われてもピンとこないだろう。

映像や書物が今に伝えていることも、ほんの一部に過ぎない。

だから、賢者は歴史から学ぶと言ったところで、本当に全てを理解しているといえない状況では、大勢の人を間違った方向に導いてしまいかねないのだ。

あなたがた人間が自分たちを見つめなおすことが出来る唯一の方法は、他人の、というよりた生物のつくった文明のたどった道を見ることであると思う。しかし、そんな生物などいるのだろうか。

2012年、アメリカの地方都市の郊外にある小さな町で、新たな文明がひそかに誕生していた。文明の中心となったのは、あなたの耳に入っていないことでも分かる通り、人間ではない。

もちろん、サル、オランウータン、その他の霊長類でもないし、クジラやイルカや魚でもない。彼らよりももっと、あなたがた人類が、いろいろな意味で下に見ている存在である。

黒くて小さく、自分の体重の数倍のモノを持ち上げることができ、集団で生活していて、ゴキブリ以外。皆さんもご存知のアリという昆虫だ。

文明の中心となるこの町には、大学の研究施設や発電所、そして民家が数軒と廃業したスーパーセンターだけが農場の中に取り残されたように佇んでいるだけである。なぜこんなところで、よりにもよって体長十数ミリの昆虫が文明を持つようになったのだろうか。

原因は三つある。

まず最初の原因は、アリ自身だった。ならずもののアリたちが発電所に入り込んで停電を引き起こすのはアメリカではよくあることだが、この発電所はすでに閉鎖が決まっていて、人員を削減したため、アリが原因の停電が5日間も続いてしまった。

それから、二つ目の原因が、近くにある大学の研究施設だ。

この施設は有名な生物学の研究施設で、生物にそれまで持っていなかったモノを持たせたらいったいどうなるのか、生態系の中の立場がどう変わるのかという考えられないようなテーマを持ち、閉鎖された広大な空間の中で独自の生態系、「通称・バイオスフィア3」と呼ばれるものを構築し、一般からの見学客も多かったが、最近はほとんど誰も来ることはなかった。2011年の9月で運用が停止され、内部の動物たちはほとんど壊滅状態に陥る始末だった。

そして、三つ目の原因が、前述の二つが一つの場所で起こったことだ。

停電によって、研究施設内に放置されていた、“生物の知能や感情を発達させる細菌”が漏れ出してしまったのだ。

あとの展開はもうお分かりだろう。

漏れ出した細菌はあたり一面に広がり、研究施設の中で唯一生き残っていたクロオオアリ、クロヤマアリ、ツムギアリ、ミツツボアリ、トゲアリ、ウミトゲアリ、ハキリアリ、アミメアリなどのアリたちが知能を得て、文明を築くようになったということだ。

変化を伝えるためにはまず、元の状況から説明しておかなければならない。

まず、「バイオスフィア3 略称:B3」はドーム状の屋内施設で、生態系が落ち着くまで気候を調整することになっていた。そして、B3の追加施設として建設された「バイオスフィア4 略称:B4」 は一つの通路でB3と連絡していて、B3を外側から取り囲むような形になっていた。発電所はコンクリートで施設全体が覆われているでもので、内部のほとんどは砂地で、ネズミなどがすむ不衛生な場所だった。

そして、発電所とB3・B4、それから数件の民家と廃墟のスーパーセンターは送電のための地下ケーブルによってつながっていた。

最初に文明を築いたのはクロオオアリだった。

結婚飛行を終えたクロオオアリの女王アリが、B3を流れている川の下流に巣をつくったのが始まりだった。最初は10匹ほどの小さな巣だったが、上流から虫の死体などがたくさん流れて来るので、エサが豊富で3ヶ月ほどで働きアリが200匹を超えるまでに大きくなった。

それから、そこに別の女王アリが数匹降りてきて、近くに巣を作り始めた。

2012年の7月が終わるころには下流に1500匹ほどが集まり大きな集落を形成するようになった。そして、このころからアリ同士で会話をするようになっていた。

最初に行動を起こしたのは、最初に下流に降り立った女王アリだった。この女王アリは、今まで流れ着いた虫の大きさを聞くことくらいにしか使っていなかった会話を初めて道具として活用しようと考えたのだ。

まず、隣の巣に働きアリを送り込んで話をしたいということを相手に伝えた。それから、女王アリ自らが隣の巣に入り、そこの女王アリと話をした。まず最初に話したのは、最近巣に起こったおかしなことについてだった。

「最近何かおかしいと思わないか?」

「どういうことだ?」

「川をさらに下ったところに偵察に行った働きアリだけ、一匹も戻ってこないんだ。きっと得体のしれない何かに襲われたんだ。そうに違いない」

「私の巣は今、虫をため込むための貯蔵庫を掘るのに忙しいから、そんなことは知らない」

「でも、もしお前たちの巣も襲われることになったら大変だぞ」

「何も襲われたとは限らないと思うぞ。水にさらわれただけかもしれない」

「そうかもしれないが、得体のしれない何かが襲ってきているんだとしたら、お前たちの小さい巣はひとたまりもないだろう」

「それはそうだが…」

「そこで、相談なんだが、私たちの巣と、この巣をつなげないか?そうすれば、何かに襲われた時でも抵抗しやすくなるし、女王アリが2匹いれば、巣が途絶えにくくなるだろう」

「つなげるのは誰がやるんだ?私の巣の働きアリだけでは賄いきれそうにないぞ」

「それは心配するな。私の巣の働きアリを50匹そちらに送ろう。ただお願いがある」

「なんだ?」

「50匹の食べるエサはそちらで用意してほしい」

「なんだ。それくらいなら大丈夫だ。エサならいくらでもあるからな」

「よし。成立だな」

なんと、この女王アリは、得たばかりの会話というツールを使って、近くのアリの巣と協力関係を築くことに成功したのだ。次に、この女王アリは自分の巣に帰って、得体のしれない何かに仲間が襲われたかもしれないと告げた。混乱する働きアリたちに落ち着くように注意してから、侵入者に用心して、少しでもおかしいと思ったら迷わずに攻撃するように伝えた。

その日、働きアリたちの中では様々な憶測が飛び交った。

「エサをとりに行くと危険な目に遭うに違いない!みんなでかくれたほうがいいんじゃないか?」

「でも今までエサをとりにいったときはなにもなかったじゃないか。ただ水にさらわれただけじゃないのか?」

いろいろな意見が飛び交ったが、最も支持されたのは、働きアリの中でも最も年長のアリのこんな見解だった。

「上流から得体のしれない何かが下りてきて、怠け者を襲うのさ」

それからというもの、いいのか悪いのか、怠け者は消息不明になるから一生懸命に働くようにという迷信が広がり始めた。その迷信はやがてこの巣だけでなく、下流に巣をつくっているアリたちにも広がっていった。

そんな間にも、女王アリは他の巣の女王アリと話をし続けた。そして初めに話をした巣との貫通作業が完了し、300匹がひとつの巣としてまとまった。残り4つの巣のうち3つは大きな巣に合流することに合意したが、2番目に規模の大きい、400匹の働きアリがいる巣とは話をまとめることが出来なかった。

その巣の女王は、一つの大きな巣に合流すれば全権を明け渡してしまうのではないかと考えたからだ。

大きな巣の女王アリたちは非常に怒った。というのも、彼女たちが考えていることを実現するためにはどうしても彼女たちが考えていることを実現するためには、どうしてもこの小さな巣と一緒になることが必要だったからだ。

あるとき、リーダーの女王アリたちに対して、一匹の働きアリが「なぜそんなに小さな巣を合流させることにこだわるのか」と問うたことがある。その答えは得体のしれないモノから身を守ることとは全く何の関係もなく、

「たしかにあの巣のアリの数はこちらの巣にいるのとは比べ物にならないくらい少ないが、あの巣にはとても頭の良いアリがいる。そいつはまだ生まれてから数か月しかたっていないのに、誰よりも大きい虫を何匹も見つけることが出来るしいろいろな奴を動かして生きた獲物も捕まえたことがあるという。それも、ただの虫なんかじゃなく大きなカエルをかみ殺して持って帰ったというんだ」

「私は今とてもいいことを考えている。うまくいけば私たちの誰一人として働かなくてもよくなるし、敵から身を守ることもしなくてよくなる。ただ、うまくいかせるためには、そういう頭のいい奴が必要なのさ」

女王アリはさらにヒートアップして、

「いいか。あの巣が仲間に加わるというまでは、絶対にあの巣のアリと話をしてはいけない。もし一言でも話したりしたら死刑に処する。それから、あの巣に忍び込んで出来る限りの食料を盗め。食料がなくなれば助けを求めざるを得なくなるに違いない。これは女王命令だ!今すぐ皆に伝えろ!」とその働きアリに告げた。

働きアリは最初は全く意味が分からなかったが、3ヶ月ほどすると女王アリに先見の明があることを知ることになる。

一方、孤立してしまった方の巣では外側との連絡が絶たれてしまったため、「川の上から得体のしれないモノが流れてきて怠け者を襲うから気を付けろ」という迷信が、「川の下から得体のしれないモノが遡ってきて怠け者を襲うから気を付けろ」という迷信に変わっていた。

さらに悪いことに、孤立してから数週間の間に、大きな巣の女王アリ:クイーンの企てによって食料がなくなり、地震の発生によって川の下流から水が逆流するという現象を目撃したりしたため、この孤立した巣のアリたちは下流からの得体のしれないモノの存在を完全に信じるようになってしまった。

ただ一匹、例の頭の良いアリを除いて。この頭の良いアリ:スマートは、食料が枯渇したことは大きな巣のアリのせいだとわかっていたし、川の逆流も地震のせいだとわかっていたが、あえて指摘しなかった。

スマートは、「得体のしれないモノ」の力を利用すれば、400匹をまとめる巣の実権を握ることが出来るのではないかと考えたからだ。

スマートは自分の巣の最高権力者、つまり女王アリと話をし、巧みな弁舌で川の上流に巣ごと引っ越しするという案を認めさせた。女王アリが、「危険で得体のしれないモノがいる下流から上流に引っ越す」というアイデアを巣中に発表したときには、働きアリの中から歓声が沸き上がった。

それからの行動はとても早く、10日もすると400匹全てが川の中流の方へ移動を開始した。もちろん、新しい巣はすぐには作れないし、食料だって十分にあるかどうか分からないことは、スマートにも分かっていた。それでも、働きアリたちの誰一匹として川の下流に戻りたいと口に出すものはなかった。せっかく集めた食料が一晩の間にすべて奪われたり、目の前で仲間が川の逆流に飲まれたりするのをもう一度体験したくはなかったからだ。

スマートたちの巣が引っ越しをしたことはすぐにクイーンにも伝わった。はじめこそクイーンは自分の計画がうまくいかなかったことに憤慨していたが、やがてそれも収まり、自分の部屋にこもるようになった。

クイーンの巣の働きアリたちは心配して、「あなたなら大丈夫です」「我々はあなたのために忠誠を誓い、働きます」などと慰めの言葉をかけたものの、クイーンは一言も話さなかった。

クイーンが部屋に閉じこもってから4日後、クイーンの巣で最も賢いアリ:クレバーが部屋に入って、一晩中クイーンと話した。何を話しているかはほかのアリには一切わからず、いつまでも出てきそうにないため、クレバーはクイーンに下手なことを言って殺されたのでないかとのうわさが立ったが、2日後に無事に部屋から出てきた。

クレバーは年長の働きアリたちがいる中で、

「女王は素晴らしいことを考えている。ただ、それだけの仕事をこなせる奴がこの巣にいないことでお悩みになっていたのだ。私がその仕事についていくつか提案をすると、それならお前に任せようと仰せになった。この仕事が完成すれば我々は働かずに暮らすことが出来るし、敵から身を守るために戦って草の上にたおれることもなくなるだろう。みなのものは私に従ってどのように女王のお考えを実らせるかについて話をしようじゃないか」

クレバーは長老たちの前でその計画を話そうとしたが、長老のアリにさえぎられてしまった。

「わが敬愛なる女王がそのような怠け者まがいの事を言うわけがなかろう。お前は私たちをだましてこの巣を乗っ取ろうとしとるのじゃな。この間抜けな若造どもはだませても、海千山千のわしらをだませると思ったのか」

長老の話が終わると、一部の働きアリたちから怒号が上がり、クレバーの方に向かってきた。女王アリが閉じこもっているのをいいことに巣を扇動して乗っ取ろうとしたのであれば、立派な不敬罪で、アリの世界では八つ裂きの刑に値するからだ。

クレバーが兵隊アリたちに運ばれて、あと少しで殺されそうになったとき、クイーンの声が響き渡った。

「まて。もうよい。そのものを放せ」

巣の中が一瞬静寂に包まれた。

この巣の絶対権力者が放せというのだから、兵隊アリもそれに従った。

クイーンは続けた。

「そのものは私のやりたいことを見事、皆に伝えている。そのものは素晴らしい弁舌と提案の能力を持っている。現に、お前たちも怠け者まがいの事と理解できているではないか。わたしにはそこまで物事をうまく伝える事はできない。その証拠に、私の話に耳を傾けるものは一匹もいなかったではないか」

クイーンは怒っていた。この巣の知識豊富といわれるアリたちは皆、新しい考えを受け入れることなく、決まったことしか口にしないからだ。

「女王はお疲れになっているのだろう。女王は夢を見られているのだろう」

「いつもそのように言っていたではないか」

年長のアリがなだめるように言った。

「しかし、怠け者は得体のしれないモノに連れ去られてしまうというではないですか。私は、女王様がいつ危険な目に遭うか、ただでさえ心配なのです。女王様が怠け者になって恐ろしい何かに連れ去られてしまっては困るのです」

クイーンは落ち着きを取り戻して言った。

「わかった。あとは私の口から説明しよう。悪いが、そちらは退出してくれぬか」

クイーンが退出するように言った相手は、もうすぐ結婚飛行を迎える新しい女王アリたちだった。

それから、女王アリはゆっくりと話し始めた。

「もうすぐ結婚飛行の時期であることはそちらも知っているな。私の巣からも23匹の新女王が誕生することになる。私の経験から言っても、営巣には非常な危険が伴うし、女王アリは食料がないまま冬を過ごすことになる。それがいかにつらいことか、わかるな?」

年長のアリはさっぱり意味が分からなかった。そんなの、あたりまえのことではないか。

クイーンは続けた。

「そこでだ。私たちで23匹が巣をつくるのを手伝おうじゃないか。そのかわり、巣が大きくなって食料を作れるようになったら、その半分を私たちの巣に納めさせるんだ。それから働きアリを交代でこの巣まで来させて、見張らせるんだ」

アリたちの反応はまちまちだった。

「女王様がそのような素晴らしいお考えを持っていたなんて思いもしなかった。新しい女王アリたちにとっても、今の巣の我々にとってもいいことじゃないか」

と肯定するものや、

「もし逆らった場合はどうするのか」

といった否定的なものもあった。

質問攻めにあって困っている女王アリを見かねて、クレバーが口を開いた。

「女王様はかなりお疲れになっていらっしゃる。あとの質問には私が答えよう」年長のアリは

「もし新しい女王アリがいうコトを聞かなかった場合、どうするのか?」と問い詰めたが、クレバーは落ち着いた口調でこう言った。

「そうなった場合は、ほかの巣のアリたちが問題の巣に入り込んで、全ての財産を没収し、女王アリを処刑し、働きアリたちは連行されて、私たちの巣で死ぬまで強制労働させる。協力して反抗できないように、隣の巣同士で監視をさせ、通報者には一生ぜいたくな暮らしをさせる。そうすれば、わざわざ逆らうものは出てこないだろう」

それ以上なにも言うものはいなかった。みな、納得したようだった。

それから3ヶ月が経って、女王とクレバーの作り出したシステムは円滑に回りだした。

この川の下流域は、1万匹以上のクロオオアリがひとつの巣に集まり、23の小さな巣が川の中流域まで進出していた。いままでうっそうと生い茂っていた草は、アブラムシを育てるためのプランテーションとなり、アブラムシの出す膨大な蜜のうち半分がクイーンの巣に運び込まれた。23の巣から集められた働きアリたちが土木工事に従事し、川の流域のほとんどに蜘蛛の巣状に道路網がはりめぐらされた。クイーンの仲間の女王アリが死んだときには、大きな塔が造られて、参拝者が絶えなかった。

次の月に、5つの巣の2000匹ほどが反乱を起こしたが、監視システムと募兵システムが見事に作用して鎮圧された。

クイーンや新女王の巣が豊かになって開発が進む一方、スマートの巣は完全に開発から取り残されていた。新女王はスマートの巣の近くだけ開発することを許されず、スマートの巣につながる道をつくることもできなかった。

その結果として

スマートの巣の周辺だけ草や岩石に囲まれた未開の地の様になっていたのだ。

当然、不満も続出した。

ほんの数メートル先ではアブラムシの蜜やカエルなどを何万匹ものアリが食べて、それでも余るような生活をしているにもかかわらず、自分たちは食料もまともにとれず、とれたとしても、クイーンの兵隊に奪われるような生活で苦しんでいる…。

得体のしれない何者かから逃げるために意気揚々とやってきたのに、スマートの巣のほとんどが希望を失っていた。

時々クイーンの兵隊がやってきて、

「いつまで貧しい暮らしをしてるんだ?はやく豊かになりたいだろう!」

と宣伝放送をするので、ついに耐えられなくなってクイーン側に逃げ出すものもあらわれた。

宣伝放送によれば、クイーン側についたものには豊かな生活が保障されるという。いまのスマートの巣のアリたちにとってみれば、のどから前脚がでるほど欲しい環境だった。

実際に逃げ出したアリたちはどうなったのだろう。一度クイーン側について、やがてスマートの巣に戻った、ある1匹のアリが話した内容によると、

「まず豊かな方の巣に入った我々は、その文明の格差に驚いた。巣の中はとてもきれいに整備され、じめじめした我々の巣とは大違いだった。働きアリの数も多く、皆幸せそうに働いていた」

それから、少し暗い口調でこう言った。

「これから良い暮らしがずっと出来ると思っていた。実際、しばらくの間食料がたくさん運ばれてきたし、自分の部屋ももらった。でもある日、朝気が付くと周りを兵隊アリが囲んでいたんだ。そして、こう言われた。お前たちは、お前たちの巣にいるとても賢いやつの居場所をしっているだろう?それを教えてはくれないか?と」

誰もが静まり返ってこのアリの話を聞いている。

「私はそれは出来ない。あの人は自分の居場所を女王アリ以外には言わないから、私みたいな働きアリには分からない。と、本当のことを言ったら、急に暗くてじめじめした部屋に閉じ込められ、変な豆でできた汁を飲まされたんだ。その時は気持ちよくなってぐっすり眠っていたんだが、これが恐ろしいものだったとは、後で気づいた」

固まった雰囲気が続く。

それから、と続けた。

「目を覚ますと、2日が経っていた。気付いたら、すごく汚いアリたちと一緒に、うちの巣よりも臭くてじめじめした場所に閉じ込められていた。そこは、強制労働をさせられているアリたちが収容されている牢だったんだ。私は無性にあの豆の汁が欲しくなった。周りのアリたちも皆同じ目をしていた。話すことと言えば、牢の外での豊かな暮らしと、豆の汁のことばかりだった。昼になって、ずっと働かされた。仕事がやっと終わったのは、次の日の朝だった。なんとか逃げ出そうとしたが、逃げてしまったら豆の汁が飲めなくなってしまうと思うと、一歩が踏み出せなかった」

それでもこのアリは自由を選んだ。このアリは、スマートに会って裏切りを謝ってから、

「あの巣に合流しなくてよかった。豊かな暮らしは出来るが、逆らったら無理やり働かされ、死ぬまで働かされる恐ろしい集団である」とスマートの正しさを説明した。

スマートは正しいことが証明されるのは、それからほんの数日後の事だった。あれだけの大帝国を築いていたクイーンの巣が、水から上がってきた謎の集団によって破壊しつくされ、一気に崩壊してしまったのだ。

当然、スマートもそれを知ることになる。スマートは言った。

「下流から上がってきた不気味な存在によって、あれだけ豊かだった集団がいなくなってしまった。我々も、油断してはならない」

スマートは、不気味な存在がウミトゲアリであることを知っていた。

ウミトゲアリは水辺に暮らし、魚やカニなどを食べ、水中にもぐることもできる、能力を沢山持ったアリなのだ。そして、それが川の中流域までは侵略してこないだろうというコトも分かっていた。

それでも、スマートは無意識のうちに油断するなと説いていた。

ウミトゲアリの存在に、最近まで気づくことが出来なかったもどかしさがあったからだ。それから、スマートの周りに巣を作っていたクイーンの仲間たちが下流域に大移動を始めた。緊急時には助けに来るようクイーンに命令されていたからである。

ちなみに、クイーンの死に方はとても皮肉で、長年部屋から出ずに食料をたくさん食べたために、体が大きくなって部屋から出られなくなってしまったという。スマートは、働きアリと共に、空になったクイーンの仲間の巣から財産を運び込んで、放置されている卵や幼虫を育て始めた。

そしてまたもや、スマートが正しいと証明されることが起こった。

スマートの巣がトゲアリという暴力的な集団に襲われ、女王が組み敷いて殺されたのだ。トゲアリはウミトゲアリとは違い、陸上で生活していて、新しい女王は結婚飛行を終えた後、クロオオアリの巣に侵入して女王を組み敷いて殺し、クロオオアリの働きアリが死ぬまで働かせた後、だんだんトゲアリの働きアリと入れ換え、最終的には純粋なトゲアリの巣になるという、珍しい種なのだ。

トゲアリに乗っ取られたスマートの巣では、クロオオアリは奴隷状態となり、スマートも肉体労働をさせられるという屈辱を味わった。

ちなみに、この肉体労働というのはショウジョウバエの養殖である。腐った虫や果実を運び、たたからせて丸々と太ったハエの羽を切って飛べなくし、しばらくしてから殺して肉としてトゲアリに献上するものである。

もちろん、スマートはただで屈辱を味わうようなアリではない。

トゲアリたちから脱出する手段をなんとか見つけ出そうとしたが、トゲアリは四六時中見回りに来るほか、1匹でもさぼったりいなくなっていたりすると、その5匹チーム全員が処罰されるのだ。

トゲアリは、ウミトゲアリに破壊された後の巣からいろいろな物を運び出していて、例の豆の汁までも所有していた。

トゲアリは、その豆の汁を飲むように強要した。

スマートは、すぐにそれがカラスノエンドウの汁であると気づいた。

カラスノエンドウの汁を飲むと酔っぱらったようになり、酔いからさめるとまた欲しくなるという、中毒性の高いジュースなのだ。

スマートはアリたちに豆の汁を吸うのをやめるよう言ったが、遅かったようだ。スマートの巣の8割は豆の汁欲しさに狂ったように仕事をするので、どうにもできなかった。トゲアリは、時々見張りに来たが、どうやら見張り役も豆の汁を吸っているようである。しかも酔い方が半端ではなく四六時中吸っているような感じであった。スマートはこの堕落した状況こそ、この巣を立て直すチャンスだと考えた。他のアリたちが豆の汁を吸いに行っている間に、中毒になっていないアリたちを集め、スマートが話をし始めた。

「今のトゲアリを見てみろ。見張りのエラそうにしている奴らまで豆の汁に夢中になっているぞ。抜け出すなら今しかない。これ以上愚か者に従うのはごめんだ」

スマートは結婚飛行を間近に控えた女王アリとともに新しい場所で巣を立て直そうと考えていた。それが可能になるのは、見張り役のトゲアリが油断しているときや寝ている時だ。スマートはしばらく様子を見て行動パターンを分析しようと考えていた。

しかしその必要はなかった。行動を観察するようになってから3日もすると、ついにトゲアリが見張りに来なくなった。外に出てみると、トゲアリ生きてはいるようだが全く動いていなかった。仲間のクロオオアリにも同じような状況に陥っているものが多かった。豆の汁の禁断症状に悩まされていたのだ。

実はスマートは大昔に一度だけカラスノエンドウの汁を吸ったことがある。

だから、豆の汁中毒に陥ったものの行動パターンを知っているのだ。

―豆の汁を吸ってから4日間は気分が高揚して全く眠らずに過ごすことが出来る。4日が過ぎると死んだように2日間にわたって死んだように眠り、起きた後1日は全くやる気が起きなくなる。その次の日には1日だけ気分が回復するが、その次の日は錯乱して訳が分からなくなってしまう。―

「このパターンに当てはめると、今は眠りと倦怠感に襲われているということになる。抜けだすなら今しかない」

それから数時間後、新しい女王とスマートと150匹の仲間たちはトゲアリから逃げるように行進していた。この中の誰一人として行先を知る者はいなかったし、何とか中流域を抜け出してもどうしたらよいのかわからなかった。日が沈んで夜になっても行進は続いた。

朝になって、周囲が明るくなり始めた。行先も分からぬまま進んでいた一行に明るい兆しが見え始めた。大きな川を発見したのだ。その近くには大きな倒木があって一行が休憩するには十分な大きさの穴が開いていた。

昼過ぎになってみんなが起きだしてきた。

「なんだか騒がしいな」

スマートはそう思った。

それは正しかった。川の音と共に、ざわざわと胸が騒いでいるような気分だ。訳も分からないのにどうしようもなく不安になる…。

訳はすぐに分かった。数百メートル先を見るとトゲアリが隊列を作っていた。しばらくして状況を理解した仲間のアリたちが叫び始めた。初めてトゲアリに襲われたあの日と同じ叫び方だった。あの胸騒ぎは気のせいではなかった。トゲアリのフェロモンを無意識のうちに感じ取っていたのだった。

「なんでここにいると分かったのだろう?」

一匹の働きアリはふいに言った。

スマートはあきれ果てた口調でこう言った。

「あれを見ろ。仲間のクロオオアリに先導させているんだ。私たちのにおいをたどらせて歩かせているんだ。どうせ仲間の居場所を教えれば豆の汁をやるとでもいわれたのかな。だが気の毒なことにもう豆の汁はもうどこにもない」

混乱している仲間を横目にスマートは川を渡る方法を考えた。だが、どんなに知恵を絞っても、それは思い浮かばなかった。

「草をたおして川の向こう側とつなげばよいのではないですか?」

口を開いたのはスマートでもなく、女王でもなく、ただの働きアリだった。

このアリはスマートが小さなときからの知り合いで、いつも知恵を披露しあっていた仲間だった。

スマートは言った。

「それだ。昔、知恵比べで話したことがあったな。それにしよう」

この時すでに、トゲアリの隊列はあと数十メートルのところまで来ていた。

スマートの仲間たちは必死で草をかみ切って倒し、川にかけようとした。

だが、あと少しのところで長さが足りずにもう一度切り倒そうとした。

スマートも焦り始めていた。もうだめだとすら思った。トゲアリの隊列はあと10メートルのところまで迫っていた。

軍隊、騎士、富者

「ズドーン!!」

緊張感を破ったのは大きな地響きだった。

近くにあった小さな山の砂が崩れ始め、川の水も大きく揺れた。

それから数十秒間に起こった奇跡が、スマートたちを救うことになる。

水の揺れが激しくなり川の水を割くように大きな谷が出来た。

スマートは何も言わずにその谷に飛び込んだ。数十の仲間がそれに続いた。

ほとんどの仲間が渡り終え、トゲアリの隊列が渡ろうとしたとき、

「ズドーン!!ズドーン!!」 

大きな地鳴りが2回おこり、水は元に戻った。

今までの抑えに反発するように、勢いよく水が谷に注ぎ込まれた。トゲアリは勢いのある水に飲みこまれてほとんどいなくなってしまった。それから、トゲアリにさらなる罰を加えるように小さな山の砂が川に崩れ落ちてきた。スマートは奇跡を起こしたアリとしてこの巣の英雄となった。そして初めの狙いどおり、この巣の実権を握ることが出来た。仲間の数は400匹から45匹に減ってはいたが…。

B3で様々なアリがしのぎを削っている一方で、誰にも邪魔されることなく日々の暮らしを営んでいる巣が発電所にいた。

グンタイアリ。その名のとおり決まった巣を持たずに行進をして、ぶつかった生き物にはことごとく咬みついて食いつくす、恐ろしいアリだ。

彼らのすみかである発電所は、じめじめとした不衛生な環境で、ネズミなどがすんでいたので、食べ物には全く困ることなく繁殖することが出来た。

そしてスマートたちが川の下流から中流に引っ越していたころ、グンタイアリは10万匹を抱える大所帯となっていた。

もうお分かりだと思うが、アリたちが文明を得ることになった原因の一つである停電は、このグンタイアリが引き起こしたものである。停電の復旧工事のために発電所の中で工事が始まったことにより、追われるようにして発電所から延びている地下ケーブルを通じて活動範囲を広げていったのだ。

最初に彼らが移ったのは数軒あった民家のうちの一軒だった。地下ケーブルから家の中に侵入すると、家の中にあった人間の食料を遠慮なく食い尽くしていった。そしてそれが人間に発見されて人間に駆除されそうになると、地下ケーブルからほかの民家に逃げ込んでそこで掠奪のかぎりをつくす。

こんな移動生活を送っているうちに彼らは膨大な資源を蓄えている場所に行きつくことになる。最初に紹介した、廃墟になったスーパセンターのことだ。このスーパーセンターはオーナーの死亡によって店内がそのまま放置されていたため、食料品のみならず洗剤(アリには必要ないだろうが)や日用品などいろいろなものが残っていた。

グンタイアリがスーパーセンターを乗っ取ってから数か月後には100万匹を超える大所帯となっていた。店内の食料はずいぶんと食料はずいぶんネズミに食われたりしていたが、いずれにしてもアリたちの獲物になるので問題なかった。

もちろんスーパーセンターの中にライバルがいないわけではなかった。

時々侵入してくる人間を(食料品を持ち去ろうとするので)襲ったこともあった。 

このとき、狩りから帰ってきたアリから人間臭いにおいがすることもあった。

新鮮な肉がたくさん手に入ってさぞかしアリも喜んだだろう。

ライバルは人間だけにはとどまらず、別の種類のアリとも対立した。

それがサムライアリである。サムライアリはクロヤマアリの巣に侵入して、卵や幼虫を盗む行為(一般的には奴隷狩りという)で有名な種だ。

グンタイアリが侵入する1か月前から巣を作っており、100匹のクロヤマアリを奴隷として抱えていた。

サムライアリは戦闘に特化した種ではあるものの、凶暴な100万匹の軍隊と対決したら敗北は確実だ。結局、サムライアリは自らスーパーセンターを去ることを選び、隣の民家に移動した後、B3の方に進出していくことになる。

B4でもクロヤマアリによる文明が誕生した。

B4は中央の山脈で東西に分けられていて、西側が乾燥しているのに対して東側は温暖湿潤な気候となっていた。

 中央の山脈を源流として東西両側に川が流れており、B4の北側にある海に注ぎ込んでいた。クロヤマアリはクロオオアリに似ているが少し小柄な種で、数は最初から多く、B4だけで数千匹が暮らしていた。

文明の中心地となったのが西側の乾燥地帯だった。ここでは気温が高い時にあまり雨が降らないため果実を実らせて水分や栄養を蓄える植物がたくさん生えていた。

そんな乾燥地帯を見下ろすような小高い丘の上に集まるようになり、実のなる植物を植えたり集団で敵と戦う訓練をしたりした。

クロヤマアリはサムライアリという敵がいて、常に脅威にさらされているので本能的に訓練をし始めたのだ。

サムライアリはクロヤマアリなどの巣を攻撃して働きアリやその蛹を攫い、奴隷として働かせることが知られる。サムライアリの働きアリは奴隷狩りの戦闘に特殊化しており、女王の世話、卵や幼虫の世話、餌の回収なども行わない。また、奴隷狩りと結婚飛行以外はほとんど地上にも出ない。

アリの新女王は多くの種では、翅を落とした後に1匹あるいは数匹で働きアリの助けを借りることなく巣を立ち上げるが、サムライアリの新女王は単身でクロヤマアリの巣に侵入し、その巣の女王アリを噛み殺して巣を乗っ取る。勿論クロヤマアリの働きアリは侵入者を攻撃するが、撃退に失敗して自分達の女王が噛み殺されるとサムライアリ新女王の世話を始める。これは新女王がクロヤマアリの女王を噛み殺す際に、皮膚表面の成分を舐め取って女王になりきるためと考えられている。よって新女王の卵はクロヤマアリの働きアリが世話をして成長する。

この文明で中心的な存在となったのは、幼いころから知能が高く体力も普通のアリの数倍はあったアリ:ナイトだった。ナイトは周囲のすべてのアリから一目置かれる存在で、将来は兵隊のリーダーになるだろうと誰もが予想していた。

しかし、どんなに訓練でいい成績を出して、兵隊にスカウトされてもナイトは入隊を拒否した。そしてナイトは女王の世話係に志願して受理された。

ほかのアリたちは誰もが疑問を持った。

「なぜ自分が一番になれることをしないのだろう?」

と、知り合いのアリに聞かれたとき、ナイトはこう答えた。

「敵を倒すときは、まず頭をおさえるのさ。そのために世話係になったんだ」

もちろん、こんな理屈誰も理解できるわけがない。

「ナイトは頭がおかしくなったに違いない」

そうささやかれるようになった。少し前は天才とささやかれていたのに…。

ナイトは気にも留めなかった。

高い能力を持つナイトにとっては、ほかの無能なアリとともに食べ物を渡したりするのはとても屈辱的だっただろう。それでもナイトは文句も言うことなく仕事をこなした。

ナイトが本格的に力を持ち始めたのは女王の世話係になってから1年半後の事だ。女王アリの世話係は食事の運搬などの他、女王アリと話をしたりすることもある。そういう時に面白い話や気の利いた話を出来るアリは重宝され、うまくいけば女王のブレーンとして活躍することが出来るのだ。

クロヤマアリの文明はクロオオアリのそれとほぼ同じ成立の仕方をしているが、政治の制度は、遥かに上をいっていたのだ。そして、その仕組みによって出世したアリたちによってクロヤマアリの文明は強固なものになっていくのだ。

ナイトは特に軍事関連の話題に強く、また贅沢や娯楽には否定的だった。ナイトと共に世話係をしていたアリ:ラフは娯楽や漫談が大好きだったのでよく対立した。

ナイトは今までの軍事訓練には否定的で、今の兵隊では全くサムライアリに歯が立たないしリーダーも無能だから辞めさせた方がいいと常に女王アリに提言していた。その言い方があまりに激しいので、偶然居合わせた将軍とトラブルになることもあった。

「女王様。本日の訓練をごらんになりましたか?あれはあまりにもひどいです。あれでは敵を倒すことはできません。将軍も全く役に立っていません」

あまりの激しさに、女王はナイトをなだめた。

それから、その場に居合わせた年長の将軍を見ながらこう言った。

「こいつは全く能無しです。体力はあるかもしれませんが、それも私よりは劣ります。女王様、どうか私に兵を任せてはいただけないでしょうか?」

その場が静寂に包まれた。女王はなにも語らない。

「………………………」

年長の将軍もまた黙っていた。やりこめられたのではない。怒りに震えていたのだ。

「……女王!こいつはただの詭弁家だ!ろくでなしだ!」

そしてそのまま10秒ほど黙り込んだ。

今までの苦労を若造に否定された将軍は怒りに震えた。

「女王!……こいつは生かしてはおけません」

「こいつは能力の無さに怖気づいて訓練を放棄したろくでなしだ!」

「それに詭弁を弄して女王様を惑わせようとしている!理解不能です!」

 ナイトは落ち着いたままだった。

「まず我々は意識の面からしくじっているのです。この将軍はただ強ければどんな相手も打ち破ることが出来ると考えている。甘いです!私が訓練生だったとき、サムライアリが来たらどのように対処するのか聞いたことがあります。そしたら、お前は一兵隊の分際で大きなことを考えるなと叱られました。そして事実、なにもアイデアはなかった」

 将軍が言い返した。

「この若造はきちんと言われた訓練をしないにもかかわらず、わが兵の無能さばかり指摘するのです」

ナイトは将軍を見下した目で見つつ、言い返した。

「訓練をしなかったのは、それがまったく意味のないことだからです。わが兵はたるみすぎています。実際に戦うときにあれほどの余裕はないはずです。それに将軍も兵も、この間の地鳴りで怖気づいて逃げ出したのですよ。まったく。敵どころではないではありませんか」

「だま…」

そのあとの言葉が出てこなかった。それを言ったら負けだと思った。この将軍にとって何よりも嫌いな負けだと…。

「どうしたんだい。さっきからやけに大声をだすじゃないか」

ラフが割り込んできた。

事情を説明しようとしたナイトを将軍が遮って、一方的な言い分を言った。

ラフが話し始めた。

「あるところに、怠けアリがいました。そいつは自分の仕事を放り出していつも遊んでいました」

「それなのに働いているアリたちを見て、やれ手際が悪いだのやれ小さいものばかり運ぶなだのという。そしてあろうことか女王アリをまどわせるようなことを言い、まじめに働くアリをいじめて巣から追い出そうとしている」

「こういうアリはこの巣に必要かな?」

言ってやったという顔をしていた。

ナイトのことをよく思っていないアリたちからは歓声が沸き上がった。

ナイトも黙ってはいない。

「それはすべてわが兵と、そしてこのくだらない弁舌士のことに違いない」

女王はしばらく考え込んだ。そして、隣にいた給仕係のアリに何か伝えた。

給仕のアリがナイトに近づいてきた。そして、こう言った。

「お前に任せよう」

給仕はすぐに将軍のほうに駆け寄った。

「そなたも疲れただろうから、しばらく休むがよい」

ナイトは、クロヤマアリ文明の兵の指揮権を握ることに成功した。

ナイトは、すぐさま軍紀の引き締めに走った。

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訓練は、すべて重い葉の鎧を着用して行うこと。

全てのクロヤマアリは生後3か月を過ぎたら必ず訓練を受けること。

訓練中に逃げ出したり、結果を残せなかったものは奴隷身分もしくは死刑になる。

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こうして、西側のクロヤマアリは強大な軍事力を手にすることになる。

その一方、あまり体力のないアリたちの不満は増大した。そして、新しい女王アリが結婚飛行を迎えると、ラフを将軍として東側のほうに移動し始めた。途中の山脈で半分は死に絶えたが、東側は温暖なので、食料には困らなかったようである。

このようにして、B4には山脈を隔てた2つの文明が繁栄することとなった。

B3のクロオオアリ帝国に話を戻そう。

アブラムシの養殖とショウジョウバエの養殖の技術を持っていたスマートの文明は、たくさんの余剰生産物を生み出し、文化が多様になった。それぞれが食料を確保したりする必要がなくなり、暇になったアリたちは、文明の外側の世界に目を向けるようになった。

 アリたちが外側の世界について想像していることを話していると、必ず聴衆が集まってきた。

そして想像だけでは物足らなくなり、外側に出かけようとするものが現れた。

 女王も、外の世界は想像もできないほどの富が隠されているに違いないと思い、出かけることを許可するに至った。

 冒険家たちは、知能が高いものや体力があるもの、そして上流に向かって祈りをささげるものなど500匹が選ばれた。そして、たくさんの食料を羽を切ったハエにのせ、外の世界へ飛び出していった。

 それから8か月がたった。それでも冒険家たちは戻ってこなかった。さらに1か月がたったころ、ようやく偵察のアリが冒険家たちの帰りを知らせた。

 無事に…とはいかなかったようだか。

 見つかったアリたちは総じて脚や触覚などを失っていた。行きに持って行った食料はそこを突き、隊員も24匹しかいなかった。そしてなにより、見つかった場所が川の河口域で、ぼろぼろの葉に乗っているところを助けられたのだった。

 彼らは体と心に受けた衝撃が大きく、はじめはなにも話そうとしなかった。

女王アリがねぎらいの言葉をかけるうちにやっと口を開きだした。

「初めに私たちは、今までなかったはずの小さな穴を見つけました。なにかの巣なのではないかと思ったのですが、向こう側から光が差し込んでいて気になったので、入ってみることにしました。そこは、暗くてじめじめとしていましたが、異様な雰囲気にすぐ気が付きました。見ると、私たちの周りを白くて気持ち悪いアリが取り囲んでいるではありませんか」

「白いアリにつかまってから、どうなるのかと不安でたまりませんでした。数時間ほど進むと、土がすごく高く積まれた塔の前で止まりました。どうやらそこが白い奴らの巣のようでした」

「中に入ると、驚いたことに高い塔が何層にも分けられていて、その層の一つ一つに何百も部屋がありました。塔にはところどころ穴が開いていて、外で水か何かが光っているのがわかりました」

「私たちは白いものたちに歓迎されました。とくに水が割れる奇跡の話や恐ろしいトゲアリの話、貧しかったころの話は白いものたちにも感銘を与えたようでした」

「食べ物は粗末で、木のようなものでした。ダニの肉はうまかったですが、それ以外は食べる気になれず、アブラムシの甘露を飲んで過ごしました」

「次の日の朝、白いものたちが騒いでいるので目を覚ましました」

「あっという間に白いものはすべて塔を出ていき、我々の一団だけが残りました」

「穴から外を見てみると、何やら黒くて強そうなアリたちが近づいていました。白いものたちはあれを恐れていたのだと気づきました」

「でも、それで怖気づくような我々ではありません。戦う準備をしっかりとして塔の前に出ました」

「黒いアリがだんだん近づいてきて、我々の中で緊張感が高まりました。

お前らは何者だ。黒いアリが言いました。

私は、自分たちがどこから来たか、どんな経験をしてきたか、何をしに来たかをすべて話しました。すると、その黒いアリは考え込んでとりあえずついてこいと言いました」

「500匹でぞろぞろとついていくと、30匹くらいの黒いアリの集団がいて、クロヤマアリが50匹ほどそれに従っていました。数ではこちらが圧倒していたが、黒いアリも迫力では負けていませんでした」

「こいつらも、昔我々と同じ浮浪の民であったそうだ、と我々のことを紹介しました」

「そして、一匹の黒いアリが近づいてきてこう言いました。

実は私たちも新しい居場所を求めてあちこちを動き回っている。もしよかったら一緒に旅をしないか?私たちは食料をとることはできないので常にクロヤマアリを連れているが、戦うことは誰よりも強い。

私はその申し出を飲むことにしました」

クロオオアリの冒険団はこのとき初めてサムライアリと出会い、そしてともに旅をすることにした。これが、思わぬところに大きな影響を与えることになる。

冒険家たちは、話をつづけた。

「私たちは一度巣に戻ってから再び出かけようと思い、黒いアリたちを案内しました。ところが行きに通った穴を通ったとき、私たちは途方に暮れてしまいました。穴の目の前のところまで水が迫っていたのです。海の水位が上がったのでしょうか。一団はそこで立ち往生してしまいました」

このときアリたちが遭遇したのは海水面の上昇だった。その原因が、地響きによる土砂の崩壊でせき止められた水が一気に流れ出たことだった。

「どうしようか途方に暮れていると、私たちの一団の中で最も頭のいい奴が葉っぱを切り出してそれに乗って向こう側まで渡ろうと言い出しました。向こう側はすぐそこに見えていたので、すぐにたどり着けると思っていました」

「私たちは葉を切り出すのは得意ではありませんが、頑張って噛み切りました。いくつかの葉に分かれて乗り込むと、葉は水の流れに任せて進んでいきました。ところが、すぐそこに対岸が見えてきたとき、急に葉が進路を変えて沖のほうに流れて行ってしまったのです。私たちはもう一度途方に暮れてしまいました。葉が沈んではいけないからと、食料をすべて置いて行ってしまったからです」

「飢えと渇きで2、3日もするとみんな気を失ってしまいました。気づいた時には見知らぬ岩山のふもとに打ち上げられていたのです。仲間は半分になってしまいました。それからあちこち歩き回っているうちに小さな穴を見つけました」

「入るべきか?私たちが迷っていると、黒いアリの一匹が入っていくのが見えました。私たちもそれに続きました。穴を潜り抜けると、そこには少し大きな浜が広がっているだけでした。その先にはどこまでも続いているような海と、大小十数個の島が見えました」

「私は引き返そうと後ろを向いて歩きだしました。

待て!私に向かって誰かがそう叫びました。

でもその声は聴きなれた黒いアリの声ではありませんでした」

「私が振り返ると、大昔に お世話になった トゲアリに似ているアリが我々の一団を取り囲むように並んでいました。それはウミトゲアリでした。

そしてだんだん我々のほうに歩いてきました。あっという間に仲間が何匹か水の中に引きずり込まれそうになりました」

「そういえば、大昔に下流に大きな巣があったころ、そこのアリが同じ目にあっていたと思い出しました。私たちは急いで逃げ出しました」

ウミトゲアリは、マングローブの浜に穴を掘り、そこを巣とする。干潮時に出てきて、海から運ばれてきた魚の死骸や、小さな甲殻類などをエサにしている。満潮時になる前には再び巣に戻る生活を繰り返している。

海中に潜った際にも短時間なら陸上同様の活動ができる。水中を潜って歩く際には体毛に空気を纏い、それによって呼吸しながら水中での活動を可能にしている。満潮時に巣に戻れなかった場合には仮死状態となり、数時間はそのままで再び潮が引くのを待って潮が完全に引くと、行動を再開する。

巣はマングローブの砂浜に直接掘られ、地下では普通のアリの巣のように、いくつかの広いスペースが枝状に拡がった造りになっている。満潮時には巣は浸水してしまうが、いくつかの区切られた部屋には粘土質の土と内部に入った空気の浸透圧の関係によって浸水しない箇所があり、そういった場所にエサを保管したり、幼虫を育てるようにしているほか、巣の中のアリたちもそうした浸水しない箇所に待避する。逃げ遅れたり、巣が壊された場合には前述の仮死状態になって凌いだ後、再び巣の補修と増築を行う。

こういった特異な生態になった背景には、海に住んでそこの豊富なエサを得る目的と、陸上に住むブルドックアリのような別種の強力なアリとの競合を避けるため、海へ生活の場を選んだといわれる。

「動くな!」

ウミトゲアリの将軍が怒鳴りました。

見ると、黒いアリが何匹かで将軍と交渉していました。

10時間にも思えた長い交渉の後、和解したらしく丁重に迎えられました」

「私たちは葉が何枚か組み合わさってできた箱みたいなものに乗せられました。このとき、私たちは初めて船というものを知りました」

「ウミトゲアリの帝国は船が立派なこと以外は特に文明が発達しているとは思えませんでした。この船はどのようにして造ったのかと訊くと、造り方は詳しく知らないが、ハキリアリというアリが近くの島にいて、たのんで造ってもらっていると教えてくれました」

「ただ、ウミトゲアリの帝国はとても豊かでした。

港のような場所では、ミツがたっぷり詰まったアリや、カニや魚などの海産物、そして砂粒ほどの大きさの緑色や赤色の石が山のように積みあがっていました。海産物を除いて、これらはすべて大きな島にある洞窟からとれるといいます」

「ハキリアリは船を一艘造る代わりに緑色の石1個を受け取るといいます。緑色の石は赤色の石3個と交換でき、赤色の石1つでミツの詰まったアリ:ミツツボアリ10匹と交換できるそうです」

「彼らは見た目とは違って戦う事には無縁でした。帝国の周囲を大きな岩に囲まれているので、戦う必要がなかったのでしょう。だからこそ、見慣れない我々を必要以上に警戒していたのでしょう」

「私たちはウミトゲアリの帝国で4か月ほど過ごしました。素晴らしい生活でした。あれほど豪勢な生活は今までしたことがありませんでした」

「ウミトゲアリの話によれば、帝国をぬけてさらに海を進むと、いくつかの小島の先に大きな陸地があって、そこにクロヤマアリが帝国を築いているといいます。それを聞いて、黒いアリたちはなにやらひそひそと話し始めた」

「それから、私たちは船を5艘もらってクロヤマアリの帝国がある方に旅立ちました。ところがもう少しでクロヤマアリの帝国に着けると思ったとき、黒いアリたちが急に凶暴になりました。

そして私たちを1つの船に押し込み、4つの船を奪って先に島に上陸してしまいました。私たちはどうすることもできなかったので、とりあえずウミトゲアリの帝国に戻って物資をもらおうと思いました」

「ところが、再び領土に入ると何やら不穏な空気が流れていました。なんでもウミトゲアリの女王が死んだことで派閥争いが起こっているとのことです」

「私たちは前にお世話になった巣に入りました。前の様に優しくもてなしてくれましたが、雰囲気は違ったように思います。敵対する勢力の方が力が強く、いつ襲われるか分からないので、どこかに逃げ込もうかと考えているようです」

「それならば、と私たちの帝国に招待しました。初めて漂着したときからずっと丁寧に扱ってくれたお礼の意味もこめて。

その次の日には亡命のための船に乗り込み、港を出発しました。

船内の不穏な空気とは対照的なほど海は穏やかでした。そしてあっという間に岩穴のところまで着いてしまいました」

「このまま何事もなく帰れる、と思っていました。

ところが、穴の入り口で沢山の船が立ち往生していたのです。船の中には誰もいないようでした。異様な空気を察して、誰からとでもなく引き返そうと言いました」

「それからすぐ、それが罠だと気づきました」

「引き返してからわずか数分後に敵対勢力のウミトゲアリの船が私たちの船の周りを取り囲んでいたのです。彼らは泳いで私たちの船にあがってきて、ウミトゲアリだけでなく私たちの仲間までも海の中に引きずりこみました。同時に奴らは私たちの巣をバラバラに破壊し始めたのです」

「生き残った仲間と私は、わずかに残った葉の欠片にすがりつくようにして海を漂いました。そして、やっとのことでここにたどり着いたわけです」

 帰ってきた冒険家たちの話にみんな聞き入っていた。スマートまでもが、彼らの話を聞きたがった。

 ただ、ほかのアリたちの反応が総じて

「冒険は恐ろしいものだ」「外の世界は恐ろしいところだ」

というものだったのに対して、スマートの反応は

「新しい発見があった」「いろいろな知恵を手に入れることが出来た」「我々をしのぐ豊かなアリがいることがわかった」

という前向きな物だった。

 そして、冒険に参加した者たちを呼び寄せ、

「次の冒険に出発する者たちに色々と教えてやってくれ」

と命じた。

 冒険に出かけた者たちは総じて驚いた。

カモは誰だ

冒険に出かけた者たちは総じて驚いた。それも無理はない。あれだけたくさんのアリが犠牲になり、財宝など何一つ持って帰ることができなかったのに、もう一度冒険をするなんて正気の沙汰じゃないと思ったのだろう。

 しかし、スマートには勝算があった。流木で作った船を用意して、前よりもたくさんのアリを送り込めば、次こそは沢山の財宝を手に入れることが出来るだろうと考えていたのだ。

 冒険家たちは、仲間を再び同じ目に遭わせたくはないと思い、胸が痛んだが、彼らが冒険に行っている間にクロオオアリ帝国のアリの数が10倍以上になったことで、スマートの権力は絶対的になり、スマートの命令に背くことはできそうになかった。

 しかし、危険だと分かっている旅に志願者を集めることなどできるのだろうか?

普通なら出来ないと答えるだろう。しかし、数々の困難から仲間を救ってきたスマートにとっては本領発揮といったところだ。

 スマートは、帝国の中で頭がよくて体格もよく、戦闘の能力に優れているアリを見つけ出しては個別に訪問し、説得に当たった。スマート1匹では難しいので、説得に応じたアリにも協力してもらい、優秀な知り合いをスカウトしていった。

 すべての準備が整ったのは、最初の冒険一団が戻ってきてから8か月後だった。

2回目の冒険団が出発した後、1回目で手に入れたシロアリの塔の情報をもとに、女王が死んだとき最上階に埋葬するためのタワーの建設を始めた。突貫工事で2か月後には完成した。

 クロオオアリ帝国が冒険の準備やタワーの建設に1年ほどの時間を費やしている間、B4ではクロヤマアリたちが動乱の1年間を過ごしていた。

 混乱の原因となったのはクロオオアリの冒険団と共に旅をした、あの黒いアリたちだった。

黒いアリたちの正体はグンタイアリによってスーパーセンターを追われたあのサムライアリだった。

 彼らは上陸した島を拠点として洞窟を巣とし、船でクロヤマアリの文明まで移動し、卵や幼虫を狩っては島に戻る生活を繰り返したが、だんだんと数が増えていくうちに土地が足りなくなってしまったため、サムライアリの新女王は皆クロヤマアリの集落を乗っ取り、支配下に置くようになった。これがサムライアリの植民市の始まりだった。

 乗っ取られたのはB4の東側で、ラフとその仲間が造った巣がもととなった文明だった。

ラフの帝国は食料が豊富にある温暖な気候の恩恵を受けて、西側のナイトの帝国に比べるとぜいたくな生活を送っていた。

 ほとんどのアリは働くことなく遊んで生活しているため、みんな丸々とふとっていて、ほとんどクロオオアリと見間違えるほどだった。

 これはサムライアリが植民地として支配するのには最適な場所だった。

最初にサムライアリが乗り込んできたとき、ラフの帝国は完全に混乱していた。

今まで連戦連勝の強い敵が、戦ったこともなく油断しているアリたちと対峙したとき、負けるわけがなかった。

 あっという間にラフの帝国は乗っ取られ、半分近いクロヤマアリがサムライアリの奴隷として扱われた。たとえ奴隷身分とならなくとも、支配下のクロヤマアリは行動を制限され重い税を課された。もちろん逆らったら容赦なく殺された。

 サムライアリが東側全域を占領するのに大した時間はかからなかった。

そして山脈を隔てた西側でもサムライアリの侵攻を嗅ぎ付けた軍隊が一時的に混乱に陥った。ナイトは兵の心を落ち着かせようと、一度巣に戻るよう命じた。

 巣の中ですべての兵を集めたナイトは、全員死ぬ覚悟をして戦闘にのぞむように呼び掛けた。

「わがすべての兵よ。我らはこの時のために厳しい訓練をこなしてきたのだ。そして、ほかのどのアリよりも尊敬され、いい扱いを受けてきたのだ。恐れをなして逃げ出すものに未来はない。全ての敵を我らだけで食い止めようじゃないか」

 さらにナイトは兵を3つの部隊に編成し、それぞれに動き方を指示した。

ナイトの作戦はそれだけにとどまらず、女王アリにも協力を仰いだ。

「女王陛下。どうか、兵の後ろに立って指揮をとっていただけないでしょうか。女王様直々に戦場に赴いているとなれば兵の士気もぐんと上がります」

昔の将軍はナイトの話を聞いて厳しい顔をしていたが、女王を戦場に駆り出すというアイデアを聞いたとたんに

「とんでもない!女王様。こいつは女王様を危険な目に遭わせてこの巣を乗っ取ろうとしているに違いありません。こんな奴に兵を任せるのはおやめになった方がよいでしょう。もしよろしければ、私を再び将軍に戻していただけないでしょうか。もう疲れは十分癒されました」

女王はしばらく考え込んだ。

それから、前のように側近を近くに呼んでその場を去っていった。

えらばれたのは、またもや若い指揮官だった。

 といっても、しばらくの間はサムライアリが攻め込んでくることはなかった。

占領した広い領土に水道を掘ったり、道路を整備したためだ。サムライアリが攻め込んできたのは、サムライアリの繁殖スピードにクロヤマアリの繁殖スピードと土地の広さが追い付かなくなった時だった。

 サムライアリを率いていたのはクロオオアリの冒険団と共に旅をした海千山千の老将軍だった。この将軍はB4の地形に理解が深く、サムライアリの侵攻作戦を立てる上でかなり重要な役割を果たしていた。

 まずこの老将軍が行ったのは山脈を超える訓練だった。この山脈を超えられたものはラフの一団を除いては誰もいなかった。しかもラフの一団も半数が命を落とすような険しい道のりなのだ。

 そしてもう一つ、西側に攻め入る方法が海を経由していくことである。だが、もともとクロヤマアリやウミトゲアリに船を建造して納めていたハキリアリが、サムライアリたちの船を造ることを拒んだのだ。サムライアリは一切泳ぐことができないため、海戦にはハキリアリの作った船が必要不可欠なのだ。

ハキリアリが拒んだのは、親交があったクロヤマアリを支配しているからではなく、ハキリアリ自身の商売の幅を広げるためだった。

ウミトゲアリの帝国にクロオオアリの帝国から訪問者があったことにより、ウミトゲアリの帝国を通るルートでそれぞれの帝国に物資を運べば、莫大な利益を得ることができるのではないかと考えたのだ。

その商売を独占するためには、船を他のアリが持っていないことが必要だったのだ。そして、このアリたちの世界では、ハキリアリのほかに他に船を造ることができるものはいない。

簡単な理屈だった。ハキリアリたちがもっと利益を得ようと思ったら、船を売るのではなく、だれにも船を売らずに自分たちだけで海上輸送を独占すればいいのだ。

だから、サムライアリの要望に応じなかったのは当たり前だったのだが、当のサムライアリたちはそのようにはとらえなかった。ハキリアリたちは我々の拡大政策を邪魔しようとしている。そのように感じるようになった。

そして、クロヤマアリたちに向くはずの怒りが、だんだんとハキリアリたちのほうに流れていき、

「我々が領土統一を成し遂げるためにはハキリアリを倒すほかにない!」と考える風潮が巻き起こった。

老将軍はすぐさまハキリアリを攻めることはしなかった。それよりも、西側のほうに攻め込んで敵の出方を見ようということになった。

これにはずいぶん反対もあったようだが、結局は老将軍が押し切った。

それから7日後、この老将軍はすでに海に出ていた。そして山から攻め込む部隊も訓練を積んだおかげで一匹も死なないで山脈を超えることができるようになっていた。

 双方の準備が整った中で、初めての正面衝突となった。

最初に行動を起こしたのは、サムライアリのほうだった。

「ドドドドドドドドドド」

たくさんのサムライアリたちが一気に山脈を超えてくる音がB4中に響き渡った。

クロヤマアリのほうも万全の態勢で迎え撃った。

最も強いアリ300匹を連れて。

 サムライアリの兵は、ゆうに12000匹を超えていた。普通に考えたら勝てるわけがない。それでもナイトには勝てる自信があった。

 ナイトが実際にとった作戦がこれだ。

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1:降りてきたサムライアリたちの兵をまず谷まで誘導させて橋を渡らせ、アリたち自身の重さで橋が落ちるようにする。

2:アリたちがそれに気づいて迂回しそうなところに、砂をばらまいて置き、斜面を滑り落ちさせる。

3:滑り落ちた先には岩を積み上げて侵入口を狭め、一匹ずつ最強のアリが迎え撃つ。

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この作戦は、5日間も続けられた。その結果として、300匹のクロヤマアリが死体となって山のふもとに転がることになった。そしてそのそばには、10000匹のサムライアリが死体の山として積みあがっていた。

ナイトの作戦は見事成功した。だが、12000匹すべて殺戮することはできず、2000匹のサムライアリは東側のほうへ引き返していった。

ナイトはそれを追いかけようとした軍曹をなだめた。

それもそうだろう。山脈のこっち側でいくら自分たちが優勢だといっても、向こう側には十万を超す兵が待機しているわけだから、そんな中に数十匹で入ってくのは、明るさを求めて火の中に入っていくのと同じようなものだった。

そしてこの逃げた2000匹が自陣に戻ったことにより、敗戦の知らせが老将軍にも届くことになる。

敗戦の知らせが入ってからすぐに、老将軍は次の手を打った。そのときの老将軍はやけに落ち着いていたという。まるですべてを見通しているかのように。

まず、サムライアリを乗せた船を海岸線近くに停め、そこから一斉に上陸してすべての海岸線を封鎖した。ナイトの少数作戦も開けた土地では全く歯が立たず、あっという間に後退していってしまった。もちろん、ナイトも無策だったわけではない。

広大な乾燥地にところどころ生えている植物の影に穴を掘り、油断して近づいてきたところを襲撃する作戦があった。しかし、上陸してきたサムライアリの総数は25000匹。

ゲリラ作戦も一部に損害を与えるだけであまり効き目がなかった。そして悪いことに、この戦いで先頭で指揮を執っていたナイトと後ろから兵を激励していた女王が死んでしまった。

精神的にも物理的にも後ろ盾をなくしたナイトの軍にもう勝ち目はなかった。

日が暮れるといったん戦闘は止み、サムライアリたちは自軍の船に戻った。クロヤマアリも自分たちの巣に戻り、明日の戦いに備えた。

広大な乾燥地帯に、長い静寂の夜が訪れた。

そして、次の日の昼ころには西側のどこからも声は聞こえてこなかった。サムライアリの完勝だった。前日の夜に夜襲をしたことによって戦力が大幅にそがれたほか、指揮官を失ってどこへ行っていいか分からなくなる兵が多かったのも敗因の一つだ。

だが、決定打となったのはやはり数の圧倒的な違いであった。サムライアリは戦闘に特化した種であるため、巣の中のほとんどが戦いに出ることができるのに対し、ナイトの帝国では、戦いに出ることのできるような強いアリはそういなかった。

結局、クロヤマアリによって築かれていた大文明は、クロオオアリとともにやってきたサムライの支配を受けることになった。

B4の領土拡大戦略の最後の砦を崩したことを祝って、サムライアリの帰りの船では大騒ぎになっていたという。サムライたちは皆、故郷に帰ったら英雄として祀り上げられるはずだった。

その帰路で何も起こらなければのはなしだが…。

サムライたちを襲ったのはウミトゲアリでもなければクロヤマアリの残党勢力でもなかった。ただの自然現象だった。いままで、さまざまな奇跡やトラブルを起こしてアリたちの世界に変化を与えてきたあの地響きが、サムライアリの船を襲ったのだ。

サムライアリの乗っている船はすでに竣工から1年半がたっていた。普通なら水がしみ込んで沈んでしまうほどの古さだった。そんな船を地響きによって立った波が襲ったとなればひとたまりもなかった。

せっかく敵を壊滅状態まで追いやったのに、その功績を持つものは一匹残らず海に沈んでしまったのである。

これは、この船に限った現象ではなかった。サムライアリの持っている船のほとんどが竣工から1年以上が経っていた。これらの船が沈む前までに、何とかして新しい船を確保することはサムライアリたちの最重要課題となった。

すぐさま軍会議でハキリアリへの攻撃が決定された。攻撃に使うのは比較的最新の船で、参戦した兵士は、新しい船が手に入るまで帰ってくることを許されなかった。

結論から言うと、さすがのサムライアリでも、ハキリアリを倒すことはできなかった。

まずハキリアリの住処は木の上であり、サムライアリが上って攻撃するのは至難の業だった。

それから、住処の木自体が岩山の頂上にあったためそこまでたどり着くことも難しかった。

そしてなにより、ハキリアリは、サムライアリと直接戦って勝つことができるほど戦闘には強い種類だった。

これらはサムライアリからしてみれば、すべて予想外だった。

軍会議で決まった、

「食料をとりに降りてきたときに襲い掛かる作戦」

が、サムライアリがいかにハキリアリについて知らないかを物語っていた。

ハキリアリはその名のとおり植物の葉を切るという生態がある。なぜそんなことをするかというと、葉を細かく砕いて巣に持ち帰り、そこで菌類を培養して食するためなのだ。

このため、ハキリアリは農業をするアリともいわれている。

ハキリアリに敗北してしまったサムライアリは、何とかして海上輸送の手段を得ようと、ハキリアリに荷物の輸送を委託することになった。その対価として、サムライアリは西側でとれる実を乾燥させたものを年150万粒納めることになった。これで、運びたい荷物がある時はいつでも、どこへでも輸送を頼めるというわけだ。

同じ対価を支払うならば少しでも多くの荷物を運んでもらおうというのは普通の考えである。

そこで問題になるのが交易の相手である。

実はこれまでサムライアリは他のアリたちと交易を一切したことがなかったので、相手を見つけるのに苦労した。

 それにそもそも、B4を抜け出すことが出来なければ相手を探すこともできるはずがない。女王がサムライアリの中でも群を抜いて賢い将軍に相談を持ち掛けると、その将軍は、

「ハキリアリの船に同乗させてもらうように何とか交渉してみましょう」

と言った。

 女王は

「そなたに任せよう」

と言うだけでそれ以上は何も言わなかった。 

実はこの女王は交易に関してあまり興味を持っていなかった。交易がいかに儲かるかについて知らなかったというのもさることながら、運送費を払うのはハキリアリからの攻撃を避けるための身代金だと思っていたからだ。だから、運送費の元をとろうなどいうのは全く考えてもいなかったのだ。

それでもこの将軍は交易で得られる利益がいかに莫大であるかを知っていた。この将軍もまた、若いころにクロオオアリと冒険をした経験があり、ウミトゲアリの帝国がどれだけ豊かな資源を持っているかを知っていたからだ。

将軍はハキリアリの元に何度も赴き、船に同乗できないか交渉した。

「我々はあなた方に沢山の果実を運送費として渡している。でも、肝心の商品を取引する相手がいないせいで、まだ一つの荷物も運んでもらっていない。これでは私たちにメリットがない状態であり、そこから得られる利益もないわけで、いつか運送費を払えなくなるかもしれない」

ハキリアリの表情が曇ってきたのを察して、将軍はこうフォローした。

「でも、私たちは契約には納得しているし、正当だと思っている。なにも今まで渡した運送費を返せとは言わない。でもこのままでは我々が破産してしまう」

「それで」

ハキリアリが冷たく言った。

「そこで、相談がある。

交易の相手を見つけられるまででいいから、あなたたちの船に私の仲間を乗せてもらうことはできないだろうか」

「それは不可能だ」

ハキリアリは簡単に言った。

将軍が不満げなのを見て、ハキリアリの貿易商の代表が理由を告げた。

「我々はあなた方を完全に信用しているわけではない。

現に我々はこのあいだまで、あなたがたからの攻撃を受けていたではないか。

もし同じ船にあなたやあなたの仲間が乗ることになって、我々ハキリアリをあなたがたが襲えば、その船を簡単に乗っ取られてしまうじゃないか」

「あなたがたは悪いやつではないかもしれないが、少しでも我々に危険が起こっては困るのだ。今、ウミトゲアリが内乱を起こしていて、ただでさえ通行が困難になっている。だから知り合いに通行料を払って安全に通れるよう、根回しをしてもらっているんだ」

「あなた方が一緒に乗れば、私たちはあなた方のほうも注意して見ている必要がある。そんな余裕はないんだ」

将軍は、すぐさま

「ハキリアリは話が通じる相手ではない」

とさとった。

ハキリアリたちは自分たちの都合しか考えていないし、沢山の運送料を払っている自分たちに対して 完全に信用はしていない

と平然と言いのけてしまうような連中とは交渉などできないと思ったからだ。

 将軍は次の手を考えた。

考えていくうちに、昔ともに冒険したクロオオアリの事を思い出し、クロオオアリの帝国を貿易の相手に選ぼうと考えた。肝心なのはどのようにしていくかだ。

それは案外すぐに見つかった。

そしてそれを女王に伝えた。

女王は心配した。そんな作戦は正気ではないと感じたという。

「そんなことをして大丈夫なのか。見つかったら何が起こるか分からないぞ。連中には我々の大きな牙も効かないんだぞ」

それでも将軍は押し切った。

「たとえ何か起こったとしても、それは私たちの身の上だけのことです。女王様にもこの帝国にもなにも問題は起こりません。ただ、モノだけはきちんと用意してください」

 女王が渋々了承した後、将軍は作戦に加わる仲間たちを呼んで説明を始めた。

「私たちは今度出る船に乗ることになった。ただ、ハキリアリたちは乗ってはならぬという」

一匹のアリが口を挟んだ。

「それでは乗れないではないですか」

「だから、ハキリアリたちには見つからないように乗るのだ。

まず、交易の相手が見つかったといって果実の山を運ぶように依頼する。

その山の中に身をひそめ、向こうで荷卸しする寸前のところで山から抜け出して陸に渡る」

「見つかったときは?」

さっきのアリが質問した。

将軍は平気な顔で言った。

「それはその時だ」

それから8日後、15匹のサムライアリはクロオオアリの帝国に降りついていた。

将軍はスマートとクロオオアリの女王に謁見し、交易の約束をした。

クロオオアリは隠れてやってきたサムライアリたちの安全を保障するため、帝国まで自らの船で送ると言ってくれた。クロオオアリの船は、木でできていた。

 昔クロヤマアリとの戦いの際に乗った葉でできた船よりもはるかに丈夫な船だった。

サムライアリたちは帰路の途中にウミトゲアリの帝国に寄った。

 そこできれいに積まれた琥珀やヒスイを見た将軍はまたひらめいた。

交易はそれぞれの帝国の産品を同時に交換することになっていた。だが、どうしてもクロオオアリの帝国の商品が必要な時、交換する物がなければ手に入れることが出来ないのでは、せっかくの交易も不便で限定的な物になってしまう。

 たとえ交換する物がなくても相手国の産品を手に入れる方法。

それが、

「商品の代わりになるモノを渡しておき、産品を渡すことが出来るときに交換する品を渡す」

というものだ。

 将軍はこの仕組みを理解させるために、葉の切れに取引の例を書いて、クロヤマアリとハキリアリに配布した。

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1:「蜜が壺一つあたり琥珀1個と交換」

「乾燥させた実が一山で琥珀一個と交換」

というようにあらかじめレートを決めておく。

2:クロオオアリは沢山蜜が取れた時にあらかじめハキリアリに預けておき、預けたモノの価値に相当する琥珀をハキリアリから受け取る。

3:サムライアリは果実の実る季節に沢山ドライ果実を作って置き、ハキリアリに預けて琥珀を受け取る。

4:それぞれのアリは品物が必要になったときに琥珀をハキリアリに持っていくと預けられた産品を受け取ることが出来る。

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 この仕組みによってサムライアリもクロオオアリも交易をしやすくなった。

取引量は取引が始まってから6か月で30倍になった。

スマートも、サムライアリの将軍の考えを絶賛した。普段はタダでほかのアリを褒めることはしないので、よっぽど驚いたのだろう。

 ただ、スマートは黙って他人のアイデアに従うような性格ではなかった。素晴らしいアイデアを自分で思いつけなかったことへの悔しさもあったのだろうが、何よりも自分たちの利益を最大化するために、サムライアリの作ったこのシステムを悪用して新たな仕組みを構築しようとした。

 スマートはハキリアリとサムライアリを帝国に招待し、交易システムに新たな仕組みを加えたいと提案をした。

 スマートはそれを

「信用取引システム」

と称して説明をした。

まずスマートは、サムライアリの将軍を称賛した。

「正直言って、私たちはあなた方の事を、力任せであまり知恵がないアリだと思っていました。

しかし、あなたの開発した仕組みによって、私たちは産品をいちいち時期を合わせて出荷しなくても済むようになりました。本当に感謝しています」

「しかし、ウミトゲアリに聞いた話によると、今、琥珀がまったくとれないということなので、もし将来取引量が多くなったとき、琥珀が足りなくなってしまうかもしれません。それで、ハキリアリさんたちもお呼びしました」

 スマートはハキリアリの方を向いて、いつになく丁寧な言葉で言った。

「あなた方は葉を細かく砕いて菌の栽培に使っているというのをお聞きしました。葉なら将来無くなる心配はありませんし、あなた方しか作れないので、偽造される心配もありません」

 スマートは再びサムライアリの方を向き、

「ですよね」

と同意を求めた。

サムライアリは同意を示した。

 スマートは言葉を続けた。

「それから、短い期間で急に取引量が増えてくると、その前までに生産した産品だけでは足りなくなることもあるでしょう」

「取引量を増やすためにせっかく沢山生産しても、交易の相手があまり産品を持っていなくて、帝国内だけでは消費しきれなかった場合、その産品は無駄になってしまいます」

「そこで、私は信用取引という仕組みを思いつきました。

ある程度の産品をハキリアリに預けていれば、その何倍かの量の葉を受け取って使うことが出来る仕組みです。足りない分は次に多く生産してハキリアリに渡せばいいことにします」

 スマートの説明にサムライアリも納得した。

このサムライアリの将軍はもちろん、なぜスマートがこんなに丁寧に接して来るのかは知らなかったし、この仕組みに同意したことで何が起こるのかも知る由もなかった。

クロオオアリは早速 信用取引システム を活用した。

当初は預けてある産品の5倍まで受け取れるというルールだったが、特に問題が起こることもなく、きちんと取引が出来ていたため、サムライアリはすっかり「信用取引システム」を

「信用」してしまった。

 相手が信用するようになると、クロオオアリは

「準備率」

を10倍、20倍、やがて50倍へとつりあげていった。もちろん異論は出なかった。

サムライアリはこのシステムを完全に

「信用」

してしまっていたのだ。

 クロオオアリは常に受け取る量を 準備率 ギリギリまで設定した。それでも最初の頃は生産量の増加率が高かったため問題は起きなかった。しかし、準備率が50倍になったとき、ついに生産能力を超えてしまった。

 スマートはこの事実を知ったとき慌てただろうか?

いや慌てなかった。それも全くというほど慌てなかった。

なぜなら、こうなることはこのシステムを考えた時から全てわかっていたからだ。

 なぜスマートは生産能力を超えることを分かっていて、準備率ギリギリまで産品を受け取り続けたのか。答えは簡単だ。

サムライアリを信用させて

「詐欺を働くため」だ。

 慌てたのはスマートではなくサムライアリの方だった。

ある日ハキリアリに産品の

「引き出し」

を依頼すると、

「そんなにたくさんのモノは預かっていない」

と言われたからだ。

サムライたちは最初、その意味が分からなかった。

「なぜだろう。約束の期日はもう過ぎているのに…」

 この時サムライアリは身をもって

「信用」

の恐ろしさと実体を知ることになった。

サムライたちに残されていたのは、あると思っていた50分の1の量の蜜と、沢山の葉っぱだけだったのだ。

 サムライたちは怒りに震えた。

「クロオオアリを何としてでも倒してやる!」

あのサムライアリの将軍がそう叫んだというくらい裏切りの波紋は大きかったのだ。

そしてこの時からしばらくの間は、ハキリアリによる、クロオオアリ-サムライアリ間の海上輸送は全くなくなった。

ハキリアリもさすがにサムライたちに同情したのだろうか、海を越えた帝国で新しく起きた変化について情報を与えた。

「なあ知ってるか?」

サムライは不機嫌そうにこう返した。

「何をだ?海の向こう側の奴らはとんでもないペテン師で、葉っぱを切るしか能がないやつらが、そのイカサマに加担したということか?」

 ハキリアリは驚いた。確かに産品を運び、葉を切ったのは自分たちだが、それを提案したのはクロオオアリでサムライアリもそれに同意したのだから自分たちが責められる筋合いはなかった。

 それでも、かなりの財産を失ったサムライに同情しないわけにはいかなかった。ハキリアリたちも、サムライアリがかつて自分たちに攻め込んで来たことなどすっかり忘れていた。

 ハキリアリは続けた。

「違うさ。クロオオアリの連中の事さ」

サムライが大声で怒鳴った。

「わかってるさ!バカなサムライどもから沢山の財産を奪ってぜいたくな暮らしをして、あの狡猾な野郎が丸々と肥えているってことだろう」

 葉切りは面食らってしまった。

「じゃあ、言わなくてもいいかな。クロオオアリの宿敵についての情報なんだが…」

 そのサムライは驚いた。サムライアリの将軍はよく、敵の敵は味方と言っていたのを思い出した。

「クロオオアリの宿敵を味方に引き入れることが出来れば、倒せるかもしれない!」

このサムライはすぐに将軍に伝えた。

「トゲアリとかいうアリがクロオオアリの帝国を襲っている」

 将軍はすぐにハキリアリに頼んで支援物資を送らせた。

「海の向こう側からあなた方を応援します」

というメッセージも付けて。

 程なくして、トゲアリからも返礼が届いた。葉っぱの包みを開けるとクロオオアリの頭が50個ほど入っていた。

サムライたちはこの「生首」をよく見える場所に飾り、見せしめとした。

あの時の悔しさを絶対に忘れないために。 

 伝説の詐欺事件からちょうど3か月が経った日、ハキリアリたちは再びサムライアリたちの産品を運ぶことになった。届ける先はクロオオアリからトゲアリに変化していたものの、輸送量は3分の2まで回復していた。

往路は、サムライアリから蜜や海産物を受け取り(ウミトゲアリとの交易は続いていた)、トゲアリに送る。帰路は、トゲアリから 生首 を受け取ってサムライアリに届ける。

これが輸送の大半を占めていた。

数は多くなかったが、奴隷としてクロヤマアリも届けられた。

サムライアリたちも、少しずつハキリアリたちを「信用」するようになった。

少しではあったが、輸送料も払うようになった。

 最初はサムライアリに同情していたので少ない輸送料でも納得していたが、サムライアリたちの財務状況も大幅に改善されてきたうえに、日々生首を運んでいると不満もたまってきた。

 そしてとうとうある日、ハキリアリが運送を拒否した。サムライアリはトゲアリの支援を続けるために条件を飲んだ。

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1:運送の固定費として年間乾燥させた果実150万粒を支払うこと。

2:1番に加えて輸送量に応じた歩合を支払うこと。

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 サムライは輸送料を賄うため、帝国の各地で大農場を開設した。

サムライアリを地主、クロヤマアリを農奴として果実を大量に生産した。

この時生産された果実の中にはカラスノエンドウが混じっていることもあった。

 ハキリアリはサムライアリとトゲアリの貿易の他にも クロオオアリ-ウミトゲアリ間の輸送も請け負っていたため、カラスノエンドウが再びクロオオアリの世界に持ちこまれることになった。

 これはクロオオアリに大きな打撃を与えた。カラスノエンドウの汁を吸ったアリたちは再び汁を吸うまで動くことが出来なくなるため、トゲアリの攻撃を撃退することが段々と難しくなってきたからだ。

7日後、港にくくりつけられた大きな魚の前で、スマートが作戦を説明した。

「まず言いたいのが、サムライアリに感謝をすべきだということだ。それは、私たちが奴らをだまして産品をたくさん得たこともそうだし、今から言う作戦もサムライアリの将軍からもらったものだからだ」 

 「ここにある大きな魚。皆でこの中に入って身を食い尽くしてほしい。でもそれで力を付けてサムライを倒すわけではない。中を空洞にして、兵に中に入ってもらう。それから、この魚を前の時に渡せなかった産品の補てんとしてハキリアリを通じて渡す。奴らが魚を引き揚げたら、夜のうちに魚の中から出て、一気に攻撃をしかける。サムライは暗闇の中で混乱して本来の力を発揮できない」

 クロオオアリの群衆がざわつき始めた。

「静かに!皆が疑問を持つのはわかる。だが、今の我々にはこうするしか方法がないのだ。どこからか入ってきた豆の汁によってわが兵が侵され、トゲアリの連中に連敗している以上、まともに戦ってこれ以上兵を減らすことはできない。だからといって何もしなければやられるだけだ」

「クロオオアリから荷物?」

サムライアリたちは疑問をもったことだろう。

ハキリアリたちが大きな魚を10匹も持ってきて、クロオオアリからの贈り物だと言ったところで、信じられるわけがなかった。

「なぜ敵対関係にあるクロオオアリから今更贈り物が届くのか?」

当然の考えだろう。

クロオオアリたちは何を考えているのだろうか。

我々ともう一度交易を始めたいということなのだろうか。

そのほうが利益が大きいと考えたのだろうか。

それとも我々の攻撃に耐えきれなくなったのだろうか。

それとも、我々をまた騙そうとしているのだろうか…。

それとも……………。

イノベーション


それとも……………。

サムライたちの中では様々な憶測が立ち上がっては消えていった。

現に贈り物が届いている以上、交易再開の手土産のようなものだろうという考えが主流派だった。

サムライアリの将軍はというと、得意げに

「ふん。あいつらのことだから、どうせ我々の攻撃に音をあげたに違いない。その証拠に、あの時奪った財産よりもはるかに大きいものを贈ってきおった。

喜べ。皆の者。我々は卑怯者に打ち勝ったのだ」

と言った。

 それから、将軍はさらに気持ちよくなってこう叫んだ。

「ハキリアリを呼べ。そしてクロオオアリにこう伝えさせろ。あの丸々肥えた奴の首を持ってくるまでは交易は再開しないとな!」

 実はハキリアリはこの攻撃について何も知らされていなかった。

ただ魚を運べと言われて運んだだけだったのだ。

そのため、サムライの将軍のメッセージをそのままスマートに伝えてしまった。

スマートがそれを聞いてニコニコしていたのを見て、ハキリアリは首をかしげたことだろう。

なぜ敵対勢力の将軍が自分を罵倒しているのに、笑っていられるのだろうと。

 妙なことだが、スマートにとって、今一番ほしい言葉はそれだったのだ。

敵将が完全に信じ込んでいる。それが証明された瞬間だった。

スマートの策略は、またしても成功したのだ。

 スマートはその足でウミトゲアリの帝国に向かった。新たな攻撃の糸口をつかんでいたからだ。ただ、それを遂行できるのはウミトゲアリしかいなかった。スマートはアブラムシの蜜をたくさん持って行った。

もちろん、このアブラムシはただのアブラムシではなかった。小さい時からカラスノエンドウの汁だけを飲ませて育てた「謹製」アブラムシの蜜であった。

おいしい手土産の効果かどうかはわからないが、スマートはウミトゲアリの協力を取り付けることに成功した。

サムライアリの将軍が勝利宣言をしている最中に、サムライたちに対する包囲網は着々と出来上がっていた。

サムライたちの世界に騒がしい夜が訪れた。

「騒がしい」

ということばは、サムライたちの戦勝記念パーティーでバカ騒ぎする音と、魚たちからぞろぞろと出てくる音という、二つの意味を持っている。

その騒がしさが悲鳴に変わったのは、空が白み始めたころだった。

サムライたちはスマートの予想通り敗走を重ね、ついに領土の半分以上を占領してしまった。

サムライたちは一気に事態の深刻さを理解した。

「この場所に卑怯者の帝国が作られ、我々はクロヤマアリのように奴隷になるのか…」

 絶望のあまり、山脈にある岩の上から身を投げて自殺するものもあった。

朝を迎えたサムライたちは、クロオオアリの占領している方に向かって歩いていた。降伏して税を納める代わりとして自治権を認めてもらうよう交渉しようとしていたのだ。

ところが、交渉したくてもできない事態が起こった。

クロヤマアリが攻撃を終えて、既に帰ってしまっていたのだ。

 サムライアリたちの間に安堵の雰囲気が漂った。奴らの目的は仲間がやられた仕返しをしに来たのだと思ったらしい。

 将軍の顔には疲れが見えていた。

「水を飲みに行ってくる」

といって水場のほうに向かった。サムライたちはそこで足を止め、将軍が水場から戻ってくるのを待った。

30分待った。将軍は戻ってこなかった。

50分待った。将軍は戻ってこなかった。

2時間待った。将軍は戻ってこなかった。

3時間待った。将軍は戻ってこなかった。

4時間待った。それでも将軍は戻ってこなかった。

さすがにサムライたちもおかしいと感じた。

どんなに喉が乾いていたって、水を飲むのに4時間もかかるだろうか。

いや、かかるはずがない。

 サムライたちは水辺へと向かった。

すると将軍は水辺の近くの砂地で気持ちよさそうに寝ているではないか。

「そうか。将軍もお疲れになっていたんだ」

そう思い、サムライたちもほっとした。

サムライたちもしばらく水を飲んでいなかったので、水場のほうに向かった。

その日の水面はいつにもまして穏やかだった。

おかしいことは何一つ起きなかった。

サムライたちが水を飲み終え、将軍を起こそうと後ろを振り返るまでは。

サムライたちは囲まれていた。しかも囲んでいるのはサムライたちも良く知っているウミトゲアリだった。

 ウミトゲアリはサムライたちを水辺ぎりぎりまで追いつめてから

「投降しろ」

と言い放った。

 サムライたちは疑問に思った。ウミトゲアリとは交易も継続している上に、親交も昔からある。だから、純粋に

「なぜなのか」わからなかった。

 一匹のサムライが疑問をそのままぶつけた。

「なぜおまえたちウミトゲアリが我々を捕らえなければならないのだ。お互い敵対することなどなかったではないか」

「さあな。我々の主人はこの方だ。だからこの方に聞くといいさ。もちろん、お前たちにこの方と話しができるほどの知恵があればだけどな」

ウミトゲアリは吐き捨てるように言った。

 この方、が姿を現した。

そこには、スマートが支配者のような恰好をして立っていた。

「あのときはずいぶん世話になったな。なぜ我々にあれほどの産品を送っておきながら、返礼を受け取らなかったのかな」

スマートがサムライを挑発した。

「だましたのはそっちだろう」とサムライ。

「だましたつもりなどない」

スマートが平気な顔をして言った。

「その証拠に、ついこの間返礼品を送ったではないか。我々の大切な仲間を、1万匹近く奴隷として。それなのに、見たところ仲間が一匹もいないようだ。仲間をどこへやったのかい?遠くで働かせているのか、それとも食ったのか?

どうしたんだ?」

サムライには、もはや言い返す力も残っていなかった。

将軍を起こして立ち向かってもらおうと、将軍の近くに駆け寄った。

でも、将軍は二度と起きることはなかった。

ウミトゲアリによって、本当に深い眠りへといざなわれていたのだ。

「将軍様!」

 サムライたちの叫び声と、スマートの笑い声が混ざり合って山脈にこだました。ウミトゲアリに連行され、サムライたちは山脈の中腹にある洞窟群に幽閉された。ここはかつて、サムライアリたちがラフの帝国を追い詰めた際、ラフとその部下が最後に身を隠していた場所だった。

見知らぬ敵が急にあらわれて今までの生活を台無しにされ、追い立てられて暗い洞窟の中で一生を終えるというのはどういう気分か、今のサムライたちには理解できた。

そして、もしあの時サムライたちがクロヤマアリの気持ちを知っていたとしたら、追い詰めたりしただろうか。

そう問いかけたとき、追い詰めるという選択をする自信はなかった。

今のサムライたちにとってみれば、とんだ笑い話である。

サムライたちはこの洞窟に20日間閉じ込められることになっていた。

そして21日目には将軍と同じ境遇になることも決まっていた。

日が沈めば、このままずっと沈んでいろ と思い、

日が昇れば、このままずっと沈んでくれるな と思った。

そんな日々が続いた。

 13日目の朝を迎えた。

スマートはサムライたちの処刑を見ることなく帰路についた。

サムライたちにはもう何もする力は残っていなかった。

やることといえば、上流の方角に向かって祈るばかりだった。

これは対クロオオアリの盟友のトゲアリに教わったものだった。

大昔、トゲアリがクロオオアリを支配下に入れていたころ、上流に向かって祈る儀式をクロオオアリがやっているのを見て真似するようになったといっていた。

ところが、トゲアリの女王が、被支配階級の儀式はみっともないからやめろと禁令を出した直後から、トゲアリたちに災難が襲い掛かるようになった。だから、それを教訓にして今でも祈りを続けている。と言っていた。

 見張りのウミトゲアリも、サムライたちに力が残っていないことを知り、どこかへ出かけるようになった。

最初は夜には戻ってきたものの、だんだん戻らなくなることが多くなり、最後のほうには、2・3日、間が空くようになっていた。

そして幽閉されてから16日目の夜、サムライたちは洞窟を抜け出した。追ってくるものはなにもなかった。

ただ一つ気がかりだったのは仲間のサムライたちの現況だった。

実はこの時、ウミトゲアリの4分の3は一旦、自国に引き返していたのだった。

サムライたちの帝国も、ほとんどの巣が解放されていた。

死んだ個体も思ったより少なかった。

お忘れだろうか。

サムライアリはもともと戦闘に特化した種であることを。

残っていた4分の1のウミトゲアリをなんとか撃退したあと、サムライたちは上流のほうに祈りをささげた。

 サムライアリたちは、これを教訓として軍事力の強化をはかった。

海岸線は、1か所を除いてすべて石積みがされた。陸地も、3重の頂上を築くことによって外敵からの侵入に備えた。

 軍事力を強化し、それを保ち続けるためには、これまで以上に膨大な数の食料が必要となった。

 そのため、サムライアリたちはクロヤマアリの農奴に課す地代を3割から9割に増やし、財政の健全化を図った。

 当然のごとく、クロヤマアリの不満は増大した。

サムライアリたちの中でも地代が重すぎるのではないかと考えるものが現れ、平民派として農奴の負担を減らすべきだと主張した。

 それに対して、従来のサムライアリのクロヤマアリ統治政策を踏襲しようとする閥族派が対峙した。

 ウミトゲアリの撃退によって一時的に平安を手にしたサムライたちだったが、それも内乱であっという間に崩れることになった。

 最初のほうは女王も閥族派を支持しており、平民派は追われる立場だったが、弁舌家であったリーダー:マリウスによって、女王の意見は平民派のほうへ傾いていった。

 これによって帝国内で立場を失った閥族派は、追われるようにして北のほうへと移っていった。閥族派があともう少しで捕らえられそうになると、長城の門を開放して外側へと逃げていった。3つ目の長城の門を開けたとき、向こう側に敵が潜んでいるなどとは夢にも思っていなかっただろう。

 閥族派のサムライたちは、帝国が平和でこれからも安泰だと思っていたらしいが、それは高い石積みと長城で守られていただけだったのだ。

 3つ目の長城を開けたとき、そこにいた見慣れない種のアリにサムライたちも戸惑ったことだろう。

それは、サムライたちがB4に移動してくる原因をつくった張本人、つまり、グンタイアリだった。グンタイアリは、スーパーセンターの食料を食べつくした後、地下ケーブルに従ってB4にたどり着いたらしかった。

しかし大きな壁に阻まれて前に進むことが出来ずにいたのだ。

ところが今は壁の門が開き、その先が見えていた。

グンタイアリが前進しない理由など、どこにもなかった。

グンタイアリの隊列は見る見るうちにB4を占領していった。

まずは山脈の東側にある帝国の中心地を。

そして西側にある帝国の食料庫を。

そのスピードは驚くべきものだった。

それもそのはずだろう。

グンタイアリにとっては高さのある岩山も自分たち自身ではしごとなって前に進むことができるし、海もこえてすすむこともできるのだから。

B4を食い尽くした後、彼らが他の場所を目指すのは自然な流れだった。

まずはB4から最も近いウミトゲアリの帝国を、それから海を越えてB3へと移動していった。

B3ではまず、アブラムシの養殖プランテーションでアブラムシを食い尽くし、それからアリたちが最も密集して暮らしている方へ移動してきた。

クロオオアリアリたちもまた、グンタイのエサとなった。それで終わりのはずだった。しかし、このグンタイは食料が無くなってもクロオオアリへの攻撃をやめず、ついにはアリたちの精神的支え、そして信仰の対象となっていた女王を祀った塔に上り、中に安置されていた女王を引きずり出したのだった。

しかし、これはどう考えてもグンタイアリの失策だった。

 皆が敬愛する女王が野蛮な遊牧アリに凌辱されたとなれば、クロオオアリの中の民族意識が大幅に上昇しグンタイアリの方向へと向かうからだ。

 スマートはこの民族意識を活用して何とか主権を取り返そうと、群衆に向けて呼びかけた。

「今、偉大なる我らの領土が野蛮族に乗っ取られ、女王を奪われた。

こんなことは決してあってはならない。力だけで正義をねじ伏せる奴らを、のうのうと生かしておくわけにはいかないのだ。奴らをわが女王陛下と同じように、いや、もっとひどい目に遭わせてやる。いいな!」

 群衆から今までのどの歓声よりも大きな歓声が湧き上がった。

スマートは野蛮で強力な敵を倒し、その女王を殺して引きずり回すために、新たな武器と作戦を説明した。

「よいか。今からお前たちすべてが兵となり、女王陛下の敵をとるのだ。それでも向こうは野蛮な奴らが何百万と集まっているから、我々が丸腰で立ち向かったところで、丸腰で戦っても勝つことなどできやしない。そこで、私は新しい武器を開発した。これがあれば奴らを殲滅することができる」

スマートは群衆の前で

「投石機」

を披露した。

 それから近くにいた兵に大きな石を運んでこさせ、草のつるで作った発射装置に置いて、歯車を回してつるが切れるギリギリまで引っ張ってから一気に放すと、大きな石が目にもとまらぬ速さで飛んで行き、近くの山にぶつかった。

 すると、その山は大きな音を立てて頂上から中腹までの土砂が文字どおり

「ふっとんで」しまった。

 群衆は前よりも大きな歓声を送った。

 次に、スマートはグンタイアリの女王を殺すための作戦を伝えた。

「最初に女王アリを狙え。そして、グンタイが立ち止まって混乱している所へ何個も投石をして全滅させる」

「どうやって女王を見分けるのですか」

投石機の係に抜擢された兵が尋ねた。

「中央にいて、しっかり守られているのがそうだ」

「どうやって女王に的を絞るのですか」

兵がまた尋ねた。

どうやらこの兵には重責だったようだ。

でも、スマートにはこの兵は投石機を扱える能力があると分かっていた。

「あそこに谷があるだろう。

奴らは一度そこで立ち止まるはずだ。

それから谷を渡る準備をするために自分たちではしごを作り始める」

「狙うのはその時だ。奴らがはしご作りに気を取られているしている間に、防御が手薄になった所を狙うんだ」

「これができるのは勘のいい奴だけだ。お前はそれが可能だ」

スマートは兵を励ました。

「いいか。チャンスは1回だけだぞ」

その兵はチャンスを逃さなかった。

女王が地面に倒れたとき、再び群衆から歓声が上がった。

 グンタイアリたちはすぐに異変に気付いた。

そして女王がいなくなった途端、数百万匹が大混乱に陥り、隊列が崩れ始めた。

それから次にクロオオアリが見たときには、あっという間に色々な方向へと散っていってしまった。

 混乱したのはなにもグンタイアリだけではなかった。

あのスマートですら、隊列が一気に崩れるとは予想していなかったのだ。

 ふつう、女王に何か起これば、まずはそっちの方へ寄って行って、状況を確認するのが当たり前だと思っていた。

 アテが完全に外れてしまった。

グンタイアリがあちこちに散らばると、帝国中のあちこちから作戦の中心部まで届くほどの悲鳴が上がった。

 進む方向を見失ったグンタイアリたちはそれぞれ散りじりになって、巣の中に侵入して、保存してあった食料や、卵や幼虫、そして成虫も食い尽くした。

 ある巣では、奪った幼虫を食べる前に持ち上げて、先のとがった棒で突いて殺す遊びが行われた。

 クロオオアリの兵が出動し、投石機を用いて最後の一匹を殺した時には、帝国内のクロオオアリの8割が死んでいた。

 それから、作戦で指揮を執っていたスマートが、最後の一匹が殺害されたのを見届けてから、突然行方不明になった。

 というよりも、

「もうこれ以上何も考えたくないし、何も殺したくない」

という思いが爆発し、自ら姿をくらましたのだ。

 作戦本部から逃げ出して10時間後、スマートは女王アリが祀ってあった塔に出現した。

そして、女王が安置してあった部屋に入り、祈りをささげた。

スマートは帝国の実権こそ握っていたものの、建国者であり母でもある女王に対する尊敬の念は捨てていなかったのだ。

 塔の最上階から下に降りるときには、

「もう何もする気にならない」

状態だった。

「遠くに戦場が見えるこの窓から飛び降りて死のうか」

とも思ったという。

 スマートは塔の下にあった秘密の地下室、(女王アリが生きていたときに、敵から身を隠すために掘られたもの。)に入った。

 そこでスマートは、

「人生最後の考え事」

をして、思いついたアイデアや作戦などを後の世代のために葉に書き記し、塔の一階にある台の上に置いた。

 スマートは全てを終えたかのように、地下室の中の床の上に倒れた。

スマートが姿を消してから半月後、クロオオアリの帝国を大きく変える出来事が2つおこった。

まず1つ目は、スマートのアイデアや作戦を書いた紙が見つかったこと。

それから2つ目は、大昔に出航した第2弾の冒険団が来たこと。

もちろん、この冒険家たちは、自分たちが出かけている間に帝国に起こった事件を何も知らなかった。

 だから、帝国にいるアリの8割が死んで、自分たちの巣がなくなっていたり、埋まっていたりしていたことを知って大きなショックを受けたようだ。

 それでも、この冒険家たちの悲しみは無駄にはならなかった。

2回目の冒険でもたらされた情報が、クロオオアリ帝国の再建に深くかかわっていくことになるからだ。

 スマートがいなくなった帝国では、新たな指導者的存在を選挙で決めることになった。

えらばれたのは、かつてスマートと共にアイデアを交換し、熱い議論を交わしていた、働きアリ:ジーニアスだった。

 スマートの残したアイデアを実現する能力を持ったアリは、ジーニアスの他にはいなかったから、9割以上がジーニアス大将の就任を支持した。

 ジーニアス大将は、スマートが残したアイデアの実現のため、毎日のように自室にこもって研究を重ねた。

 時には外に出て大規模な実験をすることもあった。そんなときは必ず群衆が集まってきた。

ジーニアスは一人一人に語りかけるように、

「この発明が完成すれば、クロオオアリ帝国はこの世界のどの帝国よりも強大な知恵と軍事力をもつようになるだろう」

と言った。

 時には群衆の中から志願者を募って発明の手伝いをさせることもあった。

これから、スマートがアイデアを出し、ジーニアスが開発した発明の一覧をご覧いただこう。

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1:車輪付き投石機

強力な武器である投石機を可動式にすることで、遠隔地へ赴いての攻撃や、船の上での攻撃などが出来るようになる。

発明にかかった期間:16日

車輪は木を丸く切り抜いて作り、その上に小型化した投石機を設置するだけの簡単な構造ではあるが、投石機を運搬可能にするために小型化したことによる威力の低下を改善する作業に時間がかかってしまった。

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2:アブラムシの甘露を効率的に採取する装置。

草の上に登って、ついているアブラムシを一匹ずつ尻をつついて甘露を採る作業が非効率的なのを改善するために開発。

これによって、一匹のアブラムシから産出される甘露の量は2倍となった。

発明にかかった期間:46日

尻をつついて甘露を吸い取る作業を一元化。

長い棒に何又か短い棒を括り付け、短い棒の先に草の茎の中が空洞になっているストローを括り付ける。

ストローは長く伸ばして大きな袋の中に挿し込む。

袋は空気を出したり入れたりできるようになっており、空気の調節はツルを引っ張ることで行う。

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3:発火装置

植物のツルを引っ張った反動による強い摩擦で火を起こす。

開発にかかった期間:4日

火というものの概念を初めて発見したのはスマートであった。

火の開発によってこれまでクロオオアリが苦手だった夜間の移動や攻撃、火を見たことがないアリを撃退できる、焼き尽くす作戦を使うことが出来るようになった。

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4:ハエの飛行機

ハエを操縦して空の飛行を可能にする。

開発にかかった期間:98日

ハエを操縦することで空を移動することが出来る。

軍事的にはかなり優位に立つことが出来る発明である。

ジーニアスは、ハエを操縦する方法をみつけるため、何百匹もハエを解剖した。

最も適していたのは銀バエだった。

操縦法は、ハエの方向感覚を検知する神経を物理的に動かすというものだ。

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それから、クロオオアリ帝国の変化の原因のもうひとつの方、つまり第2回冒険団の報告書を紹介しよう。

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第2回 冒険団報告書

まず我々はスマート大将の命令をもとに、一回目の冒険団はたどり着くことが出来なかったクロヤマアリの帝国を訪れた。

 そこは思っていたよりも文明の遅れた土地で、農民はほとんど採集民と同じような暮らしぶりだった。

 そこでは、農民はほとんど奴隷のように扱われていて、せっかく収穫できた果実のほとんどを主人にとられていた。

 おどろいたことには、クロヤマアリの主人がクロヤマアリではなく、大きな牙を持った黒いアリだったということだ。

 黒いアリたちは少しでも気に入らないことがあると、クロヤマアリをなぶり殺しにしていた。

これほど恐ろしい帝国は今までに見たことがない。

 現地の民になぜこんなに文明から取り残されているのかをたずねてみたが、そもそも

「文明とは何か?」

という反応であった。

これでは埒があかないので、話が通じる相手を探していると、黒いアリの年長の農主が、グンタイアリのせいだと言った。

我々が、グンタイアリがどんなものであるかを知るのはずっと後のことになる。

話によると、グンタイアリは文明のほとんどを破壊しつくし、どこかへ消えていったという。

黒いアリは戦闘に強いそうだが、それでも黒いアリたちの6割が死んだという。

そして、クロヤマアリも4割が死んだというコトだった。

そんな状態であったので、山を越えた西側は情勢が不安定で、我々も何度かトゲアリの盗賊に出くわしてしまい、襲撃されたこともあった。

これほどまでに危険で野蛮な帝国は今までに見たことがない。

我々がこの帝国から帰る路は海を通っていくしかなかった。しかし、荷物やアリの輸送を請け負うハキリアリが、

「今は乗せることは出来ない。危険すぎるし、我々も疲れている」

というので、困ってしまった。

 それでも、

「運賃を倍額支払う」

というと渋々応じた。

 しかし、

「安全は一切保証しない」

と言われた。

 我々を乗せた船は、途中でウミトゲアリの帝国に補給のために寄港した。

港のまわりを観光の意味も含めて散策していると、突然水の中から黒くて凶暴なアリが出てきて、ウミトゲアリと戦闘を始めた。

 船から、ハキリアリが

「早く乗れ!引き返すぞ!」

と怒鳴っているのが聞こえたので、急いで船に戻った。

 私たちは再び野蛮な国に引き戻された。

そしてそこで5か月ほど過ごした。

ハキリアリによると、

「しばらくの間帰れそうにないな」

というので、山脈を超えた西側の農村で静養していた。

 ある日、いつものように果実畑を散策していると、トゲアリの盗賊連中が大きな穴に入っていくのが見えた。

 それから毎日その穴の近くまで行ったが、トゲアリは出て来なかった。不思議に思った我々は恐る恐るその穴に入っていくと、どうやら巣ではないようで、穴がずっと続いていた。

何日間歩いたかわからないが、やっと向こう側が見えてきたと思ったら、目の前にはよく知っている光景が広がっていた。

 我々はひょんなことから、わが帝国と野蛮な帝国を繋ぐ通路を発見したのだ。

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天才の塔

報告書が出来上がったのとほぼ同時くらいに、ハエを使った飛行機の試作機が完成した。

しかし、ほかの発明とは違って群衆の反応は総じて否定的だった。

「空を飛ぶなんて恐ろしすぎる」

「なにか不思議な魔力で飛んでいるに違いない」

「いつかその魔力が帝国を飲み込み、世界を飲み込むだろう」

などという、根拠のないうわさが飛び交った。

当然、試作機に乗りたいというパイロットは現れなかった。

「仕方がない。自分で乗るさ」

こうして初めての飛行機はジーニアスが操縦することになった。

ジーニアスに課されたミッションは 帝国の上空を飛行機で一周 するというものだった。もし万一不時着したときでも、帝国内ならすぐに帰ってくることが出来るからだ。

 初めての離陸式は、霞がかかった朝にとりおこなわれた。

何とも言えない緊張感の中で、群衆はジーニアスがハエに乗り込むのをじっと見守った。

 兵がハエを繋いでいたストッパーを外すと、飛行機は大空へと勢いよく飛び立っていった。

ハエとジーニアスはあっという間に見えなくなった。

 ジーニアスはハエから見下ろす景色を眺め、感慨にふけっていた。

「美しく壮大な」

風景は、クロオオアリが築いてきた長い歴史をすべて表現しているようだった。

「言葉にならない美しさ」

というやつである。

 そんな風景にも慣れてきたころ、ハエとジーニアスの前に高くそびえる岩の壁があらわれた。

ついにジーニアスはハエの飛行機でB3の端まで到達したのだ。 

それ以上進むわけにもいかなくなったので、ジーニアスはハエを降下させて地面に降り立った。

ハエを休憩させている間、ジーニアスは周囲を散策した。

そして、大きな岩山の前まで近寄った。

 ジーニアスは元の場所に戻ろうと、横を向いて歩き始めた。

すると、そこに小さな穴があるではないか。

そう、この穴こそ、クロオオアリの冒険団や数多くの交易船が行きかった、ウミトゲアリの帝国に続くあの穴なのだ。

でも、ジーニアスにとっては初めて見る不思議な穴だった。

「入ってみたい」

ジーニアスの中で、ふと衝動が湧き上がった。

 休憩を早々と切り上げ、ジーニアスはハエの飛行機で小さな穴を潜り抜けた。

 穴の向こう側には、長い浜が目下に広がっていて、その先の海には大小さまざまな島が浮かんでいるのが見えた。

 それから2時間程は普通に飛行していたが、さらに30分経ったあたりから、ジーニアスはハエの発する異音に気付いた。

 ギシギシと羽の隙間から音が漏れているので、ジーニアスも少し強度に不安を持つようになった。そして、羽の振動回数もだんだん減少してきた。

 ジーニアスは思った。

「こんな海の上で墜落してしまっては本も子もない。どこか手ごろな島を見つけて着陸しよう」

 ジーニアスはすぐ近くにあった小さな島に着陸した。

その島は小さいわりにやけに賑やかだった。

というより、騒がしいくらいだった。

草の陰から声がしている方を見てみると、グンタイアリが集まってウミトゲアリを襲っている

ところに出くわしてしまった。

第2弾の冒険団が帰国してから10か月以上もたっていたにもかかわらず、ウミトゲアリ帝国ではグンタイアリの残党勢力との争いがまだ続いていたのだった。

「こんなところで争いに巻き込まれてはたまったものではない。さっさと戻ろう」

ジーニアスは休憩も早々に再びフライトに臨むことにした。

ハエは相変わらずギシギシ音を立てていたが、

「自国に帰るくらいならもつだろう」

と思い、心配はしていなかった。

 それから1時間のフライトで入り口の穴まであと3分の2ほどのところまで引き返していた。往路よりもスピードが落ちていたものの、墜落しそうにはなかったので、飛行を継続した。

兆候は突然あらわれた。

急に目の前に白い霞が湧き出てきて、妙に心地よい風が吹き出した。

「嵐の予感」

アリには雨などを予感する能力が潜在的に備わっている。

この時、ジーニアスの中の

「嵐レーダー」

が反応していたのだった。

ジーニアスはすぐに進路を変えて元の方向に旋回した。

B3でもB4でも、気候の中で

「嵐」

のコマンドだけは使用されたことがなかった。

それが連日の停電によって起動されてしまった。

だから、アリたちには

「嵐」

に関する知識はもちろんないし、ジーニアスのいたまさにその場所が、

「嵐の目」

の部分であったとも知らずにいた。

ほどなくして、ジーニアスとアリの飛行機は大きな嵐の中に飲み込まれてしまった。

「おい!起きろ!立ち上がれ!」

ジーニアスが意識を取り戻すと、サムライアリに周囲を囲まれていたのだった。

嵐によって墜落した

「ハエの飛行機」

はどこかに行ってしまったが、ジーニアスは海流に流されて、ウミトゲアリの支配地域を脱してサムライアリ帝国の領土上に打ちあがっていたのだ。

そこを海岸線の石積みの修理にやってきたサムライアリに発見されたというわけだ。

ジーニアスはとても丁重に扱われた。

どうしても、この願いだけは、

「帰国したい」

という願いだけは、サムライアリは許してくれなかった。

それもそうだろう。

もし、ジーニアスが帰国して、サムライアリ帝国の国力が大幅に低下していることが知れ渡ってしまえば、地政学上非常に不利になるからである。

更に、グンタイアリの搭乗でサムライアリの個体数が大幅に減少し、クロヤマアリの反乱が相次いだこともあり、ジーニアスはゲストの部屋でしばらく軟禁状態に置かれることになった。

そのころ、クロオオアリ帝国ではジーニアスの捜索が始まった。

当然のことだ。

ハエが飛び立ってからすでに2か月もの時間が流れていた。

それなのに、帝国中隅から隅まで探しても見つけることは出来なかった。

3か月が経った頃には、ほとんどのアリが

「ジーニアスは死んだ」

と思っていた。

唯一諦めていないものがいるとしたら、ジーニアスの部下の将軍、グラントだけだっただろう。

グラントは

「ジーニアスはどこへ行っても生きていける奴だ」

と本気で信じていた。

だからもし1ミリでもジーニアスの死を疑うことがあれば、それは

「自分を疑うこと」

と同じであり、恥なのだ。

軍の会議で、グラントは

「ジーニアスはウミトゲアリに誘拐された」

という説をとなえた。

もちろん、ほとんどの兵はそれに懐疑的だった。

ある老兵は、希望を捨てきれないグラントをこう諫めた。

「ジーニアスの飛行機はまだ試作の段階だったので、この帝国内の飛行が達成出来たらすぐに戻って来るはずだ」

「ましてや、飛行機を持っていないウミトゲアリに誘拐されるなどというのはありえないことだ。どこかに墜落しているにちがいない。見つからないというコトを考えると、海の底に沈んでいるに違いない」

兵たちはジーニアスがわざわざ、あの岩山の穴からウミトゲアリの帝国に入ることなどありえないと思っていた。

それでも、グラントは軍を上げてジーニアスを捜索することに賛成するよう、兵を説得し続けた。

それぞれの兵が巣に帰る前に何時間もかけて説得をし、それを上等兵85匹全てに繰り返した。

上等兵の同意と協力がなくては、何も始まらないのだ。

そして、なんとか押し切ったグラントはハエの飛行機をウミトゲアリの帝国に派遣し、飛行機の上から一気に石などを落として攻撃をした。

そして、上空から大きな音でこう宣言した。

「わが大将が返還されるまでこの攻撃を続ける」

もちろん、ジーニアスがいるのはサムライアリの帝国なので、ウミトゲアリの帝国はどうすることもできなかった。

ウミトゲアリは

「ここにはいない」

と本当のことを言ったものの、グラントは攻撃の手を緩めることはしなかった。

そして長い戦闘で疲弊したウミトゲアリは、ついに降伏してしまった。

降伏後、ジーニアス探しが帝国内で行われ、少しでも隠したように見られたアリは拷問を受け、殺された。

それでもジーニアスは見つからなかった。

グラントは結局ウミトゲアリ帝国から引き揚げようとしたが、上級兵のアリはそれを止めた。

ウミトゲアリ帝国は膨大な量の資源を保有している。

そんな宝の山をタダで手放すのはもったいないということだ。

グラントはその上級兵にウミトゲアリ帝国の統治を委託し、サムライアリ帝国への侵攻を開始した。

そして、30日間に及ぶ激しい戦闘の後、全域を支配することに成功した。

こうしてクロオオアリたちは、思わぬ出来事からこのアリの世界の支配者となった。

クロオオアリは支配した先全てで、同じ通貨の使用を強要した。

それから、サムライアリ帝国を保護領として独立させ、ウミトゲアリ帝国の開発は、

「北部開発会社」

という株式会社を通じて行われることになった。

一方のグラントは、なかなかジーニアスを見つけ出すことが出来なかった。それからしばらく捜索は続けられたが、結局見つけることは出来なかった。

 本国でクーデターが起こったからだ。

クーデターを画策したのはあの上等兵で、全ての知識あるアリたちを虐殺して、アブラムシを大量に増殖させるという暴政をしいたため、その解決にグラントが駆り出されることになったからだ。

グラントは自国のあまりの荒廃ぶりにいたたまれない気持ちになった。かつて自分やその他大勢のアリが豊かな生活をするのを受け入れたのと同じ大地に立っているはずなのに、目の前に転がっているのは屍と戦闘の残骸のみ。

あの豊かな国はもう二度と戻って来ないのだ。たとえ同じ空気に包まれ、同じ大地に聳える建物で元に戻ったように見えても、整えられた中に僅かに存在する虚しさばかりが目についてしまう。

今後もそのような想いで生きていかなければならないのだと、グラントは覚悟した。

暴政はアリたちをかなり苦しめていた。都市で科学的な生活を送ってきたアリたちをいきなり山間部に送り込み、諸侯のアブラムシプランテーションを全て没収した農地で働かされる。

逆らったアリは殺されるが、毎日少しずつ器官を破壊していき、死ぬまで晒しものにされるのであった。

グラントはかつて自身を軍へ推薦した諸侯の巣へと身を隠し、平和な自国を取り戻そうと決意した。

この巣の女王はスマートの誕生前から巣をつくっていたため、老齢であり、先はそう長くなかった。つまり、グラントの頼みの綱だったこの巣も、もう少しで消滅してしまうということである。

女王自身もそれを自覚していたのだろう。

グラントに、女王が後継者として期待を寄せている、トーマスという指揮官を紹介した。

「あんたも取り戻すつもりか?」

トーマスはぶっきらぼうに話しかけた。

グラントは頼もしく感じた。

「ああ。もちろん。この国を取り戻す」

「あん?」

トーマスの意外な反応に、グラントは面食らった。

「私に国などない。存在するのはただ女王のみだ。私が戦うのは我々の女王とアリたちを守るためだ。それ以上でもそれ以下でもない」

グラントは長年の経験から、トーマスのように割り切った性格の方が成功しやすいということを知っていた。

「よし。協力しよう。私は国の復活のため。あなたは巣の発展のため」

「じゃあ、まず。何をすればいいかは分かるよな」

「ああ。あの暴君を倒す!」

それから、グラントとトーマスは暴君のいるB3の東端の都市・フィユマニアを包囲した。

2匹のアリが遠征の最中に各地を通って回ると、あまりの迫力に思わずついてくるものが続出したという。

2匹は暴君を引きずり出してその場で処刑した。民衆からは歓声が上がり、永遠の自由を手に入れたことを喜んだ。

ただ、それで事態が収束したわけではなかった。2匹の英雄が立ち上がったのとほぼ同時期に各地で蜂起が起こったのだ。

それは14の巣で発生し、それぞれ暴君に払うはずの税を軍資金としていた。

それなのに、何もしないうちから暴君が居なくなってしまったというのでは、アリたちの気が収まらなかった。

何が起こったかはご想像のとおりである。

暴君を倒すための費用を使い、思い思いに各地に国家を建設していったのである。

トーマスは軽く怒っていた。アリたちを思い通りにいかせるのは難しいとわかっていた反面、自分たちのおかげで暴君がいなくなったのに感謝の欠片も見せないからだった。

激しく怒っていたのはグラントの方だった。

せっかく国土を平和的に統一するために戦いを挑んだにも関わらず、そのほとんどが予期せぬ形で分裂したからだ。

そしてその怒りのせいでグラント自身にも災厄が降りかかることになってしまった。

怒りのあまり、岩に強く頭を打ち付けたグラントは死んでしまったのである。

しかし、そんな中、各王国のアリたちがトーマスに感謝する事件が発生した。

恐るべき遊牧アリ:グンタイアリが再び侵入を始めたのである。

戦闘は数週間にわたって続き、各王国は連携せざるを得なくなったが、それが荒廃を招き、サムライアリに侵攻するインセンティブを与えてしまったのだ。

そしてサムライたちはそれを優位に進めた。

それを可能にしたのが、クロヤマアリが開発した、トンボを自由に操縦して飛行機にする技術で、あっという間に形成が逆転してしまった。

もちろん、クロオオアリの帝国もすぐにそれをまねした。

しかし、クロオオアリが育てたのはトンボではなく大量生産のきくカゲロウだった。

ウスバカゲロウの幼虫は、

「アリジゴク」

として知られている。

クロオオアリによって大量に増殖したウスバカゲロウはあっという間に生息域を広げていき、ほぼ全域に達した。

後の展開はもうお分かりだろう。

ウスバカゲロウが大発生してからわずか4か月の間に、98%のアリが死滅した。

そして2%も冬の寒さに耐えられなくなって死んだ。

あれだけたくさんの発明を生み出し、富を生み出したアリたちの文明は、予知していない脅威に対しては非常にもろかったのだ。

そして、これを読んでいる人間の皆さんにも、注意していただきたいことがある。

いまあなたたちは、アリジゴクのようなものを養殖してはいないだろうか?

気を付けないと、大変なことがおこるかもしれない。

さて、ここまで物語を書き進めてきたが、これはいったい誰の視点で書かれているのだろうと疑問を持った方もいるかもしれないので、説明しておこう。

実は著者である私は、この物語の中に登場する

「スマート」

なのだ。

グンタイアリの乱の後、床の上に倒れたとは言ったが、起き上がっていないとは言っていない。

あの時の私は、少し睡眠が足りなかっただけなのだ。

しかし、最後は本当に俗世が嫌になって、塔の中だけで暮らすようになったというわけだ。

そして塔から見える混沌とした世界の経過を見て感傷にも似た気持ちでくらしていたのである。

最後の最後に申し訳ないが、わたしはもう死ななくてはいけない。

元来働きアリの私としては、ずいぶん長く生きさせてもらったと思う。

感謝する。

それと、私が幼い頃に「アリは欲しがらない」という格言を老いた誰かが教えてくれたことがあるが、あれは虚構であったようだ。

それから、最後の最後の最後に、この世界にはツムギアリというアリもいたのだが、常に木の上にいて全く面白みがないので割愛させていただいた。

申し訳ないね。

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