見出し画像

夫婦で『論語』を読む 夫婦の読書会#7

夫婦で『現代語訳 論語』を読み進めており、前半を読み終えた。

岩波文庫版の『論語』を読んだことはあったのだが、難しくて途中で読むのをやめてしまった。

しかしこの宮崎市定氏による現代語訳の論語は非常に読みやすくて、スラスラと読み進めることができ、現代語訳にも相性があるというのが分かった。

ちなみに漢文と読み下し文は飛ばして読んでいる。

孔子とは何者だったのか

聖人・思想家としてあまりにも有名な孔子だが、一体何をした人なのかというと、答えが思い浮かばなかったので調べてみた。

孔子は「儒教の始祖」と呼ばれており、儒教とは一つの思想体系だ。

「世界三大宗教」は「キリスト教」「イスラム教」「仏教」の3つを指しており、キリスト教は20億人、イスラム教は13億人、仏教は3億人の信者がいるとされているが、中国における三大宗教は、「儒教」「仏教」「道教」で、この中の「儒教」こそが、孔子が体系化した思想だ。

現在では「儒教は宗教か否か」の論争があり、「儒教は倫理であり哲学である」とする考えが一般的となっている。

キリスト教やイスラム教には神がという絶対的な存在が君臨しているが、儒教にはそれに値するような絶対的な存在はなく、孔子自身、生涯に渡って神について語ることはなかった。

また、儒教は死後の世界や来世という概念がなく、「人間は死んだらどうなるのでしょうか?」と弟子から尋ねられた孔子は、「生きることさえよくわからないのに、どうして死がわかるというのだろうか」と答えたという。

儒教にとっては「今どう生きるか」が最重要な課題であり、死や死後のことは関心の外だったことが「儒教は宗教ではない」と言われる理由の一つだ。

孔子の死後、弟子達が約400年という長い年月をかけて孔子の教えをまとめたのが『論語』で、内容の簡潔さから儒教の入門書として広く普及し、中国の歴史を通じて最もよく読まれた本の一つだ。

感銘を受けた、成長のための3つの言葉

子曰く、理性で知ることは、感情で好むことの深さに及ばない。感情で好むことは、全身を打ち込んで楽しむことの深さに及ばない。

p93

いままでは、感情で好むことを一番至上のものと思っていたが、「全身を打ち込んで楽しむこと」という上位の概念があることに気付かされた。

好きなものに従うだけでは不十分で、自分の情熱にしたがって、全身全霊で楽しみながら取り組むことが大切なんだと思った。

子曰く、私の目的は祖述するにあって、私個人の創作ではない。十分な自信を以て、伝統の中に不変の良さを見出す。そう言えば前代にも老彭(ろうほう)という人があって、私の理想通りに行ったそうだ。

p102

孔子自信が、自信の考えは「創作ではない」、つまり「オリジナルなもの」はないと言っており、クリエイター全てにタメになる言葉だ。

「古いものの中から新しいものを学べないようでは学者とはいえない」という温故知新の語源となった言葉も孔子は残しているが、すでにあるものの中から「不変のもの」や、「新しいもの」を発見できる力が、研究や創作に携わっている人には必要だ。

子曰く、情熱がないものは進歩しない。苦しんだあとでなければ上達がない。四隅の一つを教えたら、あとの三つを自分で試してみるくらいの人でなければ、教える値打ちのない人だ。

p105

受け身ではなく、積極気に自分から学びにいく姿勢のことを言っており、自分の現在の学習の仕方を見返すのにうってつけの言葉だ。

「四隅」というのはたとえにすぎないが、1つ学んだら関連する3つのことを学ぶという指針にもなっていい。

まとめ

非常に面白い!

論語は古臭いと思っていたが、読んでいてハッとさせられることが多い。

読みやすく、学習や生き方の指針を見つけるにもぴったりだ。

匿名のコメ・質問はmondまで👍 https://mond.how/ja/hovinci_jp