ジャンルを超えた音楽の集大成 『Spirit Trail』 BRUCE HORNSBY
いやもう、「なぜこのアルバム・ジャケットなのか?」と思いますが、きっとブルース・ホーンスビー流のユーモアなのでしょう。「だとしても裏ジャケットで良かったんじゃないか?」と凡人である私などは思ってしまいますが、裏ジャケットはなんとご丁寧にこのおじさんの口元のアップ。写っているのは叔父のチャールズ・ホーンスビーなんだそうです。
私はブルース・ホーンスビーが大好きでして、ハードロック/ヘヴィメタルに入れ込んでいた時期でも新譜が出ればチェックしていました。好きなアルバムはたくさんあるのですが、本作は「もしかするとこのジャケットが元で敬遠されている方がいるかもしれない」と思い至り、ここに収められているのは本当に素晴らしい曲ばかりとお伝えしたい次第です。
1986年にブルース・ホーンスビー&ザ・レインジとして1stアルバム『The Way It Is』をリリース。ここから人種差別や社会の不平等を「That`s just the way it is」と歌うタイトル曲が大ヒット。時は80年代半ばですから、いろんな意味で派手な曲が多い中で随分と厳しい歌詞に控えめなサビの曲が売れていたことになります。
続けて“Mandlin Rain”(←いつ聴いても美しい)もヒット。中学生だった私はレンタルすることなくCDを購入しましたので、随分と長くお世話になっているアーティストになります。
2ndアルバム『Scenes From The Southside』(1988年)もヒットし、ザ・レインジとの活動はジェリー・カルシアやショーン・コルヴィンが参加している3rdアルバム『Night On The Town』(1990年)まで続きます。
ソロ名義のアルバムになると、グレイトフル・デッドに参加した影響もあるかもしれませんがそれまで以上の即興性とともに、ジャズやブルーグラス、カントリーの要素が増えていきます。
ジェリー・ガルシアやパット・メセニー、ブランフォード・マルサリスといった大物が参加したアルバムを続けてリリースしますが、それらの後にさほどゲストを迎えることなくレコーディングされたのが本作『Spirit Trail』(1998年)です。
2023年には25周年を迎え、そのタイミングで取り上げたいと思ったのですが、実は私が購入し長らく愛聴しているCD(全17曲)とは別に、米国では2枚組(全20曲)でリリースされていたそうでして、25周年記念盤や現在のYouTubeやSpotifyによる配信では2枚組が採用されています。
「そう言えば輸入盤で2枚組を見たことがあったかも!」と思い出し、こんなにも好きなアルバムの別形態を素通りしてきたことを知ってしばらく落ち込み、書き始められずにいたのです(お恥ずかしい)。
私にとって馴染みのない3曲が加わるのはもちろんのこと、曲順も結構違うことから、どう書いたらいいのか悩んでおりました。
身体に染みついた曲順に愛着はあるものの、現在配信されている全20曲2枚組の方があるべき曲順でしょうし、(私にとっては)追加された3曲も“らしさ満点”の曲ですので、こちらで進めることにしました。どうかお付き合いください。
そう、本作は何と言っても“King Of The Hill”だと思うのです。私の中では4曲目ですが、配信では1曲目となっており、「そりゃそうだろう、その方がいいに決まってる!」と思わず声が出てしまうほどにまず聴いていただきたい曲です。曲がカッコいいのはもちろんなのですが、ここでのピアノがエグすぎる!間奏、エンディングと即興性を感じさせながらジャンルを超えて突き進んでいく様は何度聴いても興奮します!この曲だけでもこのアルバムには価値があると思いますし、音楽の素晴らしさを教えてくれます。
小作品的ピアノ・インストである⑸ Song C、⒅ Song D は、おそらくブルース・ホーンスビーに対して世間の人が持っているイメージ通りの、とてつもなく美しいピアノの響きと上品なメロディを聴くことができます。心がささくれた時には何度も聴いてきたピアノ・インストでして、もし自分がピアノを始めるならこれを弾けるようになりたいですね。
⒆ Swan Song はザ・レインジ時代のファンも感涙必至の美しい曲で、本当にらしさ溢れる良い曲だと思います。“Song D”からの流れにも感動するのは私だけ?
最後は“Swan Song”と“Song D”の変奏曲で終わっていきます。どの曲も聴きどころのある、バラエティに富んだ全20曲はまさしく大作で、それまで彼がやってきた音楽の全てが注ぎ込まれた傑作だと思います。書いてるうちに「だからこそ、力みのないこのジャケットが相応しいのかも」と思い始めました。
当時、⒆ Swan Song で 「This is my Swan Song, gone, I’m gone」と歌われた時にはビビりましたが、ブルースはその後もコンスタントにアルバムをリリースしてくれており、その誠実な音楽と活動には感謝しかありません。ここ最近は(私にとっては)アヴァンギャルドとも言えるアルバムでその衰えることのない創作意欲を見せてくれています。ジャスティン・ヴァーノンやブレイク・ミルズ、yMusicをフィーチャーした『’Flicted』(2022年)でも、その貪欲さには驚かされますがベースにあるブルース・ホーンスビー節に変わりはありません。
ブルース本人はライブ盤『Here Come The Noise Makers』(ジャム・バンド全開のこちらもおすすめです)に自身の音楽性が詰まっていると話していた記憶がありますから、来日してくれることを切に願っております。
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