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【Vol.1】弁護士実務にソーシャルワークを活かす意義~依頼者理解を中心に

本記事では「法律のひろば」に連載中の「弁護士とソーシャルワーカーの対話」の第1回目(2023年4月号掲載分)を特別公開いたします。

とある若手弁護士(以下「弁」)が、独立型事務所を経営するベテランのソーシャルワーカー(以下「SW」)に、受任事件の悩みを相談しました。


Ⅰ 事例編

 私が担当している離婚調停中の事案で、依頼者とうまく信頼関係が築けなくて困っています。

SW  どのようなことで信頼関係が築けないと感じてらっしゃいますか。

 ようやく有利な条件で和解ができそうなところまできたのですが、依頼者が無理な要求ばかりで困っているのです。

依頼者は30代の女性で、3歳年上の夫との間に小学校1年生の男の子がいます。夫が家事や育児に協力的でないということもあって、口論が絶えなかったようです。

数年前に、夫とつかみ合いのケンカとなり、依頼者がかっとなって包丁を持ち出してしまったことがありました。双方けがはなかったようですが、夫が110番をして警察が家にやってくる大騒ぎとなり、結局、夫が子どもを連れて出て行きました。子どもは、夫の実家で祖父母が世話をしているようです。

その後、夫側から離婚調停を申し立てられたため、私が妻側の代理人となって、現在家庭裁判所で調停が続いています。

依頼者としては、離婚は仕方がないと考えているものの、双方が子どもの親権を主張しているため、家庭裁判所の調査官調査が入るなどして、話し合いが続いてきました。私は、依頼者の母親としてのこれまでの子育ての実績などを詳細に報告書にまとめるなどして、調査官にも依頼者が親権者としてふさわしいことをアピールしてきました。

その甲斐あって、調査官調査がこちらに有利な意見となったので、最近になって夫側が親権については譲歩すると言ってきました。ようやく具体的な調停案が作れそうなところまできました。

SW 親権の希望が通りそうなのですね。何が決め手となったでしょうか。

 調査官に、依頼者が親権者としてふさわしいことを理解してもらい、有利な意見を出してもらえたことが大きかったと思います。

SW 先生の代理人としての活動が功を奏したのですね。依頼者さんも満足されているのではないですか? 何か問題があったのですか?

 親権はよいのですが、問題は自宅のことなのです。

自宅は5年ほど前に新築戸建てで購入した土地建物で、夫側の両親が1,000万円以上の頭金を援助し、夫の名義で住宅ローンを組みました。土地建物は夫の単独名義となっています。夫が子どもを連れて家を出て行った後も、住宅ローンは夫が払い続けています。夫としては、親権を譲歩する条件として、依頼者が自宅から退去することを強く求めています。

夫の両親が多額の頭金を出していることもあってか、「この点は絶対に譲らない、応じないなら、親権も含めて離婚訴訟で徹底的に争う」と言っています。

逆に、依頼者が退去すれば、引っ越し代も出すし、引っ越し先の家賃の支払に困らないよう、養育費を多めに出してもいいとまで言っています。しかし、依頼者は、「今の家からは絶対に出ない」と頑なに拒んでいます。

私としては、このまま調停が不成立となってしまうよりは、親権や養育費などの点で依頼者に有利に解決できそうなこのタイミングで、なんとか調停をまとめられないかと考えています。

 何より、このままお子さんが夫の実家で暮らす状態が長引けば、将来、離婚訴訟で親権争いになったとき、依頼者に不利に働く心配もあります。

SW そのことは、依頼者さんも理解されているのでしょうか?

 私から何度も説明をしました。具体的な調停条項案も示して、この案が依頼者やお子さんにとってもメリットが大きいことや、逆に、離婚訴訟になればより不利になるリスクがあることも説明しました。

依頼者自身は、わずかなパート収入しかないため、住宅ローンを代わりに払うなどの提案をすることも難しい状況です。しかし、依頼者は、「夫が自分で家を出て行ったのだから、私が出て行くのはおかしい。むしろ、この先も、夫が養育費だけでなく、私と子どものために住宅ローンも払い続けるのが当然だ」と主張して譲りません。最近は、私が夫側のいいなりになっているとか、依頼者の意向を無視して勝手に和解を進めようとしているなどと言われ、私の話を全く聞いてくれなくなりました。

SW それは大変ですね……。依頼者さんは、今の自宅で生活をすることにこだわっておられるようですが、何か特別なご事情があってのことなのでしょうか?

つづきは以下の記事から



本文中に登場する事例は筆者らの創作によるものです。実在する事例とは一切関係がありません。


著者略歴

浦﨑 寛泰(うらざき ひろやす)

1981年生まれ。岐阜市出身。2005年弁護士登録。
長崎県の離島(法テラス壱岐)で活動した経験や、法テラス千葉で障害のある方の刑事弁護を数多く担当した経験から、弁護士とソーシャルワーカー(福祉の専門職)が協働して活動する必要性を痛感。2014年社会福祉士登録。
現在、ソーシャルワーカーズ法律事務所代表。
日本司法支援センター(法テラス)常勤弁護士業務支援室室長。
共著に『福祉的アプローチで取り組む弁護士実務―依頼者のための債務整理と生活再建―』(第一法規)など。

関連サイト:日本のプロフェッショナル 日本の弁護士|2021年6月号

佐藤​ 香奈子(さとう かなこ)

障がいをもつ児童の入所施設で保育士として勤務。
その後、総合病院でMSW(Medical Sociai Worker)として勤務後、精神科病院デイケア、精神科クリニックにてMHSW(Mental Health Social Worker)として勤務。
地域に活動拠点を移し、アウトリーチ支援チームに所属後、グループホーム、就労継続支援B型事業所で勤務。
法律事務所の常勤SWとして勤務。
現在、フリーランスのSWとして活動。

関連サイト:オフィスヒラソル公式HP


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