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【Vol.3】弁護士実務にソーシャルワークを活かす意義~依頼者理解を中心に

本記事では「法律のひろば」に連載中の「弁護士とソーシャルワーカーの対話」の第1回目(2023年4月号掲載分)を特別公開いたします。

前回の記事はこちら

とある若手弁護士(以下「弁」)が、独立型事務所を経営するベテランのソーシャルワーカー(以下「SW」)に、受任事件の悩みを相談しました。



Ⅱ 解説編

1 「依頼者を理解する」ことの重要性

 弁護士実務において、依頼者を理解することが重要であることは、改めて指摘するまでもありません。たとえば、この離婚調停の事例では、弁護士が依頼者に対して、紛争の経過から最適と思われる和解案を提案し、そのメリットや応じない場合のデメリット(リスク)についても十分に説明しているのに、依頼者は自宅に住み続けることに固執し、頑なに和解案を拒否しています。そればかりか、最善の代理人活動を尽くしていると思われる弁護士に対して、「相手方のいいなりになっている」などといわれのないクレームを受けてしまっています。多くの弁護士にとって、似たような経験をしたことが一度や二度はあるのではないでしょうか。

 このような状況に陥ってしまう要因や対策はもちろんケースバイケースですが、打開策として「依頼者を理解する」ことの重要性を改めて考えてみたいと思います。

 この事例では、依頼者自身が、両親の離婚、持ち家の売却、引っ越しといった経験があり、そのことを背景に、「『家を手放すことで、母親失格になる』という恐怖心が持ち家への固執につながっているのではないか」という仮説がソーシャルワーカーの口から語られました。

 もちろん、これは単なる仮説に過ぎませんが、この着想をヒントにして、「依頼者の自宅を購入したときの気持ちや自宅での子どもとの思い出や子育ての苦労について、もっと耳を傾けてみてはどうか」という突破口となり得るアイデアを得ることができました。

 実際にはそれが功を奏するかもしれませんし、全くの的外れに終わるかもしれません。しかし、そのような試行錯誤をくり返すことで、依頼者に対する理解が深まっていきます。依頼者に対する理解を深めることで、もしかしたら、弁護士が当初最適と考えていた解決方針とは異なるアプローチが見つかるかもしれません。あるいは、依頼者の弁護士に対する信頼感や解決案に対する納得感が醸成され、弁護士の提案を受け入れる方向に向かうかもしれません。

 今回は離婚調停の終盤での事例でしたが、弁護士実務においては、民事事件、家事事件、刑事事件と領域を問わず、また、初回法律相談の段階から委任契約を締結する段階、合意締結の最終段階まで、あらゆる領域や段階において依頼者を理解することが重要です。

 では、「依頼者を理解する」とは、具体的に依頼者の何を理解すればよいのでしょうか? そのために、どのように、あるいは、何を、依頼者から聴取すればよいのでしょうか? そのために、弁護士はどのような知見やテクニックを身につけておけばよいのでしょうか? 本連載において、筆者らはこの疑問への回答として、弁護士実務にソーシャルワークの知見を活かすことが有益である、と提案したいと思います。

 連載第1回目となる本稿では、まずは、そもそもソーシャルワークとは何かについて軽く確認をした後に、ソーシャルワークを弁護士実務に活かすにはどうすればよいかを、特に「依頼者を理解する」という視点から考察してみたいと思います。

2 ソーシャルワークとは何か

 ソーシャルワークは、しばしば「社会福祉援助技術」などと堅苦しい日本語で訳されることがあります。一応、公的なグローバル定義としては、「ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、および人々のエンパワメントと解放を促進する、実践に基づいた専門職であり学問である。社会正義、人権、集団的責任、および多様性尊重の諸原理は、ソーシャルワークの中核をなす。ソーシャルワークの理論、社会科学、人文学、および地域・民族固有の知を基盤として、ソーシャルワークは、生活課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。」(国際ソーシャルワーカー連盟の総会で2014年に採択)とされています。もっとも、これだけでは、よく分かりませんね。

 乱暴にかみ砕くと、要するに、何らかの生活課題を抱えた人がいた場合に、その人がより「ウェルビーイング」(幸福な状態)を高められるように、「人々やさまざまな構造に働きかける」つまり社会資源を調整したり、社会の仕組み・制度そのものを変えようとしたり、といった実践を指す言葉である、と考えられます。

 そして、そのようなソーシャルワークを実践する人を「ソーシャルワーカー」と呼ぶことがあります。日本では、社会福祉士や精神保健福祉士といった「ソーシャルワーカーの国家資格」が存在し、これらの資格を取得する際に、ソーシャルワークに関する専門的知識や技術を学びます。もっとも、ソーシャルワーカーは、資格の有無とは直接結びつかない、もっと広い概念です。また、日本の福祉の現場では、「相談員」「ケースワーカー」など、それぞれの組織内の名称で呼ばれて活動していることが多いため、外部からは誰がソーシャルワーカーなのか、分かりづらくなっています。紙幅の都合上、ここでは、「ソーシャルワークを実践する専門職」といった程度の意味で、ソーシャルワーカーという言葉を理解して次に進みたいと思います。

 さて、本稿で重要なのは、弁護士実務に活かすという観点から、ソーシャルワークの専門性(他の職業にはない、価値観、知識、技術など)とは何か、ということです。ここでは、ソーシャルワークの重要な専門性の1つとして、依頼者の「生活の全体像を理解する」という点に着目したいと思います。そして、依頼者の生活の全体像を理解するためのツールとして、ICF(国際生活機能分類)の考え方を参考にしたいと思います。

つづきは以下の記事から


本文中に登場する事例は筆者らの創作によるものです。実在する事例とは一切関係がありません。


著者略歴

浦﨑 寛泰(うらざき ひろやす)

1981年生まれ。岐阜市出身。2005年弁護士登録。
長崎県の離島(法テラス壱岐)で活動した経験や、法テラス千葉で障害のある方の刑事弁護を数多く担当した経験から、弁護士とソーシャルワーカー(福祉の専門職)が協働して活動する必要性を痛感。2014年社会福祉士登録。
現在、ソーシャルワーカーズ法律事務所代表。
日本司法支援センター(法テラス)常勤弁護士業務支援室室長。
共著に『福祉的アプローチで取り組む弁護士実務―依頼者のための債務整理と生活再建―』(第一法規)など。

関連サイト:日本のプロフェッショナル 日本の弁護士|2021年6月号

佐藤​ 香奈子(さとう かなこ)

障がいをもつ児童の入所施設で保育士として勤務。
その後、総合病院でMSW(Medical Sociai Worker)として勤務後、精神科病院デイケア、精神科クリニックにてMHSW(Mental Health Social Worker)として勤務。
地域に活動拠点を移し、アウトリーチ支援チームに所属後、グループホーム、就労継続支援B型事業所で勤務。
法律事務所の常勤SWとして勤務。
現在、フリーランスのSWとして活動。

関連サイト:オフィスヒラソル公式HP


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