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ほろ苦い柚子のジャム

 私は、柑橘類の香りが好きだ。レモンの皮の、すっきりするような爽快感のある香り。みかんの果肉の甘味の強いまろやかな香り。グレープフルーツの、少しえぐみを感じるような香り。かぼすの青々とした香りも好きだ。こうした生の果実の香りだけではなく、戸棚の香水コレクションの中には柑橘系の香りの小瓶が鎮座しているし、ハンドクリームは柑橘系の香りのものを選びがちである。
 そんな私は、数ある柑橘類の中でも柚子がこよなく好きだ。あの、爽やかでありながら、まろみがあり、且つ適度な渋みを感じる香りを嗅ぐだけで幸せな気分になる。和風のあんかけ料理に柚子の皮がちょっと添えてあったり、お吸い物や雑煮に柚子の皮が入っているだけで、私の中でその料理の風格が一気に上がる感じがする。何だか特別な料理になったような気がするのだ。
 料理に入っている柚子の皮を残す人が一定数いるが、私は積極的に食べる。口に含めば、柚子の香りがさらに広がり、噛めば皮の触感と、ちょっとした苦みを感じて、それもまた良い。香りが良いだけでなく、柑橘類の中で一番皮が美味しいのは、柚子だと個人的には思っている。
 そんな柚子好きの私は、千葉にある母の実家に植えてある大きな柚子の木が実をつける冬の時期を毎年心待ちにしている。とても立派な柚子の木で、日の当たりが良いのか、冬になると綺麗な黄色い柚子がたわわに実る。それらを収穫しては、使えきれない分をお裾分けしてもらうのだ。
 一般的なスーパーで柚子を大量に購入することは難しいので、私にとって、このお裾分けは大変貴重である。いそいそと、貰った柚子の皮を包丁で剥いて、小分けにしたものをラップに包み、ジップロックに入れて冷凍保存する。これを少しずつ取り出しては細切りにして、あんかけ豆腐やお吸い物、煮物の最後の仕上げに、ちょこんと載せるのだ。これだけで、いつもの料理がワンランク上がったような仕上がりになる。
 皮に黒ずみがあったりするようなものは、冬至まで取っておいて、贅沢に丸ごとお風呂に入れて柚子湯を楽しむ。ほのかに柚子が香って、いつものお風呂タイムも格別なものに感じられるので、この使い方も大好きだ。
 そうやって柚子を楽しんでいたが、片や頭を悩ませていたのが、「皮を剝いた後の実をどうするか」という問題である。表面の黄色い皮だけ剥かれ、所在なさげにまな板の上に転がる柚子たち。これをどうやって消費するかという問題なのだが、柚子は種が多く、他の柑橘類のように中の薄皮を剥いて果肉を取り出すことが難しい。そのため、果汁だけ絞り出してレモン汁の要領で料理にかけてみたり、他の調味料と合わせてドレッシングにしてみたりしたが、もっと余すことなく柚子を楽しむ方法が無いものかと思っていたのである。
 そんな中、特に今年は豊作だったようで、10個ほどの柚子のお裾分けを賜ることができた。ぴかぴか光った柚子たちをキッチンに並べて、さあ今年はどうしてくれようと思案し、ふと、今年は必要な分だけいつも通りゆずの皮を冷凍保存し、他はジャムにしてみようと思いついた。
 調べてみたところ、ネット上には柚子ジャムのレシピは様々なパターンが存在するが、一般的なのではと思われる方法は、凡そ以下の通りである。

  1. 柚子の皮を剥き、細切りにする

  2. 1を3-4回茹でこぼす

  3. 残った果肉は絞り器で絞り、薄皮とワタ、種に分ける

  4. 薄皮とワタは刻み、種はお茶パックに入れる

  5. 柚子の皮、果汁、薄皮、種を全量の40-60%の量の砂糖と合わせる

  6. 灰汁を取りながら弱火でじっくり煮詰める

 実に丁寧な調理法である。丁寧であるがゆえに、手数が多い。皮を最大4回も茹でこぼさないといけないなんて、必要な工程なのだとしても、面倒くさすぎる…!しかも、我が家にはお茶パックなどない。かといって、代わりになりそうなものもない。買いに行くか、しばし逡巡して、諦めた。これの為にわざわざ買いに行くのは嫌だ!私は根が物ぐさなのである。しかし、同時に食い意地も張っている私は、柚子ジャムは諦めきれない。どうにかこうにか、もう少し手数が少ないレシピは無いものかと、スマートフォンと睨めっこすること数分、Youtubeのレシピ動画を発見した。

https://www.youtube.com/watch?v=u97ZtzOn4H0

 基本的な工程は先ほどのものと同じだが、なんと、2の工程がまるっと無いのである。しかも、煮る際に種も使わない。まさに私が求めていたレシピではないか!レシピを発見した喜びそのままに、早速ジャム作りに着手した。
 皮を剥き、細切りにする。ここまでは特に問題ないが、果汁を絞って薄皮と種と分けるところが、なかなか手間がかかる。我が家に絞り器はないので、フォークを果肉に差し込み、ぐりぐり捻って果汁を絞る。絞り終えて一緒くたになった薄皮とワタをまな板に広げ、その中に残ってしまっている種を取り除いていく。普通の種であれば造作はないが、大きくなり損ねた小ぶりで薄い種が厄介である。薄皮やワタに紛れて容易に取り除くことができない。ええい、まどろっこしいと、薄皮とワタを包丁でザクザク刻んで細かくしながら、目についた種を指で摘み取っていく。途中で嫌になってくるが、出来上がりに影響すると思うと辞めるわけにはいかない。無心で作業して、薄皮とワタがペースト状に細かくなるころには、種もほぼ取り除かれていた。あとは種以外のすべてを砂糖と煮詰めるだけである。少し目を放すと、あっと言う間に焦げ付くので注意が必要なのだが、種の除去というひと仕事を終えて、すっかり油断した私は、案の定、鍋底を少し焦がしてしまった。
 焦げ付いた砂糖は落とし辛いので非常に厄介だ。少し憂鬱になりつつも、ひとまず完成したジャムを、焦げが混ざらないように掬い取り、煮沸消毒したビンに詰めて、ついに完成である。黄味が強かった皮や果汁は、きび砂糖と合わさって煮詰まることで、こっくりとした橙色に変わり、とろりとしつつも皮の存在感はしっかり残っている。これはジャムというより、どちらかというとマーマレードの様相に近い。湯気とともに立ち込める香りも、煮詰める前よりも苦みが強くなったような気がする。
 冷ましてから、スプーンでたっぷり掬い取って、白湯に溶かし入れてみた。一口啜ると、まず柚子の香りがふわっと広がり、次に、苦みがじんわり。ただ、後に残る嫌な感じはない。甘さは控えめで、啜るごとに口の中に入ってくる皮を噛むと、爽やかな酸味も感じられる。素敵なレシピに助けられて、なかなか美味しくできたのではないだろうか。種を除き、本当に柚子を丸ごと使って作ることができたという点にも、満足感がこみあげてくる。
 動画の中では、炭酸水に入れるという味わい方も紹介されていたが、お風呂上りに飲んだら最高に美味しいに違いない。ジャムらしくパンに塗っても美味しく楽しめそうだ。ジャムが甘さ控えめなので、少し甘みのあるデニッシュパンと相性がいいかもしれない。久しぶりに近所のパン屋を覗きに行ってこようか。そんなことに思いを巡らせながら、大好きな柚子が、思いがけず冬の食生活を更に豊かにしてくれる予感がする。新しい試みは大成功だったのではないだろうか。焦げ付かせた鍋の処理を除いて、来年も是非挑戦したい。


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