エミーナの朝(16)
記念旅行 5
その夜、遅くに、旅行の打ち合わせのために、ナゴンに電話した。
旅行の日程、集合場所、宿泊施設などの話をした。
そのあと、余計な詮索とは思ったけれど、なぜ亜未の家から逃げ出したのか、ナゴンに聞いてみた。
ナゴンは語ってくれた。次のような話であった。
亜未の家で、社長に求められて関係を持ってしまったと言うのである。
ナゴンは、元々、かなり年上の人が好きな性格上、ズルズルと関係を続けてしまっていた。
そのうちに、社長から妻になってほしいと言われた。
確かに、一見すれば、めでたい玉の輿である。
でも、いろんなことが頭に浮かんできた。
周りからなんて言われるだろう。社長を色仕掛けで落としたとか、子どもをうまく手なづけたとか、なんとか……
これは、気にしなければいいのかもしれない。でも一番の問題は、亜未との関係である。
ナゴンに子供ができると、亜未に今まで通りの態度でいられるだろうか? 自分の腹を痛めた子どもの方を可愛がりはしないか?
今の気持ちは同等にするつもりでも、その時になって同じ気持ちでいられるか、自信がなかった。
たとえ、同等に扱えたとしても、他人が見ればどうだろうか? どんなに対等に二人の子供を扱っても、差別でもない差を「自分の子と区別している。やっぱりな」と見てしまうだろう。
しかも、このような話が亜未の耳に入れば、亜未が傷つき、結果として家族全員が不幸になりはしないか?
単なる結婚ではなく、後妻に入るのである。こんな情況で暮らす自信はなかった。
悩んだ挙げ句、亜未の父親から離れるためにその家を飛び出して、そのままにしておいたアパートに戻ったのである。
ただ、亜未の不登校により再び通いで亜未を世話したが、機会を見て消えたのは前に述べたごとくである。
ベッドに入ってからも、電話で聞いたナゴンの話を思い出していた。
「亜未の家からは、だれにも言わずに消えた」と、今朝、コーポ・マツリカで、ナゴンは言った。しかし、実際には一人にだけ伝えていたのである。
それは亜未本人である。
「アーちゃん、ごめんね。許してね。これ以上、ここにはいられないの」
ナゴンは、亜未の前で泣きながらつぶやいていたらしい。
亜未はなにも言わず、ナゴンをじっと見ていて、泣きも叫びもしなかったと言う。
ナゴンはそのまま立ち去ったのである。
わたしの中にいる夫に、亜未について聞いてみた。
夫「亜未はこれから中学生になる歳だったんだよね。女の子でもあり、ナゴンの苦しさを感覚的に分かっていたんだろうな。
ぼくが見るに、おそらく亜未は次のように思ったのではないかな。
『ナゴンが周囲の人を非難すれば、人間関係に歪みが生じる。その歪みにより、優しいナゴン自身が破壊されてしまう。
だから、ナゴンは、自分が壊れてしまわないように、逃げなければならなかった。
亜未自身も、まだ幼く非力である。 だから、自分を守るために、この件で周りの人を非難するのは止めよう』
と考えて、黙ってナゴンを行かせたんだろうな」
ベッドから薄暗い天井を見つめながら思った。
わたしは、わがまま。だから頼まれたって子どもの世話なんてしないけど、ナゴンは頼まれると断れないのね。
そうか、わたしが、わがままな子どもみたいなものだから、優しいナゴンは、わたしに母性本能をくすぐられて、親友になったのかも……
ん? と言うことは、ナゴンは、わたしのお母さん?
亜未ちゃんとは、姉妹……
やばい、やばい、こんなことを考えていると夢に出てきそう。
と考えてるうちに寝てしまった。
やっぱり夢に出てきた。
夕焼けの中、ナゴンお母さんは、子ども二人と、手をつないで歩いている。
三人は、「夕焼け小焼けで日が暮れて……」と歌いながら、つないだ手を振って歩いている。
子どもの一人はわたし、もう一人は亜未ちゃん。だけど、変?
亜未ちゃんがお姉さんで、わたしが妹……なんで???
目覚めて考えていたら、わたしの中の夫が、「ふふっ」と笑った気がした。
エミーナ「なにが、おかしいのよっ!」
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