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マッドパーティードブキュア 92

「ふむ、これは……」
 ラゲドは瓦礫の山の中の空白に気づいた。あたりには廃材が重なり合って転がっているのに、そこだけ切り裂かれたようにぽっかりとなにもなくなっている。しゃがみ込み、覗き込む。断面では瓦礫の素材が押しのけられたように重なり合っている。
「メリアさん」
「はい」
 ラゲドが名を呼ぶと、緊張で裏返った声が返ってきた。彼女が図書館から出るのは久しぶりなのだ。黄土色のフードを深く被り、おどおどと辺りを見渡している。
「このあたりには誰もいません。それよりも、これを見てください」
「どれですか?」
 メリアはラゲドの指差す隙間を見ると、近づいてきてしゃがみこんだ。眉を寄せ、断面を見つめる。そのままの姿勢でじっと動かない。
 ラゲドはあたりを見渡す。閑静な裏路地、店は開いているが、人の気配はしない。聞いていたとおりに孫転地区は静かだ。生きているものの気配さえない。今のところ、スキマやその他の怪異も近づいて来ている様子はない。
「これは……」
 唸るように、メリアが言った。
「心当たりが?」
「ええ、少し前に読んだ本に出てきました。この街のある種の怪異、いわゆるスキマの住人たちが使う経路がこのような断面を見せると書いてあった気がします」
「経路、ですか?」
「はい、物理的な制約を無視して、街の裏側へといたるための出入り口です」
「それが、これだと?」
 空白を見つめて尋ねるラゲドに、メリアは首を振った。
「いいえ、これはただの残滓です。残念ながら。これを使った者たちはもうすでに移動を終えているかと思われます」
「奴らもそこを通ったのかも知れないですね」
「まさか!」
 メリアは驚きの声を上げた。
「ありえませんよ。街の裏側を生身の人間が通ったら混ざり合って消えてしまいますよ」
「それはそうです」
 ただ、とラゲドは足元から瓦礫の破片を拾い上げた。
「情報は本当だったようですね」
 それはねじれ曲がり歪んだ黄金律鉄塊だった。

【つづく】

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