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【連載版】コッペリアの末裔 vol.5 敗走

落ちる落ちる落ちる

夕日に照らされた瓦礫の山が視界の中ですごい勢いで大きくなっている。

「これ、本当に大丈夫なの?」

『たぶん、大丈夫だよ。たぶん』

耳の中に能天気なオルトの声、何か食べているのか少し不明瞭に聞こえる。

『たぶんとは、なんだ、たぶんとは。あと、羊羹食いながら話すな、うるさい』

なにかを叩くような鈍い音とともにサイエの声が遮った。

『アンロ、大丈夫。落ち着いて、クロエに任せる。落下姿勢制御くらいでミスなんて起こらない』

『そうそう、それに構造だけでも、壊れはしないから』

現場から離れた声は、ひどく楽観的に思える。クロエが羊羹を咀嚼する音に加えて、サイエの者も重なって聞こえはじめた。

ため息をつく。

瓦礫が近づく。

二人の言葉は本当だろうか、それとも楽観主義だろうか?

◆◆◆

衝撃に目を覚ます。

意識がはっきりするにつれ、体中を痛みが包む。幸運なことに植え込みに落下したようだ。

ここはお化け山の瓦礫ではない。狩猟課の建物の裏。
建物を見上げる。ずいぶんと高い位置の窓ガラスが割れている。クロエの姿勢制御機構は無事に働いてくれたのだろう。

落下耐久実験のあとの自慢気な二人の顔が浮かぶ。少しだけ感謝の念が湧く。

違う。今は、そんなことを思い出している時間じゃない。二人が無事かもわからないのだ。

合流地点の位置を出そうとして、モニターがないのに気がつく。

「そうだ、さっき」

色付きの狩猟課に飛ばされたのを思い出す。オルトは怒るだろうか。色付きならしょうがないと笑うだろうか。それも戻ってからだ。

植え込みの中から慎重に辺りを窺う。動くものは見えない。本当に? 何かが潜んではいる気がする。威圧的な街灯が敷地内を薄暗く照らしている。暗視のない視界はこんなに暗いものだっただろうか。

小さく息を吸う。ゆっくりと、音を立てないように植え込みから這い出す。

クロエはかろうじて動いてくれている。何か所かは落下の衝撃で歪んでいるらしく、歩く動きにわずかな抵抗を感じる。この状態でかけっこや殴り合いはしたくない。それでも、機能を停止していないのはまだまし。

KABOOM

敷地に爆発音が響いた。体が強張る。薄暗い敷地を炎が照らしだす。暗闇になれつつあった目が眩む。目を細める。私の影がまぬけに長く伸びる。あわてて近くにあった装飾に身を隠す。

音のもとを見上げると建物の中腹から火の手が上がっている。爆破? さっきのアンドロイドだろうか。そうだ、なんだったのだろう、あれは。襲撃者? 私たちと同じ日に? 偶然だろうか。

わからない。サイエならわかるだろうか。帰って、状況整理しないと。

二人は無事だろうか。考えると黒い不安が喉元までせりあがってくる。息を吸って押し下げる。余計なことを考える余裕はない。今は、ここを抜け出さないと。

爆発は幸い。そちらに課員が対処してくれるなら私が逃げ出す隙は大きくなるはず。荒事を業務とする狩猟課が燃えているなら、他の課は首を突っ込みたいとは思わないだろう。

慎重に、慎重に、障害物から障害物へと渡る。

『いとしいひと、お迎えに上がりました』

裏手に回ったところで、頭の中に声が聞こえた。障害物から出そうとしていた足をひっこめ、身を屈める。さっきのひょろ長いアンドロイドの声だ。辺りを見回す。近くに人影はない。

『ありがとう、こっち』

答える声があった。女の子の声。どこかで聞いたことがあるような気がする。

『了解。少しお下がりください』

アンドロイドの声が聞こえて、少しの間。

再び爆発音。今度は少し小さい。建物の壁の一部が崩れ火の手が上がる。

ひょろ長い人影が現れる。何か、大きなものを抱えている。私と同じくらいの大きさ。

炎が人影を照らす。男の青白い顔。抱えているのは……

「!?」

その顔を見て上げそうになった声を、慌てて呑み込む。

拘束衣に身を包まれたまま、一人の女の子がアンドロイドに抱えられている。真面目で四角四面な顔ではなくて、見たことがないような不遜な顔。けれども、たしかに私のクラスメイト、狩猟課に連れ去られたリガオだった。

リガオがアンドロイドに何か囁くのが見える。アンドロイドは頷くと、リガオを肩に乗せ、右手に提げた筒に左手を伸ばす。

嫌な予感に、目を伏せ耳をふさぐ。

耳をつんざく絶叫。

耳を抑える手を突き抜けて、音が三半規管と内臓を揺らす。

体を地面におしつけて耐える。

吐き気が去って顔を上げると、ひときわ大きくなった穴を残して、アンドロイドとリガオは姿を消していた。

◆◆◆

人目を避けながら、静まり返った商店街をとぼとぼと歩く。

隣人から疑惑の目を向けられるのを恐れて、この時刻に出歩く人間はあまりいない。狩猟課で派手な火の手が上がったような日はとりわけ。

奥まった路地裏への角を曲がる。見慣れぬトラックが止まっていた。

黒い、大きなトラック。荷台には燃える車輪が描かれている。

数人の黒ずくめの男たちが、手際よく荷台に荷物を詰め込んでいる。ちょうど最後の荷物を載せ終わったところのようで、男たちのうちの一人が荷台の扉を閉めると、他の男たちは座席に乗り込んでいった。

「あいよ、ご苦労さん」

声が聞こえた。サイエのおばあちゃんの声だ。いつもの芯の通った声じゃない。やけに疲れた声。

「誰だい?」

おばあちゃんが振り返る。鋭い目に射すくめられる。

「わたし」

暗がりから、おばあちゃんの方に近づく。私だとわかるとおばあちゃんは表情を緩めた。

「ああ、アンロちゃんかい」

「どうしたの?」

「ちょっと、掃除をしたんだよ」

「こんな時間に?」

おばあちゃんはぼろぼろになったクロエを見て、眉間に皺を寄せた。

「それよりもどうしたんだい。その服は、えらくボロボロじゃないか。せっかくだから持ってってもらいな」

「え、でも」

私の言葉を聞かず、おばあちゃんはトラックの窓を叩く。

「ちょっと、追加でお願いしたいもんがあるんだけど」

「追加で料金かかっちゃいますけど」

「わかってるよ。待ってな」

窓から顔を覗かした男に、おばあちゃんは舌打ちをして、家の中に入っていった。私の隣を通り過ぎるときに「さっさと脱ぎな」と呟く。その声の強さに背中が冷たくなる。

渋々、背中の解除キーに手を伸ばす。キーを押せば、クロエは繊維と金属の塊にもどる。何の意味もないただのモノに。

指は動かなかった。

どうせ、もうろくには動かない。また、新しく作ればいい。

サイエは渋々とした顔を作りながら、改良案を考えるだろうし、オルトは嬉々として裏市に買い物に走るだろう。私を引きずって。でも、三人でやればすぐに元通りだ。だから、こんなもの脱いで、捨ててしまえばいい。

指は動かない。

テイザーガンでも食らったみたいに、解除キーに指をかけたまま、動けなくなる。夜風にさらされて涼しいはずの頭から汗が流れる。

指も動かない。

トラックの男が訝しげに近づいて来る。

「どうします?」

言いながら、トラックの荷台の扉を開ける。

街灯の明かりが荷台に差し込み、ガラクタの山の陰を浮かび上がらせる。それは見慣れた形。

サイエのコンピューターとオルトの作業台。その残骸。

抑え込んでいた不安と混乱が全身を満たす。

気が付いた時には振り返って、サイエの家に駆けこんでいた。クロエの残骸がきしんで、耳障りな音を立てる。

「アンロ!」

すれ違いざまにおばあちゃんが叫ぶ。耳に入った声は、頭にまで届かない。足は止まらない。

階段の下、物置部屋の落とし戸を開く。梯子はない。飛び降りる。

スイッチを探し出して明かりをつける。冷たい蛍光灯が部屋を照らし出す。

そこにはなにもなかった。

サイエの混沌も、オルトの秩序も、私たちの痕跡はなにもなく。ただ、清潔で無表情な空間があった。

こんなに広かったんだ。

ふと、そんな感想が浮かぶ。不愉快な浮遊感。剥き出しの床は確かに固いはずなのに、雲を踏んでいるような落ち着かなさ。目が回る。どんな高所からの落下実験よりも、どんな強力なボディーブローよりも、どんな狂暴な音響兵器よりも、体の中身が揺れる。

体の中で、不安と恐怖が混ぜ合わせられる。内臓と脳みそも一緒にぐるぐると回る。天も地もわからない。クロエは支えてくれない。

「アンロちゃん」

目の先に、おばあちゃんがいるのが見える。

「サイエたちは?」

おばあちゃんが首を振る。

「×××××」

なにかを言っている。何を言っているのかわからない。

視界を暗闇が侵食してくる。意識が遠のいていく。

どんな感触なのか、今はそれもわからない。

【つづく】

最近、『スズメバチの黄色』を読みました。なんと熱い小説。サイバーパンクの何たるかを思い出した気がする。

読んで気が付いたのだけれども、最近インプットが足りてないのかもしれねねえ。筋肉をつけるのにも飯食わねえといけねえもんな。

食べよう。


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