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【連載版】コッペリアの末裔 vol.4 体がデカいやつは強い

紫のゴーグルの奥から鋭い視線を感じる。値踏みされている。私の構えを、体格を、そしてクロエを観察されている。

私も相手を見る。体は向こうの方が大きい。声からしてもおそらく成人男性、その中でも大きい方だろう。全身を覆う防護服がその体躯をさらに大きく見せている。右腕にナックルボムはなく、見慣れぬふくらみ。あれがさっき天井を砕いた機構だろうか? やや上体を前傾して正面の構え、拳を緩く握って胸の高さで揺らしている。典型的な防護服格闘術の構えだ。

「ガキじゃねえか」

男が声を漏らした。

「子供だから、見逃してくれる?」

「まさか。こっちも仕事なんでね。大人しく捕まってくれるなら。手荒にはしねえが」

「捕まりたくはないかな」

だよな、と男は笑う。笑いながらも構えは解かない。背中を見せれば先ほどの砲撃が来るだろう。ならば先手必勝しかない。

「せいやっ!」

クロエを起動。後方へ小さく跳躍。男が拳を握り、空気砲を溜める。逃げるつもりはない。前上方に跳躍。強い風が廊下を通り抜ける。私はすでに床にはいない。天井の穴の脇を手で強く押して、動きのベクトルを変える。狙いは男の頭部。右足を駆動させて踏みつける蹴り。

「甘いな」

固い感触。腕で受けられたか。掴まれる前に左脚でガードを蹴って床へと飛ぶ。着地から伸びあがる膝蹴り。これも払われる。姿勢制御をクロエに任せて、ソバットで膝の関節を狙う。

「ほいっと」

軽い掛け声が聞こえたかと思う前に、激しい衝撃が額に響いた。カウンター? 衝撃のままに後ろへ飛ぶ。牽制に麻酔弾を構えて、距離をとって着地する。

視界が明るい。フェイスガードの上部がない。新鮮な空気が顔に当たる。

「おやおや」

男が驚いたように言う。

「本当にガキだったんだな」

「そうだよ。意外?」

「手足落として小さい外装着るやつもいるからな」

意外なことに男は話を続けるようだ。余裕のためだろうか? それでもありがたい。クロエは回復しないが、私の息は整えられる。

「奇特な人もいるんだね」

「ああ、忍び込んだりするのにはその方がいいんじゃねえの?」

「こうして戦う分には大きいのに憧れるけどね」

「小さいのには小さいのなりのやり方もあんだろ」

「そっちは小さいのにも慣れてるみたいだね」

「まあ、職業柄いろんなやつとやるからな。息は整ったか?」

どうやらわかってたみたい。少し極まりが悪い。軽く目を逸らす。見せた隙に殴ってくるかと思ったけれども、男は動かない。

「どうもありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ」

男は言うと、改めて拳を握った。

「始めようかね」

「あいにくだけど、もうたくさんだよ」

言って私は有機ポッドを投げつけた。男が腕でポッドを受ける。距離を詰める。上げた腕の陰から背後に回る。飛び上がって首筋の生体回路の端子に電磁ロッドを差し込もうとしたところで、振り払われた。舌打ちを一つ。深追いはしない。着地して身構える。男が振り向きながら言う。

「惜しかったな」

「そうね。もう少しだったんだけど」

残念な顔を作りながら、後ろ手でクロエを操作する。

「なんだ? これ」

男が顔をしかめた。外から見ても防護服のゴーグルモニターが暗くなっていくのが見える。男が生体回路に触る。去り際に張り付けていた有機ポッドがぬぐい捨てられる。けれどももう十分だ。防護服のシャットダウンが始まっている。モニターがあるかサイエがいれば、もっと致命的なこともできたかもだけど、しょうがない。

男を守っていた防護服は今は彼を戒める金属の重りになっている。

「それじゃあ」

そう言って男の脇を抜けようとしたところで

「待てよ」

腕を掴まれた。見ると男が私の腕を掴んでいる。驚いた。もう、動かせないと思ったけれども。

「あいにくそんなやわな鍛え方はしてねえよ」

男はゆっくりと立ち上がり、構えをとる。

「さすがに負けないよ」

「どうだかな」

腕に力を込める。クロエがそれをトレースして出力する。いくら大人の男といえども、オルト特製の人工筋肉の全力にはかなわない。

「え?」

気が付くと穴の開いた天井を見上げていた。後頭部に床の感触。

腕は男に捕まれたまま。立ち上がりざまに振り払おうとする。その力は奇妙に捻じ曲げられて、反対側に倒れ込む。

「なに、これ」

「言っただろ、いろんな奴とやったって」

男が見下ろしている。ゴーグルに隠れて顔は見えない。

良くない状況だ。再起動までそこまで時間はかからない。この体勢からでも全力で蹴り飛ばせば、首の一つは飛ばせるだろうか。狙いを定めながら、男に話しかける。

「面白いことができるんだね」

「防護服だよりじゃどうにもならんこともあってな」

「今度教えてよ」

「教育房でな」

補正が完了。手を汚すことへのためらいが一瞬よぎる。

よぎるだけ。躊躇えばこちらが死ぬ。

小さく息を吸う。

「MNDRAAAAAA!」

突然の爆音が脳を揺らした。形容しがたい音。猛烈な吐き気。全身の感覚が曖昧になる。男の隠し武器? ちがう。

揺れる視界の端で男が膝をついているのが見える。

走り出そうとする。足の感覚がふにゃふにゃと喪失している。

これは、音響兵器?

振り返る。ひょろ長い人影。右手に何か長いものを下げている。

感覚のない足をクロエの姿勢制御に預けて、向き直る。

「こちらM-DRK。なにものかと交戦中の警備員を発見。無力化した」

頭の中に声が聞こえる。何かと話している。

「こっちの誰かか?」

「いや、別の勢力のようだ。排除する」

「なんだ、お前は」

自分の口から洩れた声は信じられないくらいかすれている。

「うん? 聞かれている。いったん切る」

かすむ視界の中人影が近づいてくる。青白い顔。違う、金属が露出しているんだ。

右目の位置にある赤いカメラが光る。

「アンドロイド?」

人影は何も言わず、右手に持った筒に左手を伸ばす。なにか、あれはまずい。

辺りを見渡す。戦闘は無理だろう。ならば。

姿勢制御はクロエに任せる。わずかな体の感覚を手繰り寄せ、クロエに動きを伝える。曖昧な視界のまま、世界が加速する。

カメラアイがこちらを見る。

窓ガラスを叩き割る。そのまま外に飛び出す。ここは何階だっただろう。背中にまた轟音を感じる。

いつかの浮遊感。意識が遠のく。

今度の暗闇はちっとも優しくない。

【つづく】

寒くなったせいか、引きこもり生活のせいか、睡眠時間が増えました。余分の時間のおかげでよく夢を見ます。そこまでクリエイティブな夢は見ませんが、久しぶりに見る夢はなかなか面白いものですね。


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